EP19 成人式
世界には12のリージョンがある。
そのリージョンの中心にあるセントラルは、年に一度数多くの「未成人」たちが集う。それが今夜だ。
祖父であるトミオは、この日のために”キモノ”を用意してくれた。
トミオの給料の三か月分くらいはしているだろう”キモノ”は、濃紺のグラデーションが美しい。
肩から腰にかけてちりばめられた花の刺繍。
金糸がこれでもかとふんだんに使われている。
「うわ~、きれい。さすがトミオさん。センスの良さが爆発してるわ」
深紅の優美なドレスを着た、モデルの様な美しい金色の髪、アイスブルーの目。
幼馴染のレイラが感嘆の声をあげる。
その隣には、礼服を着た老紳士が立っている。
彼はレイラの祖父で、祖父の友人のアレン。
今日はふたりの送迎をしてくれる。
「やっぱり衣装負け……してる、よね?」
「そんなことはないよ。僕が同じぐらいの若者だったら、恋に落ちたかもしれない」
アレンさんの軽いジョークに、レイラはあきれ顔だ。
「うわぁ爺さん……相変わらずたらしだね」
「おや、そうかい?」
ふたりのやり取りが面白くて、ユイは微笑む。
レイラはそんなユイの手を引っ張って、アレンに手を振った。
「ふたりとも楽しんでおいで。日付が変わる前には帰ってくるようにね」
「はあい!」
レイラの明るい返事にアレンは微笑む。
ユイはそんなアレンに会釈をして白亜の建物の中へ進んだ。
ー※ー
”セントラル”のセレモニーホールはとても広大だ。
至る所にスーツ姿やドレス姿、各リージョンの民族衣装など様々な衣装に身を包んだ若者が集う。
レイラとユイはリージョン・N出身なので、この地区の席に案内される。
すべての座席は指定席になっている。
座席の間隔はゆったりめに取られ、必要な配慮を受けながら共に過ごせるよう配置されている。
隣にレイラが座ると、周囲の席の男性が一斉にレイラに釘付けになる。
その横にユイも座るため、自分に向けられた視線ではないと思いながらも少し胸が高鳴る。
やがて偉い人の長くて熱い演説から解放されると、携帯端末に承認文書が届く。
式の間は、端末を管理するAIが承認文書を確認する以外は何もできないように制御している。
会場のなかは美しいピアノの旋律が響き渡るだけだ。
ユイは承認文書を開き、成人になったことで可能になることを確認した。
この承認文書を読んだ上で誓約書に署名する。
これに署名することは、成人した大人として起こした行動に責任を持つ意識があるということだ。
しばらく待つと、受理されたことをマシューが文字で教えてくれる。
これを済ませた人はこの場を退出し、ホールの上の階にある交流や披露の場に赴くことになるのだ。
こうした場所に立ち寄るかどうかは個人の自由になる。
苦手とする人は無理に参加しなくてもいいが、でも若手にはメリットが多い。
結果、多くの人がセレモニーホールの上階へと向かっていた。
ー※ー
優雅で大きな階段が見える場所で、ユイは化粧室に出かけたレイラを待っていた。
人の出入りが多く、ユイは人に酔ったのか少し疲れが出てきた。
(どこか座れる場所とかないかな)
そう思ってよそ見をした時だった。
誰かに体をぶつけられる。
“キモノ”を着慣れていないユイはバランスを崩し、倒れそうになるところを、誰かに支えられる。
足元で何かが、いや何かを踏みつけた感触。眼鏡だ……。
「あ……!」
上から男性の声が降ってきた。
「君、怪我はない?」
銀色の短い髪、紫色の目。礼服を着た背の高い若い男性。
「はい……」
「急にぶつかってしまい、こちらこそ申し訳ない」
「いえ、その……」ユイはおそらく彼の物であろう眼鏡を恐る恐る拾い上げる。
レンズの下だけを支えるフレームデザイン。左のレンズにヒビが入っていた。
「これが無いと困るんだ、返してもらっても?」
「あ、はい。あの、修理代――」
ユイは手に持っていたバッグから財布を取り出そうとする。
男性は何かを考えていたのか、ユイの声に反応する。
「……あ、要らないよ。そもそも僕の不注意だし」
男性は壊れた眼鏡をかけ、あたりを見回しながら目を細めた。
「でも……。本当にごめんなさい」
「気にしないで。それより君を転ばせなくてよかった。じゃあ、楽しい夜を」
よほど急いでいるのだろう。
彼は爽やかに微笑むと、あっという間に見えなくなった。
(せめて名前くらい聞けばよかった……素敵な人だったな)
そんなことを考えながらユイは彼が消えた方角を見つめ続けた。
完璧に化粧直しが終わったレイラがユイに声を掛ける。
「ユイ! おまたせ」
「すごい。アップグレードしちゃってる!」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、言葉のチョイスがねぇ……」
レイラが少しだけ苦笑する。
「じゃあ戦場へ突撃するわよ!」
ユイの手を引っ張って人で溢れる空間を横切る。
誰が見てもゴージャスな、スタイル抜群のレイラ。
その後ろを3歩下がってついて行く控えめなユイとのペアは、周囲の人々の視線を集めた。




