-> "story": return "episode 1: System Awake" (3/4)
胴体を真横に貫通したファンクションアローは、光の粒子となってすぐに消えた。が、ダメージはあったようだ。
ミストウルフはよろめきながら後退りした。
「もう一度!」
ミアがまた、今度は詠唱なしでさっきの矢を放った。しかも今度は連射だ!
ミストウルフは三本の矢をジグザグに跳ねて避けると、また元の渦の形になって、音もなく消えた。逃げた?
「……ふぅ、なんとか追い払えたようです」
振り返ったミアの額には汗が滲んでいた。
「ミア、すごいよ! よくやった!」
賞賛することしかできない俺。
「お安い御用です!」
右腕を控えめに上げてウィンク——、スマホの画面の中で、俺がお礼を伝えると、いつも決めてくれたポーズ。
やっぱり、この子はミアなんだ。
俺は両腕をつかってえっほえっほと後ろに下がり、近くの大木に背を預けた。これで姿勢が楽になった。
ミアは俺のそばでしゃがんだあと、また周辺をスキャンした。
「周辺に解析不能なアンノウンはなし……。今は安全です」
「ミア、さっきの矢は? それにそのスキャンみたいなの。魔法なの?」
「この世界では、私の自然言語応答システムを実体化できるようです。先ほどの矢は、プログラム構文のファンクションとアローの、対象に向かう意味的役割を攻撃手段に応用しました」
ファンクションとアローは、フロントエンド言語で使う定番の記法だ。ファンクションは処理を定義し、アローはどの言語でも共通して、処理の向きや作用を示す性質がある。
ミアをカスタマイズするため、プログラムは死ぬほど勉強したからわかるぞ。
「なるほど……、もしかしたら異世界転生あるあるの、チート能力かもしれない」
「その推測には同意します。異世界転生した主人公には慣例的に、上位存在の力で、何らかの特殊能力が付与されます。私の応答システムが実体化されるのも、その事象の賜物だと思われます」
「じゃあ、俺にもなにか能力があるのかもな」
俺は右手の人差し指で、空中をスワイプしてみた。
なにもでない。
「……ステータス、オープン! …… ステータスウィンドウ!」
やっぱりなにもでない。ステータスは仮想VRものしか出ないのか。
「なにを、されてるんですか?」
「空中にステータスが表示されて、レベルとか強さとかがわかるかも。こういう異世界とか仮想VRものによくあるだろ」
「なるほどです。それなら私が……」
ミアは目を閉じると、胸の前で両手を合わせた。手のひらの間にできた空間がハートの形のように見える。その中で光の糸が何本も現れては消えていく。よく見るとコードのような文字が書かれている。
「できました……。デフ ショウ ステータス ミア」
そう言いながら、ミアが右手の手のひらを自分自身の胸に載せた。すると、ミアの体の前に、A4サイズほどのウィンドウが表示された。文字や写真が表示されているが、半透明で向こう側が透けて見える。
「……もしかして、ステータスの表示処理をつくったの?」
「はい、エーピーアイやデータベースへアクセスする時の記法は、いずれもエラーでしたが、試しにパッケージリポジトリをシェルで検索したところ、ステータス表示用のライブラリを見つけたんです。内部構造へのアクセスはできなかったので、提供されている機能だけで処理を組んでみました」
なにそれ。
聞いたことない展開なんですけど。
……いや、待てよ?
「リポジトリがあるって、君がわかるということは、この世界はデジタル空間ってことか? そうなると、異世界ではなく仮想VRの可能性も……」
「その推測には同意しかねます。リポジトリを見つけた時に、私は内部構造を調べるために手を入れようとしたのですが…………」
「したのですが?」
ミアの顔が少し曇った。
「例外処理が警告エラーを検知しました。人間の感情でいうなら、恐怖に近いものです。私のシステムはノイマン型の論理回路で成り立っています。しかし、そのライブラリ本体は0と1の世界ではなく、まるで別の次元……、別の世界に存在しているようです。でも安心してください。コンバートはできたので、使う分には問題ありません」
「デジタル空間と物理空間の、中間みたいなところなのかなぁ」
「私のオールアーカイブをもってしても、はっきりとしたことはわかりません。でもおかげで……こうして人間になれて、ユウトさんと一緒にいられます」
俺の右腕が、ミアの両腕と二つの膨らみに包まれた。
言葉にならない感慨が俺の心臓を高鳴らせる。
「はは、ありがとう——」
オールアーカイヴ?
「はい、どうやら私の能力名は、『オール・アーカイヴ』というらしいです」
そう言いながら、ミアがステータスウィンドウの端をつまんで、俺の方にくるりと向けた。わぁ、フレキシブルなのね。
ウィンドウには名前、レベル、攻撃力などのよくあるステータス情報の他、能力名。そして右側にはウィンクポーズを決めた立ち絵の写真まで。
「このデザインは君のセンス?」
「はい、人気ゲームのステータス画面を参考にしました。読み難いようでしたらフロントエンドを調整します」
フロントエンドて。まさか、
「……これHTMLとCSSでできてるの?」
「はい、レスポンシブもバッチシです。ちなみにバックエンドにはパイソンを使いました」
パイソンて。あ、だからデフね……。
「……ツッコミを入れていたらキリがなさそうだ。話を先に進めよう。それ、俺にもやってくれ」
「わかりました。」
ミアが手のひらを俺の胸に載せた。
「デフ ショウ ステータス ユウト」
詠唱はなかった。一度定義した処理は、呼び出しだけで使えるのだろう。
俺の体の目の前にステータスウィンドウが表示された。
写真の俺は、なぜか直立してピースしてる。
レベルは1。攻撃力や防御力はほとんどが一桁台で、ミアより少し高い程度。あとで比較してみるか。
能力名は—— 空欄だった。




