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EP76 アゼロン・カンパニー(1)

 VR空間、アザリウム。その4番街。

 ユイはそびえたつ巨大ビルを想像していたのに、アゼロン・カンパニーの建物は黒いシックな居酒屋のような佇まいだった。おかげでユイはミカゲに騙されたと何度も考えたほどだ。

 

「ここで間違いない」


 建物の前で固まるユイを見てマシューが告げると、ユイはようやく突撃する準備に入る。

 大きく息を吸い、深呼吸する。別にお腹が大きいわけではないのに、現実世界の癖が取れない。


「いざ出陣――!」


 昔読んだ戦術ものの小説で、主人公が戦いを始める時、このセリフを言っていた。

 告げるとなんだか背筋が伸びる気がする。


 黒い鉄製のドアノブに手をかけ、扉を開く。

 中は暗いながらもスポットライトが随所に輝く、妙な空間だった。


「……ホントに何もない。ホントにここがアゼロン・カンパニーなわけ?」


 辺りを見回しながら、無駄に広い空間のインフォメーションボードに手を充てる。


『Welcome to Azeron Company. We are truly honored by your visit.』


 と歓迎の挨拶文らしき一文がインフォメーションボードの画面に表示される。


『We hope you enjoy your stay with us. Please let us know if there is anything we can do for you……』

 

 続いて“何かあれば言ってね”的な定型文が流れる。

 この文字は、最も美しく格式が高いとされるカザム言語と言うものだ。

 ユイも片言でしか内容がわからない。


「Please notify C04. My name is Yui Ria Isaki.」

『Greetings, the Exquisite Queen, Yui Ria Isaki. Welcome. The officer in charge is approaching your location. Please stand by.』


「その場でまっててって……どうやってここに人が来るの?」


 マシューが印ファメーションボードの後ろに円形の魔法陣を見つける。

 さっきまでそこにそんなものは無かったはずだ。


「まさかそこから現れるとか……?」

「ふむ……面白い。転移門システムか」


 ユイもマシューがいる場所まで歩く。その白い魔方陣をもっとよく見ようと屈んで魔法陣に手を当てたとき、魔法陣が金色に輝いた。


「眩し……」

「このシステムを珍しがる人がいるけど、キスが出来るほど魔法陣に近寄ってきた人は初めてだ」


 黒髪と赤紫色の目の男性が、黒いスーツを着て立っている。

 シャツもネクタイも全てが黒ずくめだ。

 赤紫色の宝石が付いたネクタイピンと彼の目だけがやけに強調して引き立って見える。


「ミカゲ様……」


 転びかけたユイをスマートに受け止めるミカゲ。

 整った顔が5センチほどの至近距離で止まる。


「……近いです、放してください」


 そう言いながらもユイは少しだけ焦る。

 

「意外と可愛い所もあるんだね。じゃあ案内するよ」


 ミカゲはパチンと指を鳴らす。

 すると上の階へ続く階段が上から降りてくる。

 その階段は螺旋階段になっていた。


「……角度が少し急だ。足元に気を付けてくれ」


 マシューがそう告げる。

 それにユイは頷き、先導するミカゲに続いた。


 階段を昇った先は、花が咲き乱れる庭園になっていた。

 噴水があり、花と緑がある伝統的な庭園。

 それを一望できる場所にガゼボがあり、ユイとマシューはそこに案内される。


「ここは女性専用のVIPルームでね。客によって空間を作り変えるんだ。だからこの場所はユイ様だけの専用ルームになるかな」 


「……キレイな場所だね。私の好きな色を知っていたの?」

「まあね」


 ミカゲはユイを東の方角に置かれた椅子、マシューを北の方角に置かれた椅子に座らせる。

 マシューは椅子の上に待機状態で座り、ユイとミカゲの視線の高さまで背筋を伸ばす。

 ミカゲが温かい紅茶をカップに注ぎ、ユイの前に置く。


「良かったら飲んで」


 その芳醇な香りは、洋酒のように奥深い。

 あの時ミカゲがフィリア・オレンジティーになかなか手を付けなかった理由が何となくわかった。


「頂きます」


 不思議だった。アザリアで飲食をしても実際に食べるわけではないのに、嗅覚が働き、

 視覚的に物が減る。あたかもその場に本当に存在するかのようだ。

 それなのに飲んだという感覚はない。


「面白いだろ? 飲んでいないのに飲んだことになるのがさ」

「……確かに。現実世界ではできないことかも」


 ここならマシューと一緒に食事が楽しめるかもしれない、そう思ったとき。

 ミカゲが真っ直ぐにユイを見つめた。


「あと1時間遅れていたら契約をなかったことに出来たのにな……残念だ」


 どこまでが本気で、どこまでが嘘なのか。

 ユイにはもうわからなかった。


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