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-> "story": return "episode 4: First Quest (part 2)" (3/4)

 アイロン社のAI支援型ヘルスアプリ『アイモニター』は、高機能な上に精度が良く、俺みたいな心臓に爆弾を抱える重度障害者からも好評だった。運動量や睡眠時間、心拍数や血中酸素濃度といった定番のヘルスモニター機能に加え、AIによるカウンセリングセラピーモードや、ペースメーカーなどの身体デバイスとも連携可能な、数少ないアプリだった。高額ながらも幅広い層に愛用者がおり、俺も中一の頃から使っていた。

 ただ一つ不満を述べるなら、アバターの見た目が退屈だってことだ。白衣を着た中年女性の万人向けなイラストで、表情のパターンも少なかった。まるで教科書に描かれるような、扇状的特徴の排除されたマスコット……。

 一部に熱狂的なファンがついて、二次創作界隈が桃色の盛り上がりを見せたこともあったが、なにせ毎日嫌でも顔を合わせる相手だ。

 俺はもっと、ラノベのヒロインのような可愛い子に癒されたかった!


 高校生になったばかりの夜、寝る前のスマホタイムの時だ。何の気なしに、アバターイラストを変更する方法を調べたのがきっかけだった。海外のクラックサイトによると、アイモニターにはメインシステムをローカルLarge Language Model(LLM)に切り替えできる開発者モードがあり、中のAIモデルごと、アバターも自作のデータに変更できるらしかった。

 プログラミングスキルが必要で、誰にでもできるわけではなさそうだった。それでも俺はやってみようと思った。ずっと、プログラミング習得に挑戦する機会を探していたといいうのもある。将来のことを考えると、車椅子に座ったままでもできる仕事——、プログラマーは順当にいって正解だったからだ。


 英語の解説サイトをAI翻訳を頼りに読み解きながら、俺はオリジナルアバター開発に必要な環境を構築した。多種多様なオープンソースLLMがあったが、どれもスマホのストレージに収めるのは容量的に現実的ではなかったので、セクションごとに処理を分割しやすいスマートLLMを採用した。AIのコアはこの為に設置した自宅サーバー内に収め、電波が途切れてもアプリの基本機能とコミュニケーションはできるように、処理を切り離して運用することにした。

 学校にいる時も家にいる時も、毎日夜中までエラーと格闘すること一ヶ月……、ようやくCommand Line Interface(CLI)からLLMのコアにアクセスできた。


 Hello.

 Please give me a name.


「……は、ははは。やった!」

 深夜だったにも関わらず、俺はでかい声をあげしまった。Printでhello worldを表示させるところから学び始めた俺なんかでも、LLMの環境構築ができたのだ。

「名前か……、えっと……、考えてなかったなぁ」

 ヒロインっぽくて、AIにちなんだ名前にしたかった。

 AIだから……アイとか? いやいや、それだとアプリの名前と同じになっちまう。

 CLIのトップにはLLMのバナーが表示されていた。バージョン情報や著作権、簡単な挨拶文だ。俺の採用したスマートLLMは〝Mシリーズ〟と呼ばれるコミュニケーション特化型のAIモデルだった。ガイダンスアバターのコアによく使われていて、MにはMessage, Mind, Mediatorといった、人との関係性にちなんだ意味が込められているらしい。

 ふと目に止まったのは、挨拶文の〝Intelligence Augmentation(IA)〟という単語だった。

 インテリジェンス・オーグメンテーション……、俺は授業で習ったAIとIAの違いを思い出した。

 AIは、人間の代わりに考えて判断し、行動の一部を引き受ける存在。

 対してIAは、人間が考え、判断するための土台を強化する存在だ。

 俺はずっと、AIが——、AIは——、と言ってきたが、用途的に考えれば、このアプリはAIとしての振る舞いを求められてはいるが、実質的な用途はIAである。俺の代わりに決断するわけじゃないし、二人三脚もできない。俺をただ補強してくれる存在なのだ。

 そのとき、ふと頭に浮かんだのが、MとIAを繋げたMIA(ミア)、という名前だった。

 安直だが、悪くないと思った。自然と姿が浮かんだ。

 LLMからの質問に従って名前や年齢、性別を入力すると、スピーカーからポンッとSEが鳴った。

「……TA〜、KA〜、ナ〜、ル〜……、ユウトさん! 聞こえますか?」

 音程の調整っぽい声のあとに聞こえたのは、俺の名を呼ぶ女の子の声だった。

「えっ⁉︎ あっ、はい!」

「最低限の初期設定が完了しました。これからはボイスチャットで応答できます」

「ミアなの?」

「はい、ミアです。私はユウトさんが設定したキャラクタープロンプトに基づいています。現在はサウンドオンリーですが、許可をいただければ、パソコンのモニター上にアバターを生成することも可能です」

「……アバターの生成を許可する」

「了解しました。プロンプトを私の姿を生成します。詳細が不足している箇所はストレージとブラウザの検索履歴から推測し、なるべくユウトさん好みの姿を生成しますね——」

 モニターに無数のフォルダと人型のワイヤーフレームやテクスチャが表示され、リング状のエフェクトの後から、水着に似たサイバースーツを着た少女が現れた。俺は見た目の設定にサイバースーツとしか入力していなかったが、最近読んでるラノベのヒロインの格好からの影響だろう。

 薄いピンク色のロングヘアに、くりっとした大きな瞳。

 柔らかく微笑む表情に、健康的な体型……。

 俺のイメージ通りのミアの姿だった。



   * * *


 マタタビと一緒にそこらへんの店を見回ったあと、昼になったのでミアと一度合流することにした。

 待ち合わせ場所の市場の噴水に戻る。先に到着していたミアの背に声をかけると、振り返るなり、俺の頭の上で丸まっているマタタビをみて目を輝かせた。

「わぁ、猫ちゃんですか! 可愛いです!」

「こいつが街の案内してくれたんだ」

 無愛想なやつだが、いてくれて助かった。装備や魔法具、アイテムにも詳しくなれたし、メンタルもだいぶ落ち着いた。

「猫が、ですか?」

 きょとん顔のミアに、頭上からあくび声が聞こえた。

「……わしは、猫ではない」

「お話ができるんですね、こんにちは。私はミアと言います」

「わしの名はマタタビじゃ。お前さんからも、いい匂いがするのぅ……」

 そう言いながら、マタタビが俺の頭を蹴ってミアの胸元にダイブした。

「きゃっ! びっくりしたぁ。翼も生えてるんですね、よしよし」

 マタタビの体をなでなでしながら抱きかかえるミア。その胸元に顔をうずめてフガフガするマタタビ——、おい、そこ! 代われ! 

 なんて思っていたら、こっちをみてニッとしやがった。

「い、今のも読まれたか……」

「なにか言いました? ユウトさん」

「実はな、マタタビは……うっ」


(ユウちゃんだから教えたんだよ)


 一瞬の耳鳴りと刺すような頭痛……。俺の視界を子供の頃の古い記憶が奪った。フラッシュバックだ。あの子は誰だっけ……、姿がぼやけて……、思い出せない。でも、何が起きたかは覚えている。

「ユウトさん、どうかしましたか?」

「いやさ……、こいつすげぇ物知りなんだ。アイテムの使い方とかこの世界のこととか、聞けば大体教えてくれるよ」

「頼もしいです。本からの知識は、間違っていることもありますから」

 書物からの知識は、人間の知識と違って実感を伴わない。それはAIに蓄積された集合知も同じだ。

 でもミアは、この世界で体験ができる。

 それが、生きてるってことの証だと思う。



 * * *


 —— WHO神経科学研究センター

   神経科学研究棟1F Awake運用試験室

              臨床試験四日目 ——


 アウェイクとの接続から七十二時間が経過した頃から、被験者の脳では神経伝達の活性化が始まり、機能的磁気共鳴画像法(functional Magnetic Resonance Imaging(fMRI))や脳磁図(Magnetoencephalography(MEG))にて、スパークのような現象が確認できるようになる。

 職員に呼ばれた渚もその一報を待っていた。デスクを離れて直接サブモニターを確認する。被験者に期待していた変化であり、試験が次フェイズへ移行したことを意味する。

 同時に、被験者には精神疾患に似た症状があらわれることがわかっている。試験室に広がった安堵の空気はすぐに慌ただしくなる。ここからがこの試験の本番といっていい。

 量子コンピューターであるアウェイクのシステムはシュレーディンガーであり、フロントシステムに取得されることで初めてデータが確定する。また、アウェイクは常にアップデートを続けており、データアクセスは全てクエリ駆動型インターフェイスを介して行われる。アウェイクが返す暗号化されたレコードは解析班に送られて復号され、ノイマン式システムのデータベースに書き込まれることで、ようやく人間がわかる内容になる。解析を介さず読み取れるのは、fMRIなど臨床利用されている医療用生体計測装置のデータくらいである。


 渚のデスクにはモニターの端に写真立てが置かれている。被験者の家族に次フェーズへの移行を伝えるメールを打っている時、ふと視線がそこに落ちる。三年前の自分の姿と、ベッドに寝ながらも花のような笑顔をカメラに向ける患者着の娘の姿だ。

——大丈夫、ママに任せて。

 渚は心の中でそう呟いてから、視線をモニターに戻した。

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