-> "story": return "episode 2: Whole New World" (1/4)
俺はミアの背を追いながら、散生する木々の間を我武者羅に走った。背後からは、ミストウルフの荒い息と吠え声の混じった、地面を蹴散らす音が容赦なく迫ってくる。
一瞬、笑い声が聞こえた気がして振り向くと、ミストウルフだけではなく、全身緑色のゴブリンみたいな生き物まで加わっていた。ナイフを持ってるやつと、ミストウルフの背にまたがって槍を持ってるやつが!
槍の先端に刺さってるのは——、人間の頭蓋骨だ!
「ゴブリン! ゴブリンがいるぞ!」
「わ、ほんと! ユウトさんもっと早く!」
……あいつら、俺たちを追い回して疲れるのを待っているんだ!
地面は平坦で走りやすいが、このままじゃいつか——、
「はぁ、はぁ、脇腹が、いてぇっ……」
「……まさか、攻撃魔法を?」
「運動不足ですぅ……!」
ミアが一瞬、顔汗の顔文字を浮かべた直後、ズザザっとブレーキをかけて立ち止まった。
俺もつっかえながらなんとか止まる。
——崖だ! そしてこの川の轟音……、下は目も眩む高さの先に激流が……。
飛び込んだら、一か八かになる。
崖の向こうまでは目見当で十メートル程度、ジャンプしても絶対届かないだろう。
「ミア、魔法でなんとかできないか?」
頼ってばかりで情けないが、俺が考えてどうにかできる状況じゃない。
「えぇと、えぇと……っ!」
頭を抱えて焦るミア。
AIでもすぐに答えが出せるわけじゃないんだ。
いや、指示無しで自発的に考えるのは苦手なのか?
「……崖の向こう側へ渡る方法を!」
「それなら……っ! ファンクション クリエイト チェーン リンク!」
ミアの指先に現れたのは、赤く発光する半透明の鎖の一コマだった。
「それ一つじゃどうにも」
「ここからです! ……ワイル チェインチップ ドット ディスタンス トゥ ターゲット レス サーティーン ファンクション クリエイト チェーンリンク|!!」
ジャララララララララ——
一コマだけだった鎖から、新たなコマが連結しながらすごい勢いで生成されていく!
あっという間に、ミアの足元に赤い鎖のとぐろができあがった。なるほど、ホワイル構文で増やしたんだ!
「ナイスミア! それをアローに繋げて、向こう側の太い木に巻きつけるんだ、できるか?」
「やってみます! ……ファンクション アロー!」
ミアが右手に鎖をつかみ、狙いを定めながら魔法を唱えると、アローと共に赤い光の鎖が伸びていった。そして、ちょうど良い太さの大木にぐるぐると巻きついた。
ミアが左手で右腕を掴んでいたところをみると、魔力の流れを調整して軌道を変えたのだろう。
二人で鎖を思い切り引っ張る。きちんと固定されている。矢の返しの部分がうまくひっかかってくれたようだ。
魔獣どもの声が近い。心の準備をしている時間はないだろう。
——ミアは、俺が守るんだ!
俺は崖の際に立ち、鎖を手首と腹に巻きつけた。そして、後ろにいるミアに言った。
「ミア、俺にしっかりつかまって! 飛び降りるよ!」
「はい!」
ミアが背後から俺の体の前に腕を回し——、
ガシっ
むにっ
しっかりとホールドしたのを確認!
俺は全神経を背中に集中させながら——、意を決して飛び降りた。
「うぉおおおぉおおおお——っ!」
「きゃぁぁあぁああ——ッ!」
グンッ——と、経験のない暴力的な衝撃が走り、手首と腹に鎖が食い込む。
容赦のない二人分の体重! 体がぶちんっとちぎれたかと思うほどの激痛が全身を貫いた!
「ッッッんぎぎぎぎッッッ!!」
「大丈夫ですか?」
「だ、だぁいじょうぅぶだぁ!」
あれこれ計画する余裕なんてなかった。とにかく魔獣どもから逃げられたこと、ミアが落ちなかったことに安堵した。
ぶら下がったまま周囲を見渡した。まさに激流あるあるの岩壁、つかまれそうな凹凸はいくらでもあるが、体を預けて休めそうなところは皆無だ。流れの勢いが崖をえぐって、岸もない。
「このまま少しずつ登ろう。ミアは、鎖の方に移動できそうか?」
「はい。やってみます……」
ミアの体が俺に密着しながら、まるで這うように——、ずりずりと少しずつ下がってく。
時々あたる二つの膨らみが——、俺の心と体の内側に、豊かな力が湧いてくる。
全神経がミアの体のかたちを覚えかけた頃、鎖が点滅しているのに気がついた。
嫌な予感がする。これって、
「ミア、鎖が」
「あっ」
ミアも気づいたが、すべて遅かった。
———— バシャーン!!!
無我夢中で手足を動かして水面に顔を出す。川底が深くて助かった。
「ミア! どこだ!?」
「ここでーす!」
先に落ちたミアは、少し先に流されていた。
俺は流れを利用しながらミアの元まで泳いだ。
「ごめんなさい、私まだ、自分の力のこと、全部はわからなくて……」
「いいんだ、気にすんな!」
俺は泣きそうなミアの体を抱きしめた。
そのまましばらく流された。
そのうち流れが緩やかになり、岸が見えてきた。
* * *
岸に上がった俺たちは、すぐに膝から崩れてしまった。俺は四つん這い、ミアなんてナメクジみたいなうつ伏せになって、
「はぁ、はぁ……、なんとか、助かったあ」
「疲れましたぁ」
「このままじゃ、身が持たん。はぁ、休んだら、川沿いに岸を歩いて、人のいるところを目指そう……」
「賛成です……、あと服も乾かさないと、風邪をひいてしまいます」
ミアはそう言いながら起き上がると、ぺたんこ座りのままワンピースのスカートの裾を持ち、ぬぎっと裏返して、
「ストーップ!」
まだ火を起こしていないし、その方法だって、
「どうされました?」
「ぱぱぱぱおぱおぱなんで脱ぐの?」
俺は両手で顔を覆いながら言った。白のパンティなんて見てないし、二つのノーブラなんて見ていない。
「脱いで服を絞るんです。少しでも水気を除去しないと」
首を傾げたような声だった。
「全くあなたの言う通りでした! そうするべきです! 俺、向こう向いてるから!」
どうやらこの子は、羞恥心が欠けているようである。
どうしたもんかと考えつつ、ミアに背を向けて、俺も上着の半袖シャツを脱いで雑巾みたいに絞った。あちこち汚れてて、もうぐちゃぐちゃだ。ズボンは制服の素材的にすぐ乾きそうなのでこのままとした。
その後、俺たちは川沿いに岸を歩いた。
川の先には人里がある、そのセオリーを信じることにした。
岸は川と森を挟んで、どこまでも続いているようだった。
森の中は魔獣がいるので近づかないようにした。
音波っぽい鳴き声が空から聞こえて見上げると、図鑑や映画で観たプテラノドンみたいな形の鳥が、ゆったりと飛んでいた。恐竜かよ。あんなのに襲われたらひとたまりもない。
「……ミア、疲れてないか」
俺はもうヘトヘトだ。
ここまで会話もほとんどない。本当はミアの能力のことをいろいろ調べて試したいが、今はするべきじゃないだろう。
「はい……、トゥルーです……」
かなり辛そうだ。もしかしたら魔法を使ってる分、俺より疲れているのかもしれない。
「杖がわりになる木の棒を探そう。歩くのが楽になる」
ミアはこくんと頷いた。
辺りを探索していると、風に舞う一枚の紙切れがひらりと俺の足に絡みついた。手に取って広げると……、異世界文字で書かれたチラシのようなものだった。端が少し破れていて、あちこち土汚れが目立つけど、内容はわかる状態だ。
一番上には見出しの部分、その下には城と街と川、とんがった崖の手書きイラスト。右側には何かの解説文章に……、一番下の目立つ文字は、アラビア数字に似ている。賞金の額っぽく見えるが。
「ミアー! これ翻訳できるか?」
俺は慌てる気持ちを抑えつつ、ミアの元に駆け寄った。
「……これは……、中世ラテン語に似ていますね。日本語にすると……」
やった! ミアが読める!
心臓の高鳴りが強くなる。
「…………エルダーヴェール王国……、王都、専属冒険者募集……、採用試験あり、詳しくは門兵まで……」
疲れが吹っ飛んでいく!
飛び上がって叫びたい!
これだよ、俺がずっと夢みてた世界だ!
「最低報酬一万……エドルン、かな?……。最後のは通貨の単位です。実際のラテン語とは違うところもあり、全部は訳せませんでしたが、大体は今言った通りのはずです」
「さすがミア!」
俺はミアをガシッと抱きしめた。
心臓から湧き上がる多動感を抑え込めなかった。
「ふふっ、お安い御用です。 あとユウトさん、もう一つ朗報が」
「なに?」
俺はミアを解放して、彼女の指先を目で追った。
「このイラストの崖の形……、もしかして、あれのことではないですか?」
ミアの指先は俺たちが歩いてきた方を指していた。見上げると、たしかにイラストそっくりのとんがった崖があった。
* * *
——陽が傾きだした頃。
樹木の途切れたところから、俺たちは川岸を離れて草原に入った。
少し歩き進むと、チラシのイラストの通りの砂利道があった。
その道の先を見ると、なだらかな草原の向こうに、万里の長城のように果てしなく続く防御壁が立っていた。
俺たちはついに、王都に辿り着いたのだ。




