表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/88

EP63 ルシー・フェルド(1)

 透明感のある澄んだ水面の青を、この世界、アゼリアではこう呼ぶ。

 ――ルシー・フェルド・ブルー、と。


 ―*―

 妊娠7か月が過ぎた頃。ユイのお腹は順調に大きくなる。

 そのお腹の中では息子が今日も元気に動き回っているようだ。


 今、カイドウ家にはレイラとトオルがマシューのメンテナンスに来ている。

 ユイは独りになることを望み、メイドたちは隣室で待機している。

 メイド長が、『何かあれば必ず声をおかけください』と念を押してくれたことが嬉しかった。


 カイドウ家本邸の3階、ユイの私室。

 大好きな青を基調としたシンプルな内装の一室だ。

 窓辺に置いたお気に入りのロッキングチェアにユイは身体を預け、明るい空を見つめていた。

 その淡い空色は、3月15日のあの日に見たルシー・フェルドの目の色によく似ていた。

 思い出すのは、静かな精神科医ロレン医師の言葉だ。

 

『今は何も思い出さなくていい』


 あの頃のユイは、“今は思い出さなくていいけど、いつか思い出す日が来る”と考えた。

 それは間違いではなかった。


(思い出した……まだぼんやりしていることはあるけど)


「忘れないで、あなただけは私を忘れないで」


 あの3月15日、目の前に現れた銀髪のその存在はそう告げた。

 その声の響きがとても切なくて悲しく聞こえたから、ユイの心にずっと引っ掛かる形で残っていた。

 しかし当時のユイには、そんな想いを受け止められるほどの余裕はなかった。

 だからユイは”忘れる”ことにしたのだ。

 

「忘れてなんていなかった。ううん、忘れることを怖がっていただけ……それに気が付くまで10年以上もかけたんだ……」


 その呟きは宣言にも近かった。

 言葉にして再び抱える。


(――目をそらさずに、真実を、確かめてみる。)

 

 アザリウムで謎の男性に貰った、銀髪のAIドールの写真をもう一度見つめる。

 その写真に映っていたのは、成人男性の顔を持ったヒト型のAIドールだ。

 きれいな環境とはお世辞にも言えない、ほの暗い倉庫の一角に無造作に置かれた彼の姿は、

 3月15日の日にユイが抱いた絶望と深い哀しみに満ちているように見えた。


 その時、ユイのお腹がポンと弾んだ。

 お腹の中の息子が、小さなエールをくれたような気がして、ユイは微笑む。


「そろそろあなたの名前も考えないと。何が良いかな……?」


 自分からは「ユ」を、ヒロトからは「ト」を取って、「ユト」と声に出してみる。


「ユト……ユウト? なんかしっくりこない」


 ユイはお腹を静かに撫でる。脳裏に浮かんだのは、「ユーリ」だ。

 なぜなのかは分からないけれど、息子に一番馴染む気がした。


「ユーリ……。これがいいな。あなたはユーリ、だよ」


 ユイの声にこたえるように、お腹の中から軽い反応がする。

 なんとなく“この名前が気に入った”と言われているようで、ユイも嬉しくなる。


 いつかマシューに手を合わせ、ユイが願ったこと。

 それはお腹の息子(ユーリ)が、無事に生まれてくること、だ。


(私は守られることが前提だった。そんな子供にはしたくない……)


 ユーリには未来がある。ううん。未来があることを示さなければならない。

 前を向いて歩けるように、色々な選択が出来るように。


「ユーリ・セナ・リーシェン……忘れないで、これがあなたの本来の名前だよ。」


(ユーリが大人になる頃、私は側に居られないかもしれない……それでも。あなたの母として胸を張れるようになりたい)


 もう一度ユイは窓辺の空を見上げる。

 ユイが目指すルシー・フェルドのブルーが、どこまでも広く広がっていた。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ