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EP77 アゼロン・カンパニー(2)

「ここに名前を書いてくれる?」


 ユイが頷くと、ミカゲは白い羽根が付いたペンと小型端末を渡され、記入を始める。

 新しいマシューの名前は、シークレットコードになっているのか、ミカゲには見えないようだった。


「ルシー・フェルドを起動したとき、今君が書いた名前を呼べば、ルシー・フェルドは君を“主”として認識する。間違った名前を呼んだ場合、“主”と認識されることはない。そして禁止と言われた名前を使った時点で法廷送りだから気を付けてね」

 

「カイドウ家の時と随分態度が違うんですね」

「この感じのほうが僕らしいでしょ? そして君的に境界線が引きやすいはずだ」


「……そこまで観察されているなんて、さすがマガミ家の当主様ですね」

「ふふ。君に褒められると少しだけ嬉しくなるな」


 その言葉は嘘には思えなかった。

 しかしユイには本物の言葉のようにも思えない。

 視線を意図的に外し、ユイは軽く受け流す。

 これで用事は終わったと、ユイが席を立つそぶりを見たミカゲがそれを引き留める。


「ルシーに関してはこれでおしまいだけど、折角来たんだ。もう少しゆっくりしていってよ」

「……どういうこと?」

「君に会いたがっている存在がいる」


 ミカゲは相手を“存在”という。

 誰のことを指すのか、その言葉には敬意が込められているように感じる。


「それが私が会いたい相手だったらいいんだけど」

「……つれないね。僕ではないのが残念だ」


 顔は微笑んでいるのに目は笑っていない。

 それでも少しだけ鋭さがなくなった気はする。

 花咲く庭園の奥にミカゲが消えていく。


 ―*―

 入れ替わるように現れたのは、サングラスを掛けた黒いスーツの男性だ。

 ルシー・フェルドと同じ長い銀髪の髪を、首の後ろで一つに束ねている。

 サングラスに隠れているものの、ミカゲとは違った精悍な顔立ちと推測できる。


「……私は管理者・SZ。お初にお目にかかる、ユイ・リア・イサキ嬢」


 低い声……バスの音域だ。

 RARUTOのラウルの声と少し似ている気がする。

 そんな印象を受けた。手にはスズランの花が握られている。


「あなたが管理者・SZ、なんですね。祖父が差し出したモノを返してください」

「突然だな。受け取っていないものを返せと言われても……返答に困る」


 困ると言いながら、涼しい顔をしている。

 ユイの中に焦りと不安がじわじわと生まれた。

 傍にマシューがいなければ、きっと感情的になり取り乱していただろう。


「祖父と契約を交わしたことは知っています、その対価に“脳”を要求したことも」

「貴女は何か勘違いをされているようだ。私は貴女の祖父に“脳”は要求していない」


 管理者・SZの口角が上がっている。

 サングラスで隠れた目は恐らく笑ってはいない。

 こういう存在にはミカゲで耐性が付いている。

 だからこそユイは上辺だけの綺麗な言葉を信用しなかった。


「では何を対価として要求したんですか?」

「それを貴女に答える必要性を感じないが……いいだろう」


 管理者・SZはテーブルに手を置き、説明する姿勢を取った。

 ユイは管理者・SZのサングラスに隠れた目を見つめる。


「……私が彼から受け取った対価は、“情報”と“技術”だ。それは世の司法で裁く内容ではない」 

「では複製したんですか? 取引に脳を要求し、受け渡すことは重罪です」 

「ならば世界の司法で明らかにするか? 貴女がいう真実とやらを」


 冷たい声だった。

 なのにどこか懐かしいと感じる。

 ずっと昔、この声を聴いたことがあるような既視感さえある。


 しかし管理者・SZの問いかけにユイは即答が出来なかった。

 

「そんなことよりも、貴女に渡したいものがある。後でミカゲから受け取って欲しい」

「そんなことって……要りません、他に受け取るものなんて……」


 ユイは管理者・SZの言葉に呆れる。

 人を道具か何かのように扱うそんな存在に、ユイは怒りを覚えた。


「……やはり顔を見るまでは納得できないようだな」


 管理者・SZがゆっくりとサングラスを外す。

 隠れていたその目は、紫だ。青が混じったその色。銀色の髪とその顔のすべてが露になる。


 ――ヒロト・セナ・リーシェン。

 その顔は、瓜二つというよりヒロトそのもののような気がした。


「……そんな……。そんなのって……」


 ……心から会いたかった。

 なのに会ってはいけなかった。


 残酷な再会にユイは涙をこぼす。


「もう一度問う。君は知り得た真実とやらを明らかにするか?」

「……」


 ――言えるはずがない。

 自分だけではなくユーリまでも巻き込んでしまうからだ。

 管理者・SZは、穏やかに微笑む。


「貴女に会えて良かったと、“彼”もそう言っている。どうか受け取ってほしい。……では失礼する」


 彼がその場に置いて行った一輪の白いスズラン。

 可憐なその花に寄り添うように、オレンジ色の実が5つだけ付いていた。


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