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EP29 もう一つの赤

 目が覚めると、そこは明るい室内。

 白衣を纏った男性が、ベッドの傍に控えていた。

 のんびりした口調、穏やかな青い目。

 ユイは記憶の中の、若かった頃の主治医の姿を思い出す。


(彼は確か……)

 

 ーーアルバ・ジョイ・ロレン。精神科の医師だ。


「……もしかして、ロレン先生?」

「そう。久しぶりだね。ユイちゃん。大きくなって」

 

 彼によるとここはリージョンR、M市。

 あのコンサートホールから離れた区画にある、ロレン医師の自宅のようだ。

 

「マシュー……?」


 ユイが目を開けたのを確認して、マシューは充電盤の上に乗り、眼を閉じた。

 

「ここは……?」

「君は発作を起こして倒れた。リーシェン君がマシューと一緒に連れてきてくれたんだ」


 マシューの検索とヒロトの医者の心当たりが一致したのだとか。

 

「妻を呼んでくるよ」


 ロレン医師はユイに水の入ったグラスを渡し、部屋のドアを開いた。


 ー※ ー 

 トレーを持って部屋に現れたのは、昨日の音楽フェスの舞台でソプラノのソリストをつとめた女性ーーレミ・イナ・ロレンだった。


 (きれいなひと……)


「あなたがリーシェン君の運命の人だったのね」

「運命の人? ……違います」


 キッパリと否定するユイの剣幕に、レミは少し苦笑しながらトレーを置く。

 目に飛び込むのは鮮やかな赤。湯気が立ち上り、トマトのよいにおいが香ってくる。

 温かいうちにと進められたのでスプーンを手に取る。


「おいしい……」


 ふと思い出す。前にも味わったことがある、懐かしい感じ。

 子どもの頃、ロレン先生にお世話になった時だ。そうか、あの時の。


「ちょっとだけ……、昔話を聞いてくれる?」

「……はい」


 レミはイスに腰を下ろし、右足のソックスを少しだけ下げる。

 肌色だが、ゴムのような質感。ーーーー義足だ。

 

 22XX年3月15日。忌まわしき大惨事。

 レミは当時まだ学生で、恋人と共に平和式典に参加したという。

 そしてグライゼルの襲撃によって恋人を失い、彼女もまた右足を失った。

 そんな時出会ったのが、歌だった。

 

「AIドールを持てなくても、こんな足でも、前に進みたかった」

 

 だから歌に生涯をかけようと思った、と。


「強いんですね。私にはそんな……」

「あなたも、失ったのでしょう? あの時」

「……」


 レミはソックスを戻し、うつむく。

 それからそっと目を閉じ、微笑む。


 流れる時間。あの時のことを思い出すと誰もが悼む。


「ごめんなさいね」

「……ありがとうございます」


 着替えをベッドサイドに置き、レミは部屋のドアに向かう。

 そこでふとレミは立ち止まり、振り返った。


「もしよかったら、あなたも歌ってみない?」


 ユイが負担に感じないように、レミは遠慮しがちに声を掛ける。

 

「もし興味があれば。深く考えないでね?」


 ユイの反応を見てレミは、静かに部屋を退室する。

 湯気が消えた赤いスープを口に運ぶ。それでも温もりは消えていなかった。


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