EP38 変革(4)
夕食を取るはずだった飲食店に到着すると、その店は臨時休業してしまっていた。
完璧だと思っていたヒロトのデートプランが崩れる。
予約を受け付けない店だったのか、それともヒロトが予約していなかったのか。
夕食を何処で取るのか決められないまま、ふたりはライトアップされた時計塔の見える公園に来た。
寄り添う恋人たちで溢れた夜の公園は、屋台カーが多くちょっとした食事処になっている。
ヒロトが悩んだ末にユイとここに戻って来たのは、ユイがそう提案したからだ。
「お洒落な店で食事も良いけど、もっと肩の力を抜けるところがいい」
ホットワインを片手に、ロブスターの肉を丸ごと挟んだサンドイッチを、ふたり座って食べる。
ふたりともロブスターを口にするのは初めてだ。
未知の食材にふたりで触れ、美味しいと言いながら食べる。
ただそれだけなのに、どの高級料理にも負けないほどの幸福感を感じた。
楽しい時間はあっという間で、もう一日が終わる。
初めての……。これが、デート……。皆が経験するというデート。
ヒロトと本当の意味で共有できた、初めての時間。
ヒロトと噴水そばのベンチで座っている時だった。
ライトアップされた噴水の水面がキラキラと輝いて美しい。
気が付くとユイは独り言をヒロトに話していた。
舞台に立つヒロトを見たとき、手が届かない人だと思ったこと。
万華鏡のように少しずつ変わるのが羨ましいと思っていること。
ヒロトはただ黙ってその独り言を聞いていた。
否定も肯定もせず、ユイが自然に答えを出すのを待った。
幸せを感じることが怖いと、ユイが口にした時。
ヒロトは初めて言葉を紡いだ。
「俺がそばにいるよ。もし……ユイさんが望んでくれたらだけど」
控えめな言葉だった。
以前のヒロトならこんなふうには言わなかっただろう。
「こういってみて。……ずっと傍にいる、って」
「うん?」
「そう言ってもらえたら、安心できる気がするの」
嘘でもいいと思いながら、ユイはヒロトからその言葉を聞きたかった。
どんなに望んでも“彼”は言わない言葉を、“彼”ではない存在から聞きたかった。
そんな自分を嫌悪しながら、責め続けながら。
「……後悔しない?」
しかしヒロトがユイに告げたのは“確認”だった。
「それをユイさんに言ってしまったら、俺はもう何も我慢できない」
ユイに選択肢を用意しながら、同時に選んで欲しいと目が伝えて来る。
「……お願い」
ユイの視線がヒロトの視線と重なる。
その言葉の意味がどれほど重いかをユイは感じながら、応えた。
「ずっと君の傍にいるよ。これから先何が起こるか分からないけどね」
雲が流れて欠けた月が姿を現す。
緑色のチャームがとれたユイの携帯端末が、月光を浴びて午後8時31分を示す。
その日、ユイは自宅には戻らなかった。




