EP52 AIドール
ユイのヘアカットが終わった時、マシューがセキジに敗北した。
原因は単純。ユイの心拍が少しだけ乱れたからだ。
「マシュー様に本気を出して貰うためにはまだまだってとこですかね……私は及第点ですか?」
「……相変わらず食えないヤツだな」
「あなたの弱点はいずれ強化されますよ。その時が楽しみです」
セキジが意味ありげに笑いながら呟くのを、マシューは瞬きで答えた。
そんな高度な会話術に痺れている若者がひとり。
「……くぅぅぅ。マシューってばよ、負けてもマジでカッコいい奴だな!」
その明るさ、空気の崩し方。
ユイはトオルの天性の資質を最強だと思っているが、正直、どこまでが演技でどこまでが天然なのかもうわからない。
「トオルは少し隠したほうが良い……」
「同感です」
男性陣がそんなやりとりをしている中、ミオンに案内されてレイラは扉に向かう。
「ごめんね、ユイ」
「いいの、ゆっくり休んで」
レイラの顔色を見ただけで、ユイは分かってしまった。今日はこれ以上無理だと。
それはトオルも知っていたのか、心配はしていても深く詮索はしなかった。
こういう気遣いだけは凄いのが彼の特徴だ。
「よしゃ、レイラの分までオレが頑張るか」
トオルはプレゼン用の端末を手に、ユイに向けて説明を始めた。
その内容は、アゼレウス社のAIドールについてだ。
「お願いします」
そう答えるユイは、この瞬間から“女王”の仮面を纏った。
これは次期カイドウ家当主となったユイが最初に行ったことの一環だ。
アヤカから許可を得てセキジとミオンを引き抜いたあと――。
マシューを正式な護衛とするためにユイはまず学ぶことを選んだのだ。
トオルとレイラを敢えて指名したのは、質疑応答をしやすくするため。
“護衛専門のAIドール”を持つという点だけを強調し、ユイは二人に伝えたのである。
「ユイはそれでいいの?」
ただレイラが再確認をした時、ユイは少しだけ心が揺れた。
「……うん」
その返事をするまでに、かかった時間がユイの迷いの全てだった。
―*―
「結論から言うと、ヒト型AIと適切な境界線を引けない、維持できないユーザーは、所有した瞬間からその人生を狂わせる可能性がある」
アゼレウス社のAIドールの中で「護衛」が出来るのは、カスタムデザイン式ヒト型AIドールだけ。
主に過去の3月15日の襲撃事件が全ての発端となり、このタイプだけ特殊な扱いが求められた。
「だから正しい使い方を学ばせ、その概念を叩き込んだうえで、規約をつかってAIと人間を守るんだ」
トオルはそこでいったん区切りを付けた。
「どうしておじいちゃんがヒト型ではなくて動物型にしたのかがわかった……」
「ぶっちゃけると、動物型はビギナー用だしね」
「それにしても……サツキが一軒家と同等だなんて……。」
値段を聞いてユイはため息を漏らす。
まさかそんなに高いとは思わなかった、それがユイの本音だ。
「レイラのラナン君もカスタムデザイン型?」
「うん」
「流石は社長令嬢よね……」
「それ、ユイさんが言っちゃダメなヤツ」
ミオンとセキジが軽食とお茶を運んで戻ってきた。
ユイには栄養バランスを考えてサラダが付いている。
「程度な休息も必要ですよ」
「そうだな! 腹が減っては戦も……」
トオルの視線がマシューを探す。つられて全員がマシューを探した。
当のマシューは、ユイたちに背を向け暖炉の前で丸くなりあくびをしていた。
「ああしてみるとまんま犬だよな……」
「ふふ。敵を欺く為にはまず味方からが鉄則なんですよ」
ユイのカップにハーブティを注ぎながら、セキジが微笑む。
なんだかんだ言ってセキジはマシューと仲が良い。
ユイとは違った信頼を築けているのが、羨ましくもあった。
「前もそうだったけど、突然、何の話?」
ユイは話を振りながら、ピーマンを端に寄せた。
「ユイさま、ピーマンを残すのは駄目ですよ!」
「……ミオン。そこ、着目して欲しくなかったのに……」
「そういうとこお茶目だよなぁ」
トオルがニヤリと笑う。
赤くなるユイをミオンが、セキジが僅かに微笑む。
口にしたハーブティは軽いのに、鉄分の味が口の中に残っていた。




