EP73 契約(3)
ミカゲが再び先ほどの特別客用の客間に戻って来た。
その内装は地味な造りになっているが、家具そのものは重厚感がある最高級品だ。
ミカゲはユイに促されて着座する前に、
その手に抱えられていた花束をユイに差し出した。
それはススキのドライフラワーを基調としたお洒落な花束だ。
太めの赤紫色のリボンはミカゲの目の色とよく似ていた。
「たまたま見かけまして。ささやかではありますが、お土産です」
少しだけ照れた様子で、ミカゲが手渡す。
断る理由もないので、ユイはとりあえず受け取る。
「こんなお洒落なドライフラワーの花束を頂いたのは初めてです……。ありがとう」
「そう言っていただけて嬉しいです」
この男は場を造るのが上手だ。
この花束一つで、彼はこの場をまた自分の戦場に塗り替えた。
「留守の間に書類を書いてくださってありがとうございます」
ミカゲは丁寧に書類を確認する。
「それでは最後のお手続きになりますが、その前に説明をさせて頂きます」
「はい」
「お渡しするルシー・フェルドはプロトタイプです。ユイ様は護衛用としてご利用を検討されていると思います」
ユイはミカゲの言葉を待った。
ミカゲはユイのそばに控えるマシューを見つめる。
「ルシー・フェルドのAIコアには現在も、何のデータも入れておりません。今お使いのAIドールの情報を入れることを想定されていると思いますが、技術上それは可能です」
ミカゲの言葉にユイは少し安心する。
「しかしこの移行が、これまでと同様にAIドールのアップグレートになるかどうかは保証できません」
「どうしてですか?」
「ルシー・フェルドは人間を傷つけた痕跡があります。そもそもAIドールは、人間への殺傷行為を禁止としています。先ほど確認して頂いた仕様書にあった通り、人間を傷つけないという保証はないということです。そのようなことが起きた場合、当社は一切の責任を負いません。それでも移行を望みますか?」
ミカゲの言葉に、ユイの表情が曇る。
「それは罪を犯した人間が二度と人を傷つけないか? と問われるのに似ていますね」
「……ユイ様は、それすらも自分の責任と受け入れるということですか?」
ユイは微笑んで答える。
「私はマシューを信じています。そう言い切れるほど、彼と時間を重ねました。彼は、私が望まないことは決して行わない。そんな彼がルシーに宿るんです」
「そのようなお考えのユイ様が模範になって下さるのなら、我々としても願ってもないことです」
美しい笑顔の裏に、少しだけ悔しさが隠れている気がする。
でもそれすらも想定内だったとしたら?
「ですが、FOSを守っていただく必要性があります。現在ユイさまが愛着を持っている、または愛着を持った名前の使用は出来ません」
「え……?」
「これは命名の時に限らず、このAIドールと過ごす全ての時間が対象となります。これに違反した場合は、法的手段でユイ様を訴えさせて頂きます。ご合意頂けますね?」
「それは……」
「残念ながら、考える時間はお渡しできません」
部屋の空気が止まった。
いや、止まったように見えた。
「それなら答えは決まっています。――私は、合意します」
話を聞いていたミオンが、耐えきれずに言葉を掛ける。
「そんな! マシュー様のお名前を、二度と呼ぶことが出来ないんですよ?」
「構わない。そうすることで境界線を引き、維持ができるのなら」
「わかりました。苦渋の選択をありがとうございます」
事務的な受け答えだ。
「その代わり、新しい名前については慎重に考えたいです。本日を入れて三日以内にお答えしても?」
その提案には少し引っ掛かりを感じたのか、ミカゲの表情が曇る。
ただし、それも一瞬のことだ。
「それでしたら、アザリウムの4番街、アゼロン・カンパニー本社にお越し下さい。受付に“C04”と言えば、私に繋がるようにしておきます」
「わかりました」
「それでは、お体に触りますので、これにて失礼させて頂きます」
去り際までスマートなミカゲに、ユイは内心してやられたと思った。
しかし限界が来ていたのは事実なので、戦闘が終わって少しだけ安心する。
「ユイさん、よく頑張ったわ。後のことは任せて、もう休みなさい」
アヤカの言葉に、ユイは素直に頷いた。




