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EP14 再会

 リエとのお見合いが破談になってから、三年がたった時のこと。

 相変わらずトミオは女性と縁がないまま、仕事三昧の日々を過ごしていた。

 読書以外の趣味もなくトミオは介護施設にいる母を時々見舞う、誰もが羨む孝行息子だった。

 

 ある日トミオは主治医から母の病気について説明を受ける。

 病院の中庭で、トミオはベンチに座り、勢いよく水を噴き上げる噴水を眺めていた。

 

 検査の結果次第では長くは生きられないかもしれないという言葉に、トミオは落ち込む。

 父に続いて母も……。今度こそ一人だけになるな、と思うと心の中に冷たい風が吹き込む。

 母はトミオに”恋人をつくることや結婚すること”を迫ることはなかった。

 ”落ち着いて欲しい”と思うこともあるだろうが、トミオ自身が幸せであればそれでいいと考えているようだ。

 

「落ち込んでも仕方ないな。母さんのために俺ができることを考えないと……」


 勝手な話だが、トミオは親は特別に長生きすると思っていた。親孝行はいつでも出来ると思っていた。

 父を看取った時は学生だったから出来ないことが多かった。母の時だけはそんな後悔はしたくない――――

 トミオが覚悟を決めてベンチから立ち上がった時、不意に女性と目が合った。

 見たことがある。いや、まちがいない。看護師の白衣を身に纏った、リエだった。

 

「イサキさん」

「あなたは……リエさん、なのか?」

「はい。お久しぶりです。あの、夕方もし良かったら……お時間を頂けませんか?」 


 まっすぐにトミオを見つめてはいるものの、リエの双眸は不安に揺れていた。

 声を掛けることには相当の勇気が必要だったはず、とトミオは考えた。


(もし逆の立場だったら俺はリエさんに声を掛けられただろうか? いや、無理だ)                                                                


「俺で良ければ」

「良かった! ではこの病院の最寄り駅の広場で待ち合わせましょう」

「はい」

 

 明日はトミオは公休で何も予定が入っていない。

 会いたいと思っていた彼女からの提案だ。正直かなり嬉しい。

 しかし彼女の近況を素直に受け止められる自信がない……。


(断る選択肢もあったのに、どうしてもそれだけは選べなかった)

 

 母のことも胸につかえてはいるが、「あなたが暗い顔してどうするの」とたしなめられた。


(彼女の近況を受け止めることはできるだろうか)


 時間ぴったりにやって来たリエは、カジュアルな服装で現れた。

 飾らず自然体。ようやくトミオは”リエ・ミア・カイドウ”ではなく、”リエ”と向き合えるのだと思った。


「私の行きつけのお店に案内させていただいても?」

「大丈夫ですよ」


 トミオがリエの言葉に頷くと、リエは嬉しそうに端末を片手に店に向かって歩いた。

 リエがアゼレウス社製の端末を使ってくれていることが、嬉しい。

 三年前、その機種のアイディアを出したのはトミオだったからだ。


「着きました、ここです!」


 トミオはてっきりお洒落な店に連れていかれるのだろうと思っていた。

 しかしリエが案内した店は、年季の入った簡素な構えの店だ。


(そうだ、リエさんは焼き鳥が好物だったな)

 

 恰幅のいいおかみが、うちわを片手に焼き鳥を焼きながらリエに声を掛ける。

 

「リエちゃん、今日は彼氏と来たのかい?」

「えっ!? まだ違うもん。それよりおばちゃん、いつもの二つお願いっ」

「あいよ!」


 リエが照れたように返事をすると、おかみは微笑みながらトミオを見つめる。

 トミオも穏やかな笑顔をおかみに返す。


「ここの焼き鳥は絶品なんです。トミオさんにも堪能していただけたらと思って。あ、ビールでいいですか?」

「はい。俺も焼き鳥は好きなので嬉しいです」

 

 トミオは自然体のリエの姿のほうが、魅力的だと思った。

 彼女があの時見せた姿は、きっと彼女が意識して作り上げたものだったのだろう。

 

「あの時は本当にすみませんでした」

「そのことはもう気にしないでください。もう済んだことだから」


 おかみが、リエの定番メニューの二皿分とビールジョッキのペアを持ってくる。

 それをふたりで受け取ると、おかみは笑顔でサムズアップをして見せた。


「あの中庭にはなぜか悩みを抱えた人が集うんです……不思議ですよね」


 リエはあの病院でどれほどの人間の生死に携わったのだろう。


「それで俺に声を掛けてくれたんですか?」

「はい。でもそれだけじゃなくて……」


 リエは握りしめた右手をそっと胸に当てる。

 勇気を振り絞る様に、リエはトミオを見つめなおし、続ける。


「トミオさんに会いたかったんです。だから勇気を出すなら今しかないって思って」


 リエの視線を受け止めながら、トミオは静かに自分の想いを伝える。


「ありがとう。リエさんのほうから声を掛けてくれて嬉しかった」


 でもどこか恥ずかしくもあり、トミオはふっと視線を逸らす。

 リエの表情がほころぶ。その笑顔が眩しい。

 彼女が勇気を出して誘ってくれなければ、こんな時間はなかっただろう。

 だから素直にいまを楽しもう、トミオはそう思った。


「せっかくです、温かいうちに頂きましょう。リエさんのおススメですし、俺も堪能したいです」

「はい!」

 

 リエがあの時見せた笑顔で嬉しそうにトミオに微笑む。

 小さな乾杯の音が店内に響き、思いがけず訪れた再会の宴が始まった。


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