-> "story": return "episode 1: System Awake" (4/4)
「空欄て。無しってか」
「そのようですね……、ヌルです。引数を私からユウトさんに変えただけですので、処理に間違いはないはずです」
ヌル、なにもない。
0がトイレットペーパーの芯だけがある状態とするなら、ヌルはその芯すらない。何かが使えないのではなく、そもそも何も入っていない。空っぽなのだ。
いくらミアにチート能力があっても、俺がこのまま動けないままってわけにもいかないだろう。
「魔法で俺の足を動かせるようにできないか?」
「……やってみます……」
またミアが胸の前でハートをつくった。コードの糸がさっきよりも多い。複雑な処理を書いていそうだ。
俺はその間に……、表示されたままのステータスを並べて、見比べることにした。
まずミアのほうだ。
— Status MIA —
| レベル | 1
| 攻撃力 | 9
| 防御力 | 8
| 体力 | 10
| 魔力 | 256
| 敏捷性 | 15
| 知力 | FFF
| 運 | 10
| 経験値 | 0
魔力の256は最大値か?
知力のFは恐らく16進数のF……、たぶん、計測不能的な意味だろう。
で、俺のほうは……と、
— Status YUTO —
| レベル | 1
| 攻撃力 | 10
| 防御力 | 9
| 体力 | 12
| 魔力 | 0
| 敏捷性 | 13
| 知力 | 19
| 運 | 9
| 経験値 | 0
全体的にレベル1の値って感じだ。知力だけやや高めなのは、プログラム知識のおかげかな……。
んん? なんで敏捷性にも値がついてるんだ?
「……ユウトさん、ごめんなさい。私の力でも実現できそうにありません。使えそうなライブラリも見つかりません……」
「あぁ、わかったよ。それよりこれ……、おかしくないか?」
俺は敏捷性を指差した。
ミアも意味を理解したようだ。
足を動かせない俺は、普通に考えて0のはずなのだ。
「……可能性として。ユウトさん、もしかしていま歩けるんじゃないんですか?」
「ははは、そーんなまさか」
よっこらせ——
「ユ! ユウトさんが立ったー!」
「お、おおおぉ……、立てた!」
「立った!」
「立てた!」
歩ける!
ジャンプできる!
走れる!
心臓苦しくない!
「はは、ミア……、俺、立てるぞ」
振り返るのと同時に、涙目のミアに思い切り抱きつかれた。
そのまま後ろに一緒に倒れて、二人でずっと笑った。
* * *
—— 慢性両心緩徐不全症 クラスIII。
かなりやばい心臓の病気だ。
歩くだけでも心臓が疲れて、意識が落ちてしまう。そんな感じ。
治療法は不明。
発症したのは、小学二年生の体育の時間だった。いきなり耳鳴りがして、視界がバチバチと光ってから、意識がブラックアウトした。その日から、松葉杖生活が始まった。
中学二年生の夏休みに、家族と外出中にまたブラックアウトした。その日から、車椅子生活が始まった。
階段やトイレ、バスルームが俺のために改装された。
高二になった頃には、立ち上がるだけでもしんどくなってきた。
このまま悪化したら、二十歳になる前に寝たきりになる可能性もあると聞いていた。
……でも、もう、気にしなくてもいいんだ!
俺たちは仰向けのまま、空を見つめた。
青一色の世界を、わたあめみたいなでっかい雲がゆっくりと通過していく。
よくみるとまだ明るいのに、空の奥に光のかけらが無数に見える。
つまりこの世界にも朝や夜があって……、宇宙もあるんだ。
「……ミア、この世界で一緒に生きていこう」
ミアが俺の方にころんと向きを変えた。
「はい、トゥルーです。私も同じ気持ちです」
美しい声が空まで昇ったように思えた。
左手の甲にミアの指先が触れて。
俺は彼女の小さな手をつかまえて、握った。
ただ添えるように、包むように、
障害者の自分は……、
一生、女の子の手を握ることなんてないと思っていた。
ミアの吐息に気づいて、顔がすぐ側にあることに気づいた。
潤んだ瞳に、頬の赤み。唇の奥には白い歯と舌が。
彼女がコツんと、おでこをくっつけてきた。
すげぇいい匂いと、ぬくとさが——、
心臓が破裂しそうだ。
これが、生きてる実感——、
このまま——、いいよな?
* * *
—— WHO神経科学研究センター
カフェラウンジ ——
悠翔の無事な姿を確認し終えたあと、三人はカフェラウンジへと案内された。堅苦しい応接室やミーティングルームよりも話しやすいという、渚の提案だった。
ガラス張りの店内にウェスタン風のテーブル。
緑の観葉植物に、天井にはシーリングファンが静かに回っている。
離れた席には、食事をしたり、コーヒーを片手に打ち合わせをする研究員たち。
大人になったらこんなカフェのある会社で働きたい。いや、絶対にそうすると、遥花は将来設計を胸に刻んだ。
女性定員がドリンクを持ってきた。三人は渚に合わせてアイスコーヒー、自分だけオレンジジュースだ。
「ご子息は、アウェイクの世界では歩いたり走れるようになっています。ですので、ファンタジーの世界にある町や村で暮らしたり、モンスターを倒したりすることが可能です。今ごろはサポートAIと協力して、生きるための行動を始めていると思います」
「あの、ご子息っていうの慣れなくて。ユウトと呼んでください」
母が言った。自分も気になっていた。
「……わかりました。では今後は、ユウトさんとお呼びします。他のスタッフにも共有しますね」
「お願いします」
父も同意した。続けて口を開いた。
「その、ファンタジーの世界ということですが、悠翔が目を覚ます条件に変わりはないのですか?」
「はい、変わりありません。脳の活力を一定のレベルまで引き上げることが第一段階で、その後は、ユウトさんが《《心の底から目覚めたいと思うこと》》が条件です」
「お兄ちゃんは、アウェイクの中で生きていることも知らないんですよね」
「現在のシナリオに、告知の予定はありません。これは人間の原初的な、本能的な生存本能の働きを阻害しないためです。これまでのテストから、被験者が《《自分は安全な世界にいる》》と認知すると、活力が弱まってしまうことがわかっています」
理実は資料の内容を頭の中で振り返った。活力が弱いうちに覚醒すると、外界の刺激に脳が対応しきれないうちに、脳の活動レベルが安定、そのまま適応してしまうことが実験の中で判明していた。無理やり起こすべきではないし、告知もしないほうがいい。
それはきっと、最終手段だ。
「あの、聞いていいですか。お兄ちゃんはモンスターに襲われることもあるんですか?」
「はい。これまでのテストでも、同様の世界を体験した被験者からの証言で、モンスターとの遭遇や、バトルイベントの発生を確認しています。ただ、カジュアルモードで運用していますので、大きな危険はありません」
「カジュアルモード?」と母が聞いた。父もきっとわからないだろう。自分は兄のゲームで見たことがあるので理解できた。
「被験者が体験することをイベントと呼んでいますが、イベントは被験者の身体的パフォーマンスや、感情をモニタリングしたフィードバックに応じて、調整されるようになっています。モンスターに遭遇したとしても、子犬程度のかわいい相手です。もし噛まれても、ほとんど痛みはありませんよ」
* * *
ミアがばっと起き上がった。一瞬で目の色が赤くなった。
あと1mmくらいだったのに……。
「どうした?」
「来ます!」
鋭いミアの視線の先、さっき俺たちがいた大木のあたりに黒い煙が、ミストウルフが出てきたやつだ。
それが、二、三……、いや、十……。
おいおい、
う そ だ ろ……、
ミストウルフの群れだ!
「逃げましょう! ユウトさん立って!」
俺はミアの手を借りて起き上がり、その手を握りながら、数年ぶりの全力疾走をした。
「うぁおおおぉぉおおぉおっ!!!」
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