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EP78 求婚

 ユイがルシー・フェルドを購入してから2週間が経った。

 マシューをルシー・フェルドに移行させる準備は意外と大掛かりなものだった。

 三日前からマシューはアゼレウス社に行っている。

 情報漏洩を防ぐため、アゼレウス社のどの工場に居るのかはユイさえも知らなかった。


 そうしている間にユイは妊娠8か月目の時期に差し掛かっていた。

 あれだけのことがあったのに、ユーリは順調に育っている。

 今日も一日が終わると空を見上げていると、ミカゲがカイドウ家を訪れた。


「今日は何の御用ですか?」

「これを君に渡すようにと言われてね……誰からかはもうわかっているだろ?」


 言われてユイは頷く。

 ミカゲがジャケットの内ポケットから取り出したのは、深紅の赤い箱。

 指輪が入るサイズの小さなものだ。


「これは婚約指輪ではない。ファミリー・リングだよ……そして僕が作ったものじゃない」

「そうでしょうね。あなたはそういう人じゃない」


 そう告げてユイはスズランの花束を見つめる。

 らしくない花束だ、そう思いながら。


「指輪よりその花束が気になると言いたげだね。花も指輪も僕からではないってのが分かると思うけど、少々状況が厄介でね」


 カイドウ家の女王と、若きマガミ家の当主が恋仲であるという噂が、SNSで流れ出しているらしい。

 アゼレウス支社での事件は作られた嘘であることが報道されたが、その時何人もの人間がミカゲに抱きかかえられたユイの姿を見ていることが原因だった。

 それでもミカゲがメディアを抑えているため、ユイの周囲には報道記者が来ない。

 

「もうすぐ子供が生まれるだろ? だから余計にね。そして僕が抑えられるのも限界に来ている」

「これを受け取れば、世間的にはミカゲ様がユーリの父親になるということ……ですね?」


 赤紫色の目は、いつになく真摯だ。

 最初からこの目を向けられていたら、ユイはこの目を追っていたような気がした。


「誤解だけどね。だけど僕と君が短期間に頻繁に会っている事実を結びつけたい者は居る」

「……それもミカゲ様の計算の内だと思っていましたけど」


 星空を二人で見るなんて、絶対にないと思っていた。 

 大きな窓の左右に並んで、同じ動かない強い星を眺めている。

 どうしてヒロトとそれが叶わなかったのだろう。

 

「……僕は君に選ばれた雄蜂になりたいわけじゃない。だけど、世界は僕が選ばれたと理解している……これは僕に与えられた最後の仕事ではあるけどね」


 ミカゲはスズランの花束をユイに手渡した。

 ユイは控えているミオンにその花束を渡す。

 ミオンは何も言わず、花束を持って退出した。

 代わりに護衛のメイドが入れ違いに入る。


「だから私に、本当に求婚するんですか?」


 ユイは星空からミカゲに視線を移す。目を見つめながら、その奥を見つめる。

 しかしミカゲは哀しそうな視線を向けるばかりだ。


「そうだよ」

「私が断われない状況を作った上で?」


 ミカゲの赤紫色の目が初めて揺れていた。

 どうして彼はそんな傷ついた目をするのだろう。


「……そうだよ」


 問いかけに対し、ミカゲは感情をいれずに同じ返事を繰り返す。

 そして、まるで自分に言い聞かせるように、言葉を続けた。


「言っただろ。……ここじゃない何処かへ行こうって。君は僕の手を取った。この事実はもう変えられない」


 それは共犯宣言にも近かった。

 こんなプロポーズに頷くしかないのは、ユイだけではなくミカゲも同じだということだ。

 ユイは深いため息をついた。


「……わかりました。けれどカイドウ家にマガミ家が求婚したんです。あなたの全てを捧げて貰う」

「いいよ。君が望むなら。ただし捧げる相手は僕が選ぶけど、いいよね?」


 ミカゲの視線はユイの大きなお腹を見ている。

 それだけでユイは納得した。


「わかった。あなたの忠誠心ってやつを見せて貰おうじゃない」


 その日の翌日――。

 マガミ家当主、ミカゲ・カイ・マガミと、カイドウ家次期当主、ユイ・リア・イサキの熱愛報道がトップニュースを飾った。

 今まで秘匿されていた子供の父親が、ミカゲ・カイ・マガミであることを、ミカゲは記者会見で正式に発表する。

 

 そして生まれて来る子供のために報道陣に規制をかけていたことを認めたことが、多くの市民から支持を受けることとなった。


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