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-> "story": return "prologue: The Beginning" (2/2)

 手術中の赤い表示灯なんて、じっと見ていても仕方ないのに、どうしても気になってしまう。涙は枯れたが、まだ心の震えは止まらない。悠翔の妹、遥花はるかは少しだけ開けていたドアを閉めて、室内に向き直った。


 —— 東京都国際中央医療センター

    家族待機室 ——


 テレビで放映していた『APPOLO13』が終わっていた。宇宙飛行士たちは、どうやら全員助かったらしい。

 隣に座る母は、少し前からスマホでニュースをチェックするようになった。落ち着いてきたんだろう。


 壁の時計が二十三時を回っていた。消灯時間はとっくに過ぎているが、家族はこの待機室にいてもいいようだ。二時間ほど前までは別の家族もいたが、今はもう自分たちだけである。


 ドアの開く音がして、遥花と母、理実まさみは見やった。入ってきたのは、ようやく病院に到着した父、理人まさとだった。

 息子がダンプカーに車椅子ごと撥ねられたと聞いて、大学の出張先からここまで、新幹線もつかって三時間を要した。


 息を切らしながら室内を見回す目が、すぐに自分たちを見つけた。

「お父さん!」

 遥花は立ち上がって父に駆け寄った。数ヶ月ぶりに触れた父の手は、暖かかった。

「遅くなったな。悠翔は?」

 立ち上がって母が答えた。「まだ手術中。もう五時間……」

「そうか……」

 久しぶりにみる父の険しい表情が懐かしい。

 遥花はやっと、家族が揃った気になれた。


 しばらくして、ドアの開く音がした。女性看護師だった。室内に入ると、手を前に添えてから言った。

「手術は、成功しました」

 和やかな声が、疲れ切った自分たちの心を包み込む。またくしゃくしゃになってしまった顔は、母の肩に押しつけて隠すしかなかった。父と母は聞いたことのない震え声を喉の奥から出していた。

「お疲れのことと思いますが、今後のお話があります。別室までご移動をお願いします」


 これが、一ヶ月前のことだった。


   * * *  



 —— 東京都国際中央医療センター

    地下応接室 ——


「ご子息ハ、植物状態、正式にハ、遷延性せんえんせい意識障害と、呼ばれる状態になっていまス」


 白衣をまとう外国人男性の医師が、若干のカタコト口調で三人にそう告げた。悠翔のことで大切なお話がある、そう連絡を受けたのが今朝のことだった。そして、案内された病院の地下応接室での開口一番がそれだった。

 家族は数日前にその可能性を担当医から聞いていた。驚きはない。ただ、希望も静かに消えさった。

 高い鼻に、白髪混じりの金髪。中年であることはわかるが、外国人に慣れてない自分には、どこか若く見えてしまう。遥花は右の女性医師の国籍も気になった。もしかしたら中国や韓国か、日本以外のアジア系かもしれない。銀縁に赤いフレームメガネが知的な印象を纏わせている。


 笑みをつくっていた女性医師が眉をひそめ、肘でスティーブを突いたのを三人は見逃さなかった。

「ア……、申し遅れました。わたくシ、WHO神経(Neuro)科学(science)研究(Research)センター(Center)の局長をしておりまス、スティーブと申しまス。よろしく、お願いたします」

「失礼をしました。私もWHO神経科学研究センターで、研究室長をしております、なぎさ 直見なおみと申します」


 渚が白衣の内側から取り出した銀色の小さなケースを開き、理人に名刺を差し出した。それを見てスティーブも思い出したかのように、胸ポケットから名刺ケースを取り出した。


 理人は二人からの名刺を両手で一枚ずつ受け取った。理実と遥花も名刺の表を左右から覗き込む。自己紹介通りの所属情報が記されている。


 視線を二人に戻した父が、絞り出すような声で言った。

「……悠翔はもう、目を覚まさないのですか?」

 渚が頷いてから答えた。

「その可能性はあります。そのことで、今日はご子息の今後の治療方針について、私共の機関から、ある研究協力のお話を聞いていただく為に、集まっていただきました」


 研究協力? 三人は頭の中で聞き返した。


 スティーブが床に手を伸ばし、持ち上げたジェラルミンケースを音を立てないようにテーブルに載せた。複雑な暗証番号の電子音が聞こえた後、蓋が自動的に持ち上がり、白いバインダーファイルが取り出された。厚さは3センチほどで、どこの文房具屋でも買えそうな、シンプルなものである。


 バインダーは全員分あり、渚が一人一人の前に並べた。


 遥花は表紙に印字されている英文を読み取ろうとした。比較的簡単な英語だったので、中学二年生の自分にも、理解することができた。


 — System Awake —


 システム、アウェイク……。頭の中でそう呟く。

 Awakeはたしか、「目覚め(覚醒)させる」という意味だ。


 胸の奥に、馴染みのない感覚が染み渡る。

 それはたぶん、希望だと思えた。

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