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08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~  作者: 由耀
第5部 08 ―HACHI―
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EP102 彼方へ(1)

 Mathewが向かったのは婚姻会場の左端にある非常用のヘリポートだった。

 そこには緊急用のヘリが置かれている。

 “万が一の場合に備えて、ユイ様をお連れ出来る者が使うこと”


 カイドウ家の護衛チームの総指揮官、フジナミ・エル・カイドウはそう告げた。

 その場所に行けば誰でも操縦が簡単なヘリがある。

 それは完全な初心者向けのヘリ。

 一刻を争う事態になった時は重要な足になる。  

 

 それが目前に見えたとき。

 赤い果実を手にした黒髪、機械で出来た猫耳を付けたAIドールが目の前に躍り出た。


「やあ、来ると思ってたよ」


 それはレイラの護衛サポート用のAIドール、ラナンだ。

 着ているのは執事服ではなく、戦闘用の黒装束。

 Mathewがユイを庇うように前に立つ。


 後ろからは、銃を構えたグライゼルの戦闘員たち10名。

 四方を塞ぐように取り囲む。

 彼らは人間なのかAIドールなのかもう判断が付かなかった。


「どうして……」

「どうしてって、僕の”主”がこの場所で僕を待機させたからに決まってるだろ」


「……悪いが、急いでいる。どけてもらおうか」


 いつになく低い声だ。

 Mathewは本気で怒っているのだろう。

 

「あのさぁ。平和ボケしてる? はいどうぞ、って言うわけないじゃん」

「……AIドール3原則……、忘れたわけではあるまい」


 ラナンの煽りにMathewは乗らない。

 ただただ静かに激情を含んだ声で正論を述べるだけだ。


「人間を傷つけない、人間の命令に服従、自己保存。ホント、マニュアル通り。……さあ女王様、どう対応する? 教えてよ」


 ユイはMathewの後ろから、半歩前に出て、Mathewと並ぶ。

 ミカゲに渡したファミリー・リングと同じものを、ユイも付けていた。

 ユイが仕込んだのは“歌”でもなく“声”でもない。“麻痺の効果がある霧だ”

 これはAIドールには効果がない。

 至近距離で大勢に囲まれた時に有効になっている。

 

 ユイが左手の薬指に右手を添えた。

 それでMathewはユイの意図を推測した。いや、長年の学習から察した。


「以前君は、意図を知らずに主のサポートなんて出来ないと言っていたな」

「……さあ? 記憶にないけど?」


 ラナンと対面した日は限られてる。

 そんな昔の記憶もMathewにはあるという。

 その明らかなMathewの異常性に、銃を構えた戦闘員たちが気付く。


「あなたたちにも守りたいご家族がいるはず。……それは私も同じです」


 ユイは問いかけながら、素早く左の薬指からファミリー・リングを外す。

 

「……俺の妹は、カイドウ家の医療に殺された」

「神を守る為の戦いだ。還る場所はもとより一つ」


 銃がユイに向けて発砲される。

 Mathewが動いた。

 軌道を読み、ユイに当たる前に、金属の指先が弾を弾いた。

 何が起きたのか、ユイは理解できなかった。


 ただタイミングとしては今だ! そう思ったユイは、

 戦闘員たちの中央にファミリー・リングを投げつけた。


「OPEN」


 ユイの声に反応した指輪。

 勢いよく黄色の煙幕が流れ、消えた。


「なんだ……?」

「うぅ、ち、力が……!」


 その隙にMathewが何かを空に向かって投げる。信号弾だ。

 それを見て走ってくるミオンとセキジが見えた。


「ユイ様! お待たせ致しました!」


 セキジが視線でMathewを促す。

 Mathewは何も言わない。

 迷わずユイの手を取る。

 ラナンの背後にあるヘリに向かって走り出す。


「行かせるな!」 


 ミオンとセキジは背中を合わせ、ラナン含む戦闘員と対峙する。

 ラナンはユイたちを何故か追わない。

 追わないこと自体が、不気味だった。


 ただ無表情で赤い果実を宙に投げては片手で受け取るを繰り返す。

 直後、その果実を恐ろしい速さで空へ向かって飛び立つヘリに向かって、投げた。


 それは正確に言うと果実ではなかった。

 赤のインクが入った、果実の偽物だ。


 白いヘリの機体に、血のように赤い染みが付く。

 ヘリは薄暗い雲をした空を駆ける。


 爆音と爆炎の中、ヘリの窓越しにユイが見たのは、崩落した聖堂の天井だった。


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