EP48 沈黙
扉からユイが出てきたとき、マシューは涙を流すユイの顔を見上げた。
トオルもユイも何も言わない。
何があったかはおおよそ見当がつくが、マシューはそれを主に問うことはなかった。
それよりもユイに告げなくてはならないことがあった。
「ユイ」
「……ごめん、今は……」
と言いかけて、ユイは思い直す。
「このタイミングでマシューが声を掛けるってことは理由があるんだよね?」
「ああ……トオルも一緒に聞いてくれ。まずは車内に戻ろう」
マシューは、人にそうあることを望まれて造られた”機械”。
人にとっては残酷な報告も、感情を欠いた声で躊躇なく行うことも出来る。
ただマシューには“主”と共有した多くの時間があった。
しかしこの時のマシューは、それを敢えて顧みなかった。
ユイの姿を確認すると、セキジは車から出てユイを出迎える。
庭で遊んでいた子供たちの姿はもう見えない。
トオルとマシューが最後に孤児院の建物全体を見上げる。
その時トオルは庭の隅にある小屋を見つめる。
大型犬が数頭収容できそうな、犬小屋だ。
「何か動物でも飼ってんのかな?」
トオルはマシューに問いかける。
「さあな」
ユイたちがシートに収まったタイミングで、セキジは車を出していいか確認を取る。
ユイはセキジに数分の待機を伝え、マシューを見た。
それを確認したセキジの視線がバックミラー越しにマシューの視線と交差する。
マシューは語り始めた。
「この孤児院には、地下に一定の広さの空間がある」
「それって地下室があるってこと? そんなの別に珍しいことじゃ……」
マシューの言葉にユイが、ハッとする。
ユイは嫌な予感がした。
例えば地下に何かが潜んでいたとして、どうして知る必要があるのか。
マシューは続けた。
「その地下空間に、複数の生体反応が見られた。犬小屋の内部に、不審物が設置されていた。あえて解除が可能な状態でだが」
トオルの声が震える。
「あの小屋……。マジかよ……」
「孤児院の内部は、ごく最近改装された跡がある。特に壁には消臭性の高い染料が使われていた。隠すにしてはお粗末だがーー偶然、ですませるにはできすぎている」
そこまで聞いていたセキジから笑顔が消えた。
目は鋭く、視線には冷ややかな怒りが見て取れた。
「――ユイさま、これは我々の手に余ります。急ぎ離れましょう」
「はい……それしかない、よね」
誘われている。動いてみせろと。
挑発されている。犬らしくお預けでもしていろと。
悔しいが現状の最善は、何もしない、だ。
―*―
その帰りの道中、ユイは虚ろな目でただ暗い空を見上げ続けるだけだった。
マシューはそんなユイのバイタルを注意深く確認したが、異常は見られない。
助手席のトオルと運転席のセキジが、雑談をしていた。
「リージョンKの主要都市には昔、高消臭性染料の工場がありましてね」
「ああ、魚の生臭さを消すんだろ? リージョンKは漁獲量が多いって聞いたことがある」
トオルが顎に手を当て何かを考え込むようにして、セキジに応える。
「その高消臭性染料は、一部の人間だけ髪が銀色に変化する副作用が現れるそうです」
「他に人体への影響は?」
セキジはトオルのその問いに、進行方向から目を背けずに答える。
「何も。そもそも、“消臭”ですし」
マシューは最後にあの孤児院のデータベースに干渉した。
あの孤児院に、ある人物から多額の寄付金が寄せられていた。
その寄付金の額は、一介の公務員の年収額を遥かに上回る額だった。
マシューはこの事実だけはユイには伝えなかった。
繊細な心を持つ“主”がこれ以上の現実を受け止めきれないとわかっていたから。
気を紛らわす為にユイがある流行歌を口ずさむ。
原曲よりもキーが高い、美しいソプラノが車内に響く。
それがラブソングで、デュエットであることにトオルだけが気づいた。




