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EP34 漆黒

 日頃の頑張りの成果か、定時で帰れた今日。

 ユイからついにデートの返事が返ってきた。


『デート、行きます』


 今時珍しい文字通信だ。

 彼女のAIドール(マシュー)も一緒に来るだろうが……。

 それでもユイとデートが出来るのは嬉しい。


 トオルは「こういう時くらいAIドールに休暇をあげてもいいのにな」と言う。


(それは無理だろう)


 ――“彼女”と“彼”はどちらが欠けても存在できない。

 

 その関係に横から割り込もうとしているというのに。


 マシューはユイの護衛騎士のような存在だ。

 護衛サポートAIの役目に忠実に行動している。

 

(ボクシングは軽くやったことがあるけど、俺に護衛なんて出来るわけない)


 だからこそ、マシューにはユイを守るための“盾”でいて貰う必要がある。

 そんな風に感情を持って行かないと、どす黒い嫉妬で狂いそうだ。


「マシューも連れてきていいよ」


 そう返信を返す。

 すると直ぐに返信が返ってきた。

 私的な返信は忘れた頃にやって来るくらい遅いというのに。


(なぜだ? 何かあったのか?)


『マシューは定期検査に出そうと思うの、メンテナンスは必要だし』

 

 彼女の返信でヒロトは理解する。

 そうだよな、という諦めを含んだ納得。


(いや、そうじゃない。マシューがいない時こそ俺の出番じゃないか!)



「そうなんだ。何も異常が無いといいな」

『うん。ありがとう』


 通信はそこで終了した。


 ー※ー

 ヒロトはつい最近、トオルと一緒にトレーニングジムに通い始めた。

 トオルがここに通うのは、重たいAIドールを扱うため健康維持が主な目的だ。

 便宜上、ヒロトも同じ理由ということにしている。だが本音は違う。


 動機が不純であることは理解している。

 ただ体を鍛えたら、小さな護衛騎士に抱く負の感情を抑えられるような気がしていた。


「へぇ……頑張るねぇ」


 隣で走り込むトオルも全身汗だくだ。


「……変わりたいんだ、もっと」


 努力しなければ越えられない、そんな壁がある。

 昔はそんなもの、無理やり壊せば良いと思っていた。

 

(だけどそれじゃだめなんだ)


 相手を自分に引き寄せるより、自分から寄り添っていく方がずっとずっと深い。

 

 ユイ・リア・イサキ。

 彼女は新世界を見せてくれた、唯一無二のひと。

 だからこそ、そう簡単に諦められるわけがない。

 

「応援するよ。今オレも同じ気持ちだから、さ」

「おう」

 

 ジムからの帰り道。シャワーを浴びて火照る体を冷ましながら空を見上げる。月はない。

 自宅まであと数メートルという時。ヒロトは背筋が凍るような視線を感じた。

 それは鋭さと冷たさを含んでいるようで、悪寒を感じる。

 しかし振り返っても誰もおらず、車が通った形跡もない。


 そのどす黒い何かはもうずっとヒロトに向けられたまま。

 護身術もある程度は使える程度には鍛錬しているつもりだ。


(監視されているのか……?)

 

 そんな気配も感じる。

 気のせいだと思いたいが、このところずっとこうだ。

 その時、視界の隅に黒い車が横切ったような気がした。


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