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EP24 空

 ユイが勤務するのは、リージョンCにある大きな教育機関だ。

 この世界では、高度な教育を義務としていない。

 生きていくための教育は無料で誰でも受けることが出来るが、それは”知識の種”だ。

 この種をどう育てるかは個人の自由であり、個人が望むことで初めて高度な教育への道は拓ける。


 ユイはこの教育機関の事務局で、学生のサポートをしている。

 業務時間は、AIドールは長期待機というカタチでスリープ状態になる。

 マシューは、ユイの携帯端末からの指示を受け、必要に応じて本体を動かすのだ。

 その日ユイが出勤すると、大量の仕事がユイを待っていた。

 

「これ全部……!? 今日中に終わる……かな?」

「あ~、今朝イサキさんが来たら頼みたいって、主任が言ってたやつですぅ」

 

 隣の同僚が悪魔の様な笑顔で伝える。


「……これだけの量があるってことは元々はもっとあったの?」

「ん~、実は昨日私の所にきた案件なんですよぉ。でも時間だったんで!」

 

 そうだった。彼女はどんなに忙しくても”定時帰り”を美徳とするタイプだ。

 少し舌を出して照れながら頭に手を当てている。

 可愛らしくしたところで、仕事を押しつけたという事実に変わりはない。

 ユイはため息をついた。

 

「……手伝ってくれるよね?」 

「もちろんですよぉ! 今日の分は頑張りますぅ!」


 と、笑顔のサムズアップ。

 ユイはそれ以上何かを伝える気が失せてしまった。

 チラリと目をやると、小さく頷くマシュー。

 なんか了解された。


 ユイは、仕事の処理に向き合う。

 溜め息をつきながらもその目は澱んではいなかった。

 むしろその逆で、キラキラと輝きを放つ。

  

 マシューはそんなユイの様子をしばらく見つめていたが、ほどなくして待機姿勢に入った。


 ー※ー

 ユイが仕事を片付けて帰る頃には、日が暮れていた。

 時計が17時を示すと、職員は一斉に帰り始める。

 ユイは一人残って、後片付けを行っていた時だった。


 通常ならば真っ先に居なくなるはずの同僚が、ユイを探して戻ってきた。


「イサキさん! いたぁ! 突然ですけど、コレ行きません?」


 ヒラヒラと手の中で踊っているのは、音楽フェスのチケットだ。 

 見ればそれは指定席。


「席も決まってるってことは、誰かと行く予定だったんじゃ……」

「そのつもりだったんですけどぉ、なんやかんやでキャンセルになったんで!」

 

(つまり要らないけど、捨てるのはちょっとって奴か……)


「そのフェス今夜開催なんでぇ、楽しんできてください~!」 

 

 彼女は用は済んだとばかりに、ユイにチケットを押し付けて去っていく。

 

「行くなんて一言もいってないのに……また流された気がする」


(なんでいつもこうなんだろう。要らないってハッキリ言えばいいのに、言えない)


 チケットを見れば場所はリージョンRだ。 間に合うかどうかもわからない。


「門を閉めますが、まだ残られますか?」

「あ……。あと10分のうちには!」

 

 警備員がユイに声を掛ける。

 静まりゆく建物にユイとマシューの足音が響く。

 

 空を見上げればもう夜が近づいてきている。

 その赤と黒のコントラストを、マシューはじっと見つめた。


「マシューは空を見上げるのが好きだね」

「ユイもよく眺めていると思うが?」


 ユイの歩調に合わせてマシューも歩調を変える。

 もともとユイの歩調は早めで、ダラダラ歩くことはしない。

 ただ心に迷いがある時、ゆっくりになることだってあるだろう。


「うん、もう癖になってる。空を見上げたからって何かが起こるわけじゃないけど……ね」

「……そうか。ユイは変化に惹かれるんだな。それならもっと今を楽しむべきじゃないか?」


 マシューはユイを見ず、正面だけを向いている。

 信号で止まると、ユイは渡されたチケットをポケットから取り出し、視線を落とした。


(音楽フェス……かぁ)


「今を楽しむ……たとえば一方的に押し付けられたイベントとか?」


 マシューはユイを見上げ、ユイはマシューを見下ろす。

 黒いカメラアイが一瞬澄んだ紫色に見えた気がした。

 

「そうだ。彼女には敢えてユイに渡す意味があったんだろう」


 信号が変わる。

 ユイとマシューはまた歩く。数メートル先にもうマンションが見えてきた。


「……そんな気遣いできるひとじゃないと思うけど」

「俺は変化するものを必要としない。だが変化自体に興味がないわけではない」

「つまり?」

「俺の性能を実感するにはいい機会ってことだ。まぁ決めるのはユイだが」


 マンションのエントランスに入ると、マシューは体をブルブルと震わせた。

 犬の様な仕草。そんな何気ない振る舞いにも意味があるのだろうか。

 

「……それ、ずるい」


 ユイが頬を膨らませて呟く。

 でも同時にマシューがいれば”怖くない”と思う自分が間違いなくそこにいた。



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