EP36 変革(2)
ユイはアゼロン・カンパニーのヘルプデスクに問い合わせた。
“定期メンテナンスを希望する”と告げると、『今日の午前中に回収に伺います』とのことだ。
ヒロトに連絡すると、時間の変更を快く引き受けてくれた。
明るい返事に、少しだけユイの心が晴れやかになる。
ユイが寝室で服を選んでいると、マシューが前足で扉を叩く音が聞こえた。
「俺の定期メンテナンスと回収の手順についての案内が届いた。後で確認しておいてくれ」
「うん。携帯端末に転送をお願い」
「……転送しておいた」
「ありがとう」
ユイは部屋の時計を見る。
もうすぐマシューを回収する業者がやってくる。
この業者はアゼロン・カンパニーの委託を受けた、専門の業者だ。
ユイは転送してもらった案内文を確認する。
定期メンテナンスで不具合が見つかった場合は、「不具合調査書」がユーザーの元に届くそうだ。ユーザーはその調査書の内容を確認し、承諾後に不具合箇所の修理となる流れ。
(サツキの時とは、違う。大丈夫……だよね?)
「マシュー、ちゃんと戻ってくるよね?」
「無いとは言えないが、決めるのはユイだ」
マシューはユイの視線を逸らさずに即答する。
(なんだろう、この違和感。……事務的な回答に戻ってる?)
「……随分散らかしたな。着ていく服が決まらないのか?」
「うん。デートなんてしたことが無いもん……はぁ……どうしよう」
「ユイが好きな服を選べばいいだろう?」
「そうだけど、それってちゃんと似合っているかどうかわからないし……」
「……ユイは青が似合う。そしてエレガントなデザインが映える。
ちなみに今日のラッキーカラーは黄色だ。アクセントに使うといいだろう」
ユイはマシューのサポート能力の高さに驚く。
この間アップデートしていたから、何かが変わったんだろうか。
「さすがマシュー……、私が悩んだ時間は何だったんだろ」
「悩んだ時間があるからこそ、良い判断ができるはずだ」
(…あ。いつものマシューだ)
「そんな暗い顔をするな、ヒロトまで不安にさせてしまうぞ」
「うん、そうだね」
ユイが着替えを済ませた頃、玄関のインターフォンが鳴る。
ドアの向こうには黒いスーツを着たサングラスの男性。個性的な黒い髪。
マシューが入るくらいの大きさのゲージを持って立っていた。
「初めまして、イサキ様。私はミカゲと申します。この度定期メンテナンスの御依頼を受け、アゼロン・カンパニーより参りました」
彼はなんというか線の細い男性だ。
それなのに、目が笑っていない。AIドールともいえるほどの冷たさ。
「ミカゲさん、マシューをよろしくお願いします」
「かしこまりました。それではこちらをご確認の上、署名をお願いします」
ミカゲは回収確認書をユイに差し出す。
内容を読み、ユイは書類に署名したタイミングを見計らい、説明と共に回収の手順を進めていく。
「それではイサキ様が、AIドールに電源を落とすよう指示してください」
ミカゲの説明によると、この電源を落とす指示はユーザー自身の指示でなくてはいけないそうだ。
こうすることで、AIドールの脳にあるメモリーコアにロックがかかる。
それによりユイの個人情報は第三者から護られるのだそうだ。
「マシュー、電源をオフにしてくれる?」
「ああ」
マシューの目が閉じられ、ユイに寄り掛かるように倒れる。
祖父トミオが息を引き取った時、サツキもこんなふうに倒れたことをふと思い出す。
サツキの白いボディの冷たさを思い出しながら、ユイはマシューの頭を撫でる。
そして柔らかいブランケットを一枚慌てて取り出し、マシューの身体を包んだ。
「当社の製品に対し、丁寧なご配慮をありがとうございます。それではお預かり致します」
一礼し、ミカゲはマシューを連れて去って行く。
ユイはマシューを乗せた車を、ただ見送ることしか出来なかった。




