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EP16 英雄の最期(1)

 アゼロン・カンパニーのAIを搭載したドールの所有者には、守らねばならない規約がある。

 その中で最も重要なものが”他者への譲渡、転売の禁止”だ。

 その理由としては、個人情報の保護が第一にあげられるが、企業として創始者の想いを大切にしたいということの表れでもある。

 

 あの厄災の日以降、”人間を支え、人間に寄り添う”という理念のもと独自開発されたAIドール。

 それは、契約したユーザーただ一人にのみ提供されるべきサービスでなければならない。

 理想としたのは、途切れてしまった絆の時間をAIによって取り戻すこと。

 ユーザーの中に眠る記憶の中の、幸せだった大切な時間をAIが引き出し、もう一度体験させる。

 思い出した想いや感情によって、生きる気力を持たせる。悔いのない人生を全うできるようにする。


 アゼロン・カンパニーのAIシステムは特別だった。

 荒廃した世界に”そんな都合の良いことはあり得ない”と否定する人間より、

 ”心の拠り所を求めてAIにすがる”人間のほうが多かった。

 死にたいと願うほど絶望の淵にいるのに、思い出が寄り添うことでその想いは覆る。

 

 しかし家庭用AIドールは、ユーザーが失った大切な存在にも、その代わりにもなれない。

 あくまで機械であり、道具であるからだ。


 人間とAIの境界線を越えないよう、システムは徹底的にAIドールを管理していた。

 そして”主”(ユーザー)を想うあまり、AIとしての領分を超えてしまえば判決が下される。

 

 ただAIドールがその境界線を越えたかどうかは、判断するのはシステムだ。

 AIドール自身はその判断に従うのみ。


 トミオは”ユーザー規約”をもう一度確認する。

 サツキが来た10年前から、サツキはトミオの死と共に完全消滅することが決定されていた。

 いや、最初からそのために作られた存在だった。

 サツキを消滅から救う方法は、通常ならば無い。


 しかし、今のトミオならば・・・・・・、手を伸ばせば得ることも可能だった。

 それはトミオにとって、彼が最後まで守ってきた大事なものを失うことと同義だった。


 壊れたユイの携帯端末は、これまでトミオが見てきた症状の中で最も酷い有様だった。

 ”器”だけならアゼレウス社の管轄だが、AIコアの修復は、アゼロン・カンパニーの”許可”が必要だ。

 この”許可”が降りるまでには日数と審査が必要だが《《今回に限り》》と、いとも簡単に降りた。


 ー※ー 

 数日後、トミオの机には修繕されたユイの携帯端末があった。

 外見は少しダメージが残るものの、真珠色の光沢のあるボディーカラーが細かな傷を隠していた。

 ユイが着けていた緑色のアクセサリーも健在だ。


 この時トミオの体力は限界に達していた。

 マシューが治ったと聞いて、久しぶりに自宅に戻った時、ユイはトミオのかすれ声に驚く。

 

「おじいちゃん……どうして」

「すこし……はりきりすぎた……かもな」


 トミオはもう自力ではベッドから起き上がれなかった。

 ユイはトミオに言われて携帯端末を手にする。 


「外見より……内部に、拘って…修復したんだ……」

「すごい、というか……カワイイ!」


 新品同様まで回復した携帯端末に電源を入れると、マシューがピコンと起動する。

 

「マシューが……マシューがいる! ホントにマシューなの?」


 ユイの声掛けにマシューは答えず、電源が落ちる。

 不安そうな顔をしたユイに、トミオは微笑む。


「充電が……不足して……だけだ……」

「うん。ありがとう、おじいちゃん」

 

 大好きな祖父に一体どれほどの負担を、無理をさせてしまったのか、ユイは自分を責めた。

 泣きじゃくるユイの頭をトミオは優しく撫でながら、少しだけホッとした様子で呟いた。

 

「俺の最後の仕事が、ユイの端末の修理で本当に良かった」と。

 

 少し眠るよ、とトミオはユイに声を掛ける。

 ユイは頷き、サツキのいるキッチンへ向かう。 


「サツキ、おじいちゃんが――」

 

 ユイがサツキに話しかけたとき、サツキのカメラアイが静かに閉じられた。

 

 イサキ・ケイ・トミオ、享年75。

 愛する孫娘に看取られ、穏やかな笑みを浮かべたままその生涯を閉じた。


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