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EP03 日常の終わり(3)

 トミオには毎朝必ず行う儀式があった。その儀式とは薬剤を注射によって体内に投与することだ。

 これは朝のルーティンの中で最も重要なこと。それが終わると、ニュースの確認だ。

 その際使用するのは、リビングテーブルの引き出しに収納された、25センチほどのスティック端末。片手で操作が可能で、空中に画面を表示させれば、数多くのニュースが次々に映し出される。

 

 今日のニュースも、思わずため息が出るような暗いものばかりだ。

『この世界の一部の地域で起こっている宗教紛争』、『謎の暴走車によって引き起こされる事故』、『子供に発症する謎の奇病の状況』など。

 

(何か明るい話題を探そう……)

 

『男性アイドルユニット“RARUTO”が新曲を発表』、『アゼレウス社が最新の動物型AIドールの販売日を公開』、『ある海域で動く島が発見されたこと』だ。こうした話題は少しだけ心を和ませる。

 

 端末の隅に表示されたカレンダーには特別なマークが付けられた日がある。

 孫のユイの、誕生日だ。時の流れは速い早いもので、幼かったユイはもう成人になるのだ。

 

 トミオはユイの成人式の衣装を用意していた。それが翌月には仕上がる。

 誕生日と成人の祝いもかねて贈る品については、トミオの悩みの種だ。

 やはり以前から欲しがっていたAIドールを贈ることにしようと決意する。


 本人の好みを聞いてカスタマイズが出来るものがいいだろう。

 早速手配してもらわないといけないと、トミオは同僚のアレンにメッセージを送った。

 思い出したように時計を見ると、時刻は8時。

 他に急ぎの連絡はなく、トミオはすべての画面を閉じて外出の支度をしようと考えた。

 

 その時――。


 

「トミオさん宛てに急ぎの通信」

「おや、誰からだろう。サツキ、この端末に繋いでくれるかい?」 

「ハイ。転送します」

 

 先ほどのスティック端末に転送されるメッセージ。送信者はユイだ。

 

(珍しいな。何かあったんだろうか)

 

 トミオが首を傾げながらリンクを開くと、画面に目を赤くしたユイの姿が映し出される。

 

『おはよう……。こんな朝早くに連絡してごめんね』

「おはよう。気にせずとも大丈夫だよ、何かあったかい?」

『実は……これ……』

 

 ユイがボロボロになった携帯端末を取り出す。

 端末裏の蓋が開いており、萎んだ白いバルーンが垂れ下がっている。

 この状態が何を意味するのか、トミオは誰よりもよく知っていた。

 

「何があった? 怪我はないのか?」

『うん。怪我はしてない。昨日事故に遭って……。マシューが……』 

 

 ユイの携帯端末は、アゼレウス社製の最新式の端末だ。

 その内部にはアゼロン・カンパニー製のサポートAIが搭載されている。

 “マシュー“はユイの携帯端末を管理するAIの名前だ。

 そのマシューが緊急用のエアバックを発動させたということは、(ユイ)の命が危険になるほどの惨事が起きたということだ。その証拠に携帯端末の画面には強い衝撃を受けた跡がある。

 

(ユイの様子を見る限り、どこか高い場所から落とした可能性は無いだろう。何かの下敷きにでもなったかもしれないが、だとしてもよほど切羽詰まった状況だったはずだ)

 

『おじいちゃん、マシューを助けて!』

 

 ユイの目から溢れた一滴が、無惨な姿の携帯端末にポトリと落ちる。

 

「犠牲になった端末は直接見てみないとなんとも……。何が起きたのか話してくれないか?」

『……うん』 

 

 ユイが泣きながら語った状況をまとめると。

 食材の買い物に出かけた帰り道、ユイは、信号無視の暴走車に轢かれそうになったのだという。

 マシューが気付き警戒音を鳴らして回避させようとした。

 だがスピードを上げた暴走車との接触を避けられなかった。

 そのためマシューは緊急用のエアバッグを出してユイを庇い、代わりに轢かれたという。


「そうか……。元通りに出来るかどうかはわからないが、手を尽くすよ。それにしても怖かっただろう……本当に大丈夫なのか?」

 

 幼い頃、ユイは大切な家族を目の前で失っている。トミオの妻、リエだ。

 過激派組織の無差別攻撃に巻き込まれ、ユイを庇って犠牲になったのだ。

 最悪なことにこの日は21XX年の天変地異と同じ日。この凶悪事件は、被害者やその家族に心身共に大きな傷を負わせたまま、過去のものとして忘れ去られた。

 

『うん。怖くなかったと言えば嘘になるけど、きっとおばあちゃんとマシューが守ってくれたと思う。私だって少しは強くなったよ。昔みたいにはならないから……安心して』

 

 目の前でリエを失ったユイは、精神的な大ダメージを受けた。トミオ自身もリエを失い、絶望の淵にいた時……友人たちがサツキを連れてやってきた。トミオとユイがリエを失った悲しみを乗り越えることができたのは、サツキのおかげだ。

 

「……それなら良いが。くれぐれも無理だけはしないように」

『うん、ありがとう』

 

(……強くなったな)

 

 孫の成長を嬉しく感じつつも、ユイを襲った暴走車に対し怒りがこみ上げる。

 ニュースに上がるくらいだから、謎の暴走車は意図的に人間を襲っているのだろう。あの時もそうだった。

 結果的に治安部隊が過激派組織を鎮圧し逮捕した上で、法の裁きによって指導者は極刑に至った。

 それにより過激派組織は消滅したことになっているが、実際のところはわからない。

 

(偏った価値観は簡単に人を狂わせる……。そして犠牲になるのはいつも無関係の人間ばかりだ)

 

 トミオは少し俯き、右手に力を込めて握りしめる。

 

「その携帯端末は、学校の指定便で送ってくれないか?」

『うん、出来るだけ早くおじいちゃんの家に届くようにするね』

 

 トミオが返事をすると、ユイは大きく頷き、微笑みながら手を振る。

 通信はそこで終了し、空調の機械音だけがリビングに響く。

 

『人が“機械”に癒しと支えを求め、共にあろうとするのは人としての堕落だ。“機械”とは道具であり、人と対等にあるべきものではない。だからこそ、そのように腐敗した人間は抹消しなければならない。それが正しい世界の在り方である』

 

 裁判で主導者が語った言葉がトミオの脳裏をよぎる。

 忘れようとしても忘れられないが、それでも忘れなければ前には進めない。

 焦点の合わない視界の中にサツキの姿が入る。ベランダでサツキは洗濯物を干していた。

 洗い立ての白いベッドシーツが太陽光を受けながら風になびく。

 

(それでも俺は……“機械”を扱う人を支えたい)

 

 リエと共に暮らした空間を、トミオは今一度見つめ返した。

 ここには無駄なものは一切なく、シンプルで整頓された空間が広がっている。

 スタイリッシュな小物が数個アクセントとして置かれ、掃除が行き届いた清潔な部屋。

 誰もが憧れるモデルハウスの様な空間がそこにある。

 が、今となっては、トミオにはただ色あせて見えるだけだった。


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