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EP65 ルシー・フェルド(3)

 今からおよそ百年前。この世界、アゼリアではかつてない天変地異が起こった。

 残った人々は世界の復興を目指し、懸命に前を向いて歩こうとしたものの、2次災害などにより死者は日々増加傾向にあった。


 ミカゲ・カイ・マガミと呼ばれる男性が、リープフロッグ的な最先端技術、”AIコア”を独自開発するまでは。

 

 彼はアゼロン・カンパニーと呼ばれる企業を興し、大手機械端末メーカーアゼレウス社と提携を結んで基幹デザイン式ヒト型AIドールを生み出した。それがサツキのようなデザインのAIドールで、ユイがショールームで見た、ホワイト・リディアシリーズだという。

 しかし時間が経つにつれて人間は馴染みやすいAIドールを求めるようになった。


 それが倫理的に良いかどうか、両社の責任者の間で何度も話し合いが行われた結果――、ミカゲのアゼロン・カンパニーはヒト型AIドールのプロトタイプの作成を、アゼレウス社に依頼した。そのプロトタイプの外見デザインは、細部まで厳密に決められていたモノだったそうだ。


「いつしかこのプロトタイプはルシー・フェルドって呼ばれてさ、最初は“希望の象徴”だった」


 そう告げるレイラの表情が曇る。

 アゼロン・カンパニーとアゼレウス社の結託で生み出されたルシー・フェルドは、プロトタイプとして多くの技師たちの“期待”と“希望”を一身に背負い、3月15日にアゼレウス社によって発表された。

 当時ユイの祖父、トミオ・ケイ・イサキとレイラの祖父、アレン・リード・レゼルもその開発に携わっていた。

 プロトタイプがメディア公開されるというとき、アクシデントが起きた。

 ルシー・フェルドが何者かによって奪取されたのだ。

 だが、ルシー・フェルドは二大企業の威信を賭けた傑作だ。

 リリース計画を頓挫させる訳にはいかない。

 苦肉の策として、アゼロン・カンパニーとアゼレウス社は、ルシー・フェルドの製作途中の映像を公開したのだ。

 本体が手元に無いにもかかわらず、だ。


 そして例の事件が起きた。

 結果的にアゼレウス社にルシー・フェルドは戻ったものの、そのボディは血まみれだったそうだ。 

アゼロン・カンパニーとアゼレウス社がこのルシー・フェルドの処分を巡って、何度も会議を行っている時、SNSでは謎のAIドールをみたという書き込みが拡散された。

 幸いだったのは、そのAIドールの特徴が詳しく認知されていないことだったが、噂というものはどこからでも広まる。世界の人々の負の感情をルシー・フェルドは一身に受けることとなった。


「そのAIドールは、襲撃事件の引き金の象徴になっちゃったんだ」


 ユイは深いため息をついた。


「でも、世界の人々はこのAIの外見を知らないはず。なら、恐怖なんて抱かないんじゃないの?」

「そうだね。でも関係者から“死神”と呼ばれているのには理由があるのよ」


 マシューは何も言わない。

 レイラから視線を外し、レイラが端に寄せた深紅のベリーを見つめる。

 その視線は、何かを確かめるようでもあり、何かを諦めるようでもあった。

 ユイはすっかり冷めてしまったハーブティを口に含み、ゆっくりと喉に落とす。

 レイラは続けた。


「このAIはプロトタイプ。実験的に色んな拡張機能をつけられていたの。その中でヤバいのがB-BOX(ブラックボックス)ってやつ」


 レイラによると、自己バックアップ機能を付与するための拡張領域をこう呼ぶそうだ。

 トミオたち技術者はその存在に気づいたものの、設計責任者でさえもこのブラックボックスの中のデータを解析出来なかったらしい。


「だから……たとえカイドウ家の次期当主のユイ様が相手でも、爺さんは絶対に許可しないだろうね」


 レイラは赤いお茶を口に含む。

 

「マシュー、ベリーはあげないわよ!」

「……そのつもりはないが?」


 その時、レイラの携帯端末にラナンのアイコンが表示される。


『レイラ、ダーリンから急ぎの連絡が来てる。繋げる~?』


「誰よ、ダーリンて……。トオルさん以外の別の人をまた……?」

「違うわよ!……トオルのこと!」


 レイラは顔を赤くしながらバツが悪そうに、視線を逸らす。

 そんなレイラが何となく可愛らしくて、ユイはニヤニヤが止まらない。


「とりあえずトオルの通信をどうするか決めてやれ」


 マシューの言葉にレイラは冷静さを取り戻す。


「そうね!……ラナン、文字でお願いっていっといて!」

『わかった~』


 聞こえたラナンの声が、……なぜだろう。妙に明るく感じた。

 

 ―*―

 トオルからの文字通信――。


『社長がレイラを探している。なんでもアゼロン・カンパニー側が、ルシーの廃棄処分を検討してるらしい』


 この事実をレイラはあえてユイにも知らせた。

 

「ユイはどうしたいの? もしルシーを望むなら、爺さんを説得するよりアゼロンの社長に直談判するほうが早いわよ?」


「そうしたいけどアレンさん……社長に言ってからのほうが良くない? レイラの立場だって……」

「それが筋だけどね、今はそんなのどうでもいい」


 レイラはユイの右手を握る。

 ユイの右の手の甲に、あの謎の印がうっすらと浮かんで見える。

 レイラにはその印が見えていないのか、そのことには触れない。

  

「つまり……アゼロンの社長に交渉できるのは私しかいないんだ……」

「うん」


(サツキの様な悲しい終わりなんてさせない。だってルシーは――)

 

 大きなおなかを抱えながらの移動は大変ではあっても、ユイはもう行くことを諦めなかった。

 左耳の真珠色の通信機のイヤリングが揺れる。


「セキジ、出かけます! 車を」

『かしこまりました』


 女王(ユイ)の言葉でセキジが私室に現れ、マシューと共に部屋を出る。

 と同時にユイから指示を受けた護衛のメイド達が、外出の支度を整え始める。


 所要時間5分で、ユイの支度が整う。


「支度が整う時間がファストフード並みよね……」

「うちのみんなが本気出したらもっとすごいよ?」

「さすが」


 レイラがユイの手を引いて、少しゆっくりめに歩く。


「もう少し早くても大丈夫。息子もお腹で頑張ってくれるから」


 こうしてレイラと手を繋ぐのは、成人式の時以来だ。

 あの時のユイは、レイラに引っ張ってもらって歩いていた。

 でも今は違う、驚くレイラをユイがぐいぐい引っ張って歩く。


「ユイが逞しい! 女王様っていうよりお母さんて感じ」


 レイラの素直な感想にユイは微笑む。

 

「ユイ。道中は俺がナビするが、無理はするな」


 ユイの手前の分かれ道から、セキジとマシューが姿を表す。

 セキジの腰に小型の拳銃がチラリと見える。

 

「ふふ……。神が援護してくださるなら、私も本気が出せますね?」

「やれやれ、おまえもか……。だが、道中の安全は保証しよう」


 フジナミとミオンが玄関で待機している。


「行ってらっしゃいませ、後続にわたしが付きます。ご安心ください!」


 明るいミオンの声にユイとレイラも安心する。

 フジナミが、レイラの目を見つめる。

 その鋭い視線にレイラが気が付いたとき、フジナミはミオンに視線を移す。


「ミオン、ユイ様を頼みましたよ」


 と深々と頭を下げた。


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