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EP37 変革(3)

 ヒロトと待ち合わせた場所は、リージョンCの時計塔の見える公園の一角。

 この場所は恋人たちがよく待ち合わせに使う場所なんだそうだ。

 動物AIや人型AIを連れた歩行者を見かける。

 それに混じって人間同士のカップルが、甘い時間を楽しんでいた。


 ユイは白い幹の低木の傍に立ち、ヒロトを待っていた。

 こんな穏やかな天気を、サツキは『良い太陽』と言っていたことを思い出す。

 

 白い総レースのブラウスに、青い花柄のプリーツスカート。

 それにライトベージュのジャケット。

 黄色のショルダーバッグはお気に入りの一品だ。

 靴は履きなれた黒のローヒールのパンプスを選ぶ。


 マシューがいない携帯端末は使う気力が失せてしまう。

 それでも祖父トミオが修理してくれた、大事な端末であることに変わりはない。

 携帯端末のなかには男性アイドルグループ“RARUTO”の、推しのラウルの画像が保存されていた。

 このラウルの画像を見る度、心躍らせていた時代がひどく懐かしい。


(やっと推しの結婚を祝福できる気がする)


 哀しいことに、もう推しを必要とした自分はいない。

 あんなに大切だった推しへの情熱は何処へ消えたのか。


(ううん、消えたんじゃない。推しの幸せを受け入れて卒業したんだ)


 ユイは推しの画像を一括まとめにして、消去する。

 その時。青を基調とした、カジュアルな装いのヒロトがユイに声を掛けた。


「前の彼氏の画像でも消してたり?」

「ちがうよ。やっと推しの結婚を受け入れられたなって思って」


 少しだけぎこちなく笑うユイに、ヒロトは缶コーヒーを手渡す。

 その仕草が少しだけいつもと違っていて、ユイは小さな衝撃を受けた。


「じゃあこれからは俺を推すのはどう?……なんてね」

「……っ! 近い近い! ……前向きに、考えとく」 


 顔を覗き込むように微笑まれて、ユイは顔を赤らめる。 

 油断も隙も無い。思えばヒロトはもともとこういう人だったと、思い直す。


「じゃあ行こうか!」


 ヒロトと手を繋いで歩く。

 

(そういえば前にもこんなことがあった?)


 それは何処で? それは誰と?

 そして導くその人に、どこに行くのかと訊ねて……。


『此処じゃない何処か』

 

 と、嬉しそうに微笑んで見せた。


(なにこれ? ……何の記憶?)


 困惑の中でユイが見たのは、ヒロトの澄んだ紫の目と優しい笑顔だった。


 ー※ー

 リージョンCの一等地には大きな水族館がある。

 この水族館は海水を直接海から運んでいない。

 技術によって理想的な海水を作り出し、その水槽で水産物を飼育している。

 

 水族館でありながら、『魚の博物館』とも『海の工場』とも言われるこの施設は、

 特産物に乏しいリージョンの活性化に繋げるため、試験的にこの場所に建っているのだ−−−−と、


 ガイドの女性が先導する。

 ユイとヒロトはその他大勢の観光客に混じって水族館の館内を歩いていた。


 揺らめく水の煌めき。絶妙な光の演出が、落ち着きのある空間を作っている。

 ユイは先ほどからトンネル状の水槽に夢中になっていた。

 

 3階のエントランスから入って地下1階へ降りた辺りで、ガイドの女性が後ろを振り返った。

 この水族館のメインロードはここで終了なのだそうだ。

 

『これより先はお連れ様とお楽しみください』


 そう、ガイドは一礼して立ち去る。

 ユイが周りを見れば、周りは恋人同士か夫婦と思われる男女のカップルしかいない。

 広い空間には随所に小さな水槽やモニュメントが置かれ、風景や会話を楽しむためのソファ―、長いテーブルや一人掛けの椅子などもある。


「ユイさんこっち!」


 ヒロトに連れられ、一緒に一番奥まった場所を訪れる。

 そこは幻想的なクラゲが集う大きな水槽だった。


 まるで映画のスクリーンの様な大きさの水槽一面に、真珠色の光を放つクラゲが漂っている。

 下と上から水槽に光が当てられ、クラゲの放つ淡い光りを支えている。


「ここは『”願掛けクラゲ”の間』って言うんだ」 


 この水族館がOPENした当初、この場所である男女が恋に落ちた。

 それからというもの男女はこのクラゲの水槽の前で逢瀬を繰り返した。

 この男女の恋を支えたのがこのクラゲたちなんだそうだ。

 

 誰が広めたのかは分からない。

 いつしかこのクラゲたちを“願掛けクラゲ”と呼び、水槽の前で並んで撮影すると

 『ふたりの願いが叶う』という口コミが広がった。


 だからこそこの『”願掛けクラゲ”の間』に沢山のカップルが訪れる。

 おまけにツーショットで撮影が出来るように、撮影機があり操作パネルも置かれている。


「折角来たんだから、ここで撮影してみない?」

「え? あ……。ええと、うん。」


 水槽の中を優美に泳ぐクラゲを背景に、ユイとヒロトはぎこちなく横に並ぶ。

 誘ったヒロトのほうがユイ以上に緊張していた。

 思えば成人式の時以来、お互いこんなに距離を詰めたことはなかった。

 

(あの時は私が彼の眼鏡を踏んで壊してしまったんだっけ)


『フレーム ニ オサマリマセン。 モット チュウオウニ ヨッテダサイ』


 そのエラー音声を聞いて、少しずつお互いに近づく。


『フレーム ニ オサマリマセン。 モット チュウオウニ ヨッテダサイ』


 そんなエラー音声を2,3回繰り返した時だった。

 

 ヒロトの手が、ユイの腰に僅かにぶつかる。

 それを気にしてか、その手を慌てて引っ込める。


(……その戸惑いがなんか妙に恥ずかしい)


「ごめん、その……下心があるわけじゃなくて。いや、無いこともないけど……」


 顔が赤い。ヒロトもそんな風に顔を赤くするとは思わなかった。

 ユイはヒロトと出会ったあの成人式のことを思い浮かべた。


「初めて会った時も支えようとしてくれた、よね」

「うん」

「だから、その……」


『サツエイ シマス……3,2,1,0』


 慌ててポーズを取るユイとヒロト。

 次のカップルが入口の所で待機していた。

 ヒロトは撮影機から画像を転送し、その場を離れる。


「“機械”に急かされたのが残念だけど、まあいっか」

「……私は背中を押されたような気がする」


 空いたソファーに二人並んで座って、先ほどの画像をヒロトと共有する。

 それをふたりでじっくり見て、最初の感想は。 


「なんかヒロトさんの顔がマシューを意識した顔になってる」

「そうそう、キリっとした感じ。似てるだろ?」


(マシューがいないのに、マシューがいるように感じる)


 ヒロトがマシューも含めて見てくれていることが嬉しかった。

 大事なものをそのまま大事にしていいよと、そう言われているようで。


「映像画像……、あの、ありがと」


 ユイの言葉にヒロトは微笑みで返す。

 右手を軽く握っている辺り、本当に嬉しいのだろう。


 ヒロトのまっすぐな想いが、ユイに最初に届いた瞬間だった。

 ー※ー

 二人の時間がようやく触れ合った。

 成人式の後、ヒロトは目の手術を受けたそうだ。

 大人になっても注射が怖かったとずっと後回しにしていたことを、照れながらユイに話す。

 

「でも役場で会ったときは眼鏡を掛けてた」

「あれはね、伊達メガネだよ。裸眼でもいいんだけど、ちょっとね……」


 学生の時、ヒロトは特定の女性に付きまとわれたことがあるそうだ。

 不自然な偶然を装って近づく彼女に、底知れぬ恐怖を感じたことを話す。


「ヒロトさんも大変だったんだね」

「まあね。俺がイケメンなのは否定しないけどな!」


 ヒロトの明るい冗談にユイもつい笑ってしまう。

 

(残念なところは誰だってあるのに、そこしか見えてなかった)


 それはきっと、ただ自分が安心したかっただけだ。

 本当は相手に多くのことを求めていたし、押し付けていた。


 ――でもマシューはそれをずっと受け止めていてくれた。


「この願掛けクラゲ、マシューにも見せたかったな……」


 マシューにはこのクラゲがどう映るんだろう?

 そんな疑問がふと口に出てしまった。


「動画にして後で見せればいいんじゃないか? お土産にしてさ」


 ヒロトは機械(マシュー)をユイのようには見ていない。

 でもユイが大切な存在(マシュー)として見ていることを否定しない。

 そこに嘘はなく、心からまっすぐに受け止めてくれている。


(……こんなひと、他にいない)


「あれ? 俺なんか変なこといった?」


 目が潤む。言葉を返したいのに言葉にならない。

 ユイは首を振って応える。

 

「また来よう。マシューも一緒にさ」

「うん」


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