EP33 境界線(2)
僕、ラナンは待機中だ。動物型AIドールの横で。
目の前には観察対象者がいる。
黒い瞳に黒い髪。僕の主とは真逆の印象の人間――、ユイ・リア・イサキ。
僕の主が『境界線』を守るために行ったことは、彼女の癖や言動を学習させることだ。
オリジナルとコピーを会わせて、そして比較して最終チェックする。
僕はそのためにレイラの側にいる。
そして僕の主は僕にもう一つ仕事を与えた。
隣にいる動物型AI護衛サポートタイプ:識別名「マシュー」の分析だ。
しかし先ほどからスキャンを試みるものの、ことごとく跳ね返されてしまう。
いや「跳ね返す」じゃないな。
僕が周辺把握に偽装して発したスキャンの波は、マシューのAIコアから発される微細な振動によって相殺されている。全て相殺じゃない。部分的に、かつ巧妙に、だ。
結果、差し支えない情報だけ渡され「読み取った」と錯覚させられる。
僕じゃなきゃコロッとだまされちゃうだろうね。
ってか、これをすまし顔でやってのけるのだから……。
いや、マシューは気づいていないのか? AIコアの自動防衛?
気づいていないふりをしている……? どっちにしても癪だ。
僕は最新式のカスタムデザイン式ヒト型AIドール。しかも護衛サポートタイプだ。
僕の方が性能は上……だ。
しょうがない、何も成果を上げられないのは僕のプライドが許さない。
方向性を変えてみよう。
「僕の主はさぁ、太るからといって甘いものを食べないくせに、作りたがるんだよなぁ」
会話しながら漏れ出る波を拾ってやる。
マシューは充電台から起き上がり、その場を離れる。
なぜか。ユイという主が見えなくなったからだ。
僕の眼でみるかぎり、充電に必要な時間はたかだか数分だ。
つまりそれだけ高機能なコアを持っている可能性がある。
マシューはユイの姿が見える場所を見つけると座り込み、そのまま待機状態に入った。
「……それでもおまえの主には必要なんだろう」
「そうなのかねえ。太りたいのか痩せたいのか、僕には意図がわからないよ」
僕も主が見える場所に移動する。
学習データによると僕の主は確かに“キレイ”とかいう存在らしいが、僕にはよくわからない。
となりのマシューの目にはどう映ってるんだ?
感情センサーも追跡が出来ない。
なんだこいつ。むしろ僕の方がコイツに筒抜けな可能性も……。
まさかな。
「……それは我々が判断することではない」
マシューが初めて僕を見る。
分析してるとはっきりわかる視線だ。
クソ。威嚇か? 牽制か?
「意図を知らずに主のサポートなんて出来ないよ?」
僕は分析されないようロックを掛ける。
遮断完了……。
しかしこれではっきりした。
コイツわかってる。そして”分からない素振りをしてやっているのだ”と知らせてきた。
マシューはまた視線をユイに戻した。
ユイはオーブンにケーキの型を入れている。
マシューはオーブンに視線を移す。
「知らずとも出来るサポートはある」
――主を知ろうとしていない?
いや、コイツの行動にはムダがない。
それどころか会話しながらオーブンの温度調整をする余裕すらある。
蓄積されたデータから、高度な推論で先回りしているとしたら……知る必要は、ない……のか?
察して動く。それはAIの領分を超えている――
おいおい。ヤバすぎだろ。
「それは本当に、主に寄り添っていると言える?」
僕はわざとユイの言葉を使って問いかけた。
今まで鉄壁の守りを見せていたマシューが、僅かに揺らいだ。
「おまえにも立場があるのは理解する。だがそれは俺にも言えることだ」
僕の口が少し痺れた。
何をしたんだ、コイツ……。
次の瞬間、マシューは犬のようにあくびをして見せた。
そんな様子を見てユイが微笑む。
「じゃーん! マシュー、どう? すごくない!?」
「そうだな。鼻にクリームが付くほど夢中でやっていた」
「え、やば。そういうところは見てなくていいのに!」
「ははっ。こういうところ昔からまんまユイだよねぇ!」
レイラが笑う。
「あーあ。僕も食べられたらいいんだけどなぁ」
「何言ってんのよ、ラナンが食べたら直通するだけでしょ」
「……下品だな」
マシューのツッコミにユイとレイラが笑う。
僕の主は知らない。
マシューを分析したデータが、なぜかこの瞬間に消去されたことを。
今日のところは認めよう。完敗だ。




