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EP21 眼

 ユイはその日の朝、特に気に入っていたラウルのポスターを剥がした。

 周囲を見渡せば彼のグッズで溢れかえっている。

 その大量のグッズをすべて箱の中に収め、テープで封印する。


(捨てたくない。でも奥さんのいる人を推すのもなんかな……)


 ラウルグッズが消えた部屋は妙にスッキリと片付いている。

 ユイは少しだけ気が楽になって、徹底的に部屋の掃除を行った。

 空間がきれいになると心のつかえも取れるのだろうかと、ユイは空を見上げた。


 そして、アレンの名前で大きな荷物が届く。トミオが用意した成人の祝いの品だ。

 セレモニーホールまで送り届けてくれる時、アレンはユイに荷物を送ると言っていた。

 中を開くと白銀色のサツキと同じ軽量金属のボディが見えて来る。


(これってもしかして……動物型の?)


 逸る気持ちをおさえ、丁寧に箱から取り出す。

 狐のような顔立ちだけど、犬の様でもある。

 こんな独特なデザインは既成のものではない。恐らくオーダーメイドだ。


「AIドールまで……。おじいちゃんたら、もう……」


 トミオの荷物を整理した時のことだ。

 新品の服や肌着は何枚もあったのに、封さえ開けてないものが多かった。

 必要最低限の数だけを使いまわしていたのかもしれない。

 通帳には見たこともない桁数の数字が記載され、必要な手続きは専門家を通して終わらせていた。

 

 何のためかと考えるまでもない。

 嬉しいやら悲しいやら複雑な気持ちを処理できないまま、

 箱から説明書とボディを取り出した。


 そのタイミングでユイの端末にアゼロン・カンパニーから、ユーザー規約のファイルが届く。

 確認すれば、それはもはや辞典では無かろうかと思われるほどの文書量だ。

 半分ほど目を通した辺りで、ユイは疲れてしまった。

 

 その確認作業を億劫に感じた彼女は。

 残るページをチラ見しただけで「確認済み」のボタンを押してしまった。

 その行為が非常に危険であることを、この時のユイはまだ知らない。


 ユイは説明書を片手に、ドールを起動する。

 このドールのなかにはアゼロン・カンパニーの最新AIチップが、”空の状態”で搭載されている。

 クラウド経由でバックアップできれば楽なのに……と思う。

 なぜか敢えてローカルでのデータ移動を行う仕様なのだから、不満を感じても仕方がない。


『データであればなんでも複製できる時代、唯一のデータであることの意味は大きい』


 そうトミオは言っていた。

 だから「サツキ」もあのサツキだけだし、マシューもこのマシューだけだ。


 初期設定などで2時間が経過する。

 マシューに状況を説明してからAIドールの中に移動させる。

   

 ー※ー

 従来のアゼロン・カンパニーのAIを搭載したドールは、家庭内のサポートを目的としている。

 家電として自宅に置き、外には持ち出さない。

 それでは外出時のサポートを必要とする場合のニーズにこたえられない。

 そこでアゼロン・カンパニーは、携帯端末とリンクさせた動物型AIドールを開発する。

 その目的は移動サポート。例えば盲導犬のようなポジションだ。


 過去の天変地異で亡くなったのは人間だけではない。

 愛し育てた動物までも人々は失ってしまった。


 しかし滑らかな動物の動きをAIが細部まで忠実に再現することは難しい。

 また成功したとしても悪用される危険性もあった。

 過去に起きたあの大惨事を招きかねない……それを危惧して一度はこの開発を止めてしまった。


 しかし、世間が事件の傷から癒えるころ、外出先でも移動サポートを望む声が増えた。

 アゼレウス社のトミオ・ケイ・イサキは、その声を実現させるべく、二社共同での開発を進める。

 その途中、トミオは逝去してしまう。

 アレン・リード・レゼルという技師がその遺志を継ぎ、動物型サポートAIは世界を歩き始めた。


 永らく携帯端末を本体としていたサポートAIマシューは。

 不安定な“道”を歩く彼女を支える「杖」として、現実世界に降り立つ。


 ドールの中に移ったマシューが何度目かの再起動を終えたとき。

 黒いカメラアイでユイをまっすぐに見た。

 

「ユイは……こんな姿をしていたんだな」

「うん?」 

 

 それからマシューは新しく得た眼で部屋を歩き回る。

 まさに、新たな世界を“認識”しているかのように。

 少し歩いては止まり、世界を確認するように丁寧に観察していた。


「マシュー、どうしたの?」

「視覚情報の多さに驚いてな……」


 マシューの声が少しだけ興奮しているような気がする。

 新しい発見が次々とあるからだろうか。

 生まれたばかりの子供のようだ。

 カメラアイを輝かせて、気になった物を前足でつついたり、触れたりしている。


 ユイはそんなマシューに気づかれないよう後ろにまわり、そっと抱きつく。

 中型犬程度なのに、しっかりとした四肢の支え。


「マシュー、大きくなったねぇ」

「……オートバランサーは良好だ」

「照れなくてもいいじゃん」

 

 ――それは、ユイにとって最高の“相棒”が誕生した瞬間だった。


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