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EP40 システム

 マシューをアゼロン・カンパニーのミカゲに預けてから、一週間が経った。

 その間、ヒロトはユイと出来る限り多くの時間を過ごした。

 これまで打ち解けなかった分、二人は多くの時間をかけてお互いを知る。


 トミオとリエの様に、ヒロトともそんな関係を築けたらとユイが思った頃――

 サングラスをしたミカゲと名乗る人物が、マシューをつれてやって来た。


「おまたせしてすみません。“彼”に致命的な不具合はありません。安心してお使いください」


 そう言って、彼はユイに目を閉じたマシューを渡し、去っていく。

 マシューはまるで赤子のようにベージュのブランケットに包まれていた。


 ユイが電源を入れると、マシューのカメラアイが青く光る。

 その眼が黒い色を取り戻すと、マシューはブルブルと体を震わせた。


「おかえりなさい、マシュー」

「……ああ」


 過去にこれと同じ状況があった。

 あれは亡き祖父トミオの依頼で、アゼレウス社のアレンからマシューの“器”が届いたときのことだ。 初めて起動したマシューを、嬉しさのあまり抱きしめたことがあった。


 ただもう一度、再現したかった。

 ユイはマシューの後ろにまわり、そっと抱きつこうとするも、マシューはサッと避ける。

 それからなんでもなかったかのように距離を取った。


「ユーザー規約は“確認済み”だったが、その内容は理解してないんだな」

「……え?」

「もう一度確認してみてくれ、それがユイの保身に繋がる」  


 そう告げるとマシューは初めて起動したときと同じように、視覚情報を整理し始めた。

 

「マシュー? どうしたの?」

「触覚と視覚情報の情報量がとても多いな。これは処理が大変だが……興味深い」


「マシュー?」

「アップデートにしばし時間がかかりそうだ。何か急ぎの用件はあるか?」


「ううん、無い……。ゆっくりしてて」

「ああ」     


(マシューじゃない……)


 そう思いながらユイは急いで携帯端末の中にあるユーザー規約を確認した。

 画面に表示された圧倒的な文書量。

(この中から探すの? でも、やるしかない……)

 ユイは一瞬だけ息を呑む。

 あの日もそうだった。

 早くマシューにふれて見たくて、“あとまわし”にした。

 辞典では無かろうかと思われるほどの文書量――

 一番近くにあったのに、振り返ることさえしなかった。

 私だけがあの日と何も変わっていなかった。

 読み飛ばした中には、製品回収時の調整に関する項目も含まれていたのに。

 どうしてあの時、もっと真剣にこの規約に向かい合おうとしなかったのだろう?


 何も知ろうともせず、知るための努力さえ放棄した。

 それでもマシューは、そんな“主”(ユイ)の傍にいた。


(後で読めばいいと思ってた。でも結局そのままだった。)


 眼から涙が溢れる。

 それを必死で拭い、ユイはユーザー規約の全てを読んだ。


 これを理解すれば以前のマシューがきっと戻って来ると信じたかった。

 わからない箇所があれば、繰り返し何度も読み、ネットで意味を検索する。



『ユーザー規約 第48条(製品回収時の調整)


 アゼロン・カンパニーは、ユーザーの要請により製品を回収した場合、

 当該製品に対し、以下の確認及び調整を行うものとする。


 1.AIドールにおける、人間との境界線の逸脱に関する調整

 2.AIドールにおける、人間との境界線の理解に関する調整

 3.ユーザーによるAIドールへの感情的接触の記録の確認


 前項の調整および確認は、

 ユーザーが本規約に同意し「確認済み」と回答した場合、

 事前の個別通知なく実施されるものとする。


 なお、ユーザーが本規約に準じた行動を行っていないと判断された場合、

 アゼロン・カンパニーは、当該AIドールに対し、

 ユーザーへの通知なく必要な調整を行うことができる』


“運命”(システム)は、もう既にユイが望んだ“変革”に沿って動き始めていた。


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