EP31 黒い影
ユイが合唱団“アルゼリス”に入団してから、半年がたった。
この間、ユイの生活が変わった。
まず、ヒロトとの接点が多くなったこと。
多くの仲間との交流で、ユイもまた良い方向に変わりだす。
ユイ、ヒロト、マシューとで、共に過ごす時間が増えたこと。
ヒロトはユイからマシューを奪わなかった。
マシューはヒロトと一緒にユイを支えるほうが効率が良いと感じているのかもしれない。
この日は近々行われるコンサートで着る衣装を選びに、リージョンRの店を回った。
マシューの案内は毎回的確で、目的に合わせて色んな情報をくれる。
流行のデザインや、アクセサリーとの組み合わせ方、リージョン毎の伝統的な衣装、メーカー毎のサイズのフィッティングや、防刃性能に至るまで抜かりはない。
(でもちょっと、女性物に偏ってるような……?)
そうは思ったものの、マシューがサポートのため情報を検索したんだろうと考える。
しかし合唱仲間の動物型AIはそこまでではないように思えた。
(マシューって確かに有能……いや、てゆうか万能?)
ヒロトが運転する車での夜のドライブ。
リージョンRからリージョンCまでは車で数時間の距離なのだ。
ユイは今、ヒロトの強い要望で助手席に座っている。
助手席にユイが座ると、ヒロトはやる気が出るらしい。
マシューは後部座席におり、空に浮かぶ満月を車窓から眺めている。
月光を浴びてマシューの白いボディが煌めく。
(時々サツキがマシューの中にいるような……)
ルームミラー越しにマシューと目が合う。
ヒロトはルームミラーに目をやりながら、後部座席のマシューを確認する。
「マシューはなんていうか……かなり実用的だな」
「そうか? 俺にもできないこともあるし、能力に限界もある」
「確かにそうだけど、マシューほど便利なら俺もAIドール買おうかなあ」
ヒロトは“機械”を“機械”として見るタイプだ。
当然、その“機械”は人間が感じるような心の相棒になり得るとは考えていない。
もちろん、その価値観を否定する権利などないと、祖父トミオは言っていた。
ただトミオはこうも言っていた。
“機械”も使う人間次第で様々に変わるということを――
だからこそユイはヒロトがAIドールを持つということに賛同できなかった。
「ヒロトさんの場合、AIドールよりお嫁さんを貰ったほうが良いと思うけど……」
「嫁さんか……。じゃあユイさん――」
「やだ」
「即答かよ!」
「いまの生活が楽しいし……それに何かのついでみたいに言うのがもうダメ」
ユイのダメ出しにヒロトは僅かながら落胆した様子を見せる。
「……だけど、不覚にもちょっとだけ……」
(ちょっとだけ嬉しいとか……。ん~、こういうの、ダメだなぁ)
「ちょっとだけ? なになに!」
ヒロトの声のテンションが上がっている。
甘いムードになりかけたとき――
後部座席からマシューが固い声を発した。
この声をユイは知っていた、そうあの時と同じだからだ。
「右後方、黒い車だ。気をつけろ」
マシューが車の周囲を警戒する。
「暴走か?」
ユイが身構えた直後、明らかに制限速度を大きく超えた車が追い越していく。
「っと! ひどいなありゃ」
以前暴走車に追突されたことがあった。
あの時は、携帯端末型だったマシューがエアバッグを開いてかばってくれた。
勢いで道路にたたきつけられたマシューは廃棄寸前にまで破損してしまった……。
それを救ってくれたのが祖父トミオだ。
(あんなことが、また……? 私はまた、マシューを失うの……?)
不安そうなユイに、ヒロトが言葉をかける。
「今はもう大丈夫……不安は残るかもしれないけど」
「うん……」
ユイは自分の中の真実に気が付いてしまった。
その真実を勘違いとは思えない。
けれどユイの無意識は、心の中の奥底にソレを無理やり閉じ込めた。




