EP10 中庭(2)
少女は噴水そばの芝生を指さす。
そよ風が芝生を撫でるように吹いている。噴水の吹き上がる水が光を受けて輝く。
「噴水の左側、太陽の光がよく当たる辺りで見つけたの。今もあるかどうかわからないけど」
「わかった、ありがとう」
トミオは杖を使ってベンチからゆっくりと立ち上がる。同時にこれまで感じたことのない重く鈍い痛みを感じる。
(なんだ・・・・・・? 急に体が痛み出したな)
トミオが一歩踏み出す度に身体に重くのしかかる圧。
突然のこの痛みに黙って耐えることを選ぶ。
今の状態を少しでも疑問に思えば、身体が崩れてしまいそうだ。
背後から突き刺さるような鋭い視線を感じる。少女だろうか?
今は振り返るべきではないと確信めいた予感がある。それにこの体の重さ。そんな余裕もない。
トミオは噴水そばの芝生までたどり着く。体に陽光が降り注ぐと、体の圧が少しだけ和らぐ。
少し寂しそうな表情で、少女はまっすぐにトミオを見つめていた。
トミオの視力では、三つ葉も四葉もそう変わらない。目を凝らし探せる範囲で四葉を探す。
「む……これか?」
少し先の場所で、花のような四葉のクローバーを見つけた気がした。
しかしその目標をすぐに見失う。
目の前にある。間違いない。しかし、届かない。求めても掴み取れない。
あの日、リエはユイを連れて推しのコンサートに出かけた。
どうして忘れられるだろうか、あの22XX年3月15日を。
この日リエとユイは朝から推しの話題で盛り上がっていた。
苦労してチケットを取り、推しと会える瞬間を心待ちにしていたふたり。
どうしても”行くな”とは言えなかった。
本当はそんな男性アイドルなどに夢中になって欲しくはなかったのに。
(俺は、どうしてこんなに必死になっているんだ・・・・・・?)
思考が混じる。
しかし、トミオは首を振って四葉のクローバーを探すと、あった。まちがいない。右斜めの方角だ。
が、思ったより遠い……。
体を包む陽光が遠のいていくと、先ほどの鋭い視線が背中にまた突き刺さる。
同時に圧力も増大し、トミオの体を押しつぶしにかかる。
(手にすれば、見つかるだろうか。……答えが。)
トミオは右手の震えを強く押し殺し、伸ばす。
あと少しで届きそうな距離なのに、トミオの手は四葉のクローバーには届かない。
それがトミオの中に眠る目を背け続けたものを思い出させる。
職場から急いで駆けつけても、もうすべてが遅かった。
ユイを庇って倒れたリエは白い布をかぶせられ、目を閉じて寝台に横たわっていた。
もうどうやっても戻せない現実と対面した瞬間の記憶。
カイドウ家の当主の話によると、リエは過激派組織が扱う”機械”の無差別攻撃に巻き込まれた。
リエは、トミオが信じて愛し続けた”機械”によって殺されたのだ。
おそらくその”機械”のなかにはトミオが修理したモノもあっただろう。
トミオの無意識は、この記憶を心の奥底に閉じ込めた。
(だが、四つ葉のクローバーを掴んでも、戻ってくるわけではない)
体の角度を調節しながら必死に手を伸ばす。
いよいよ体に激痛が走る。トミオはそれでも手を伸ばし続け、四葉のクローバーの茎に触れる。
「トミオ・ケイ・イサキさん。いまのあなたにはリエもユイも守れない。よってカイドウ家が保護する」
「葬儀の出席も控えて欲しい。埋葬場所も今は教えられない。それが君のためなんだ、受け入れてくれ」
カイドウ家の当主夫妻の言葉に、トミオはただ従うしかなかった。
この時のトミオは自身でさえ心の置き所を見失っていたから。
やがてサツキが来たことでトミオの精神状態は安定したものの、ユイと暮らす許可が下りるまで数年かかった。
(ユイと暮らせるようになったのは、サツキのおかげだ)
トミオは足を庇い、体に極力負担を掛けないように角度を調節して手を伸ばす。
震える右手は四葉のクローバーの場所を少し外し、目標を見失って何度か宙を彷徨う。
(別に四葉のクローバーに拘る必要はない)
身体を締め付ける強い痛み。
若い頃のトミオであれば、一度やろうと決めたことをそう簡単に諦めようとは思わなかっただろう。
しかし今は無理が出来ない。
(もう諦めたっていいはずだ)
それなのに、手を伸ばすことだけはやめられそうもない。
届かないと分かっているのに、まだトミオの心は希望を捨てられないのだ。




