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手術中の赤い表示灯なんて、じっと見ていても仕方ないのに、どうしても気になってしまう。涙は枯れたが、まだ心の震えは止まらない。悠翔の妹、遥花は少しだけ開けていたドアを閉めて、室内に向き直った。
—— 東京都国際中央医療センター
家族待機室 ——
テレビで放映していた『APPOLO13』が終わっていた。宇宙飛行士たちは、どうやら全員助かったらしい。
隣に座る母は、少し前からスマホでニュースをチェックするようになった。落ち着いてきたんだろう。
壁の時計が二十三時を回っていた。消灯時間はとっくに過ぎているが、家族はこの待機室にいてもいいようだ。二時間ほど前までは別の家族もいたが、今はもう自分たちだけである。
ドアの開く音がして、遥花と母、理実は見やった。入ってきたのは、ようやく病院に到着した父、理人だった。
息子がダンプカーに車椅子ごと撥ねられたと聞いて、大学の出張先からここまで、新幹線もつかって三時間を要した。
息を切らしながら室内を見回す目が、すぐに自分たちを見つけた。
「お父さん!」
遥花は立ち上がって父に駆け寄った。数ヶ月ぶりに触れた父の手は、暖かかった。
「遅くなったな。悠翔は?」
立ち上がって母が答えた。「まだ手術中。もう五時間……」
「そうか……」
久しぶりにみる父の険しい表情が懐かしい。
遥花はやっと、家族が揃った気になれた。
しばらくして、ドアの開く音がした。女性看護師だった。室内に入ると、手を前に添えてから言った。
「手術は、成功しました」
和やかな声が、疲れ切った自分たちの心を包み込む。またくしゃくしゃになってしまった顔は、母の肩に押しつけて隠すしかなかった。父と母は聞いたことのない震え声を喉の奥から出していた。
「お疲れのことと思いますが、今後のお話があります。別室までご移動をお願いします」
これが、一ヶ月前のことだった。
* * *
—— 東京都国際中央医療センター
地下応接室 ——
「ご子息ハ、植物状態、正式にハ、遷延性意識障害と、呼ばれる状態になっていまス」
白衣をまとう外国人男性の医師が、若干のカタコト口調で三人にそう告げた。悠翔のことで大切なお話がある、そう連絡を受けたのが今朝のことだった。そして、案内された病院の地下応接室での開口一番がそれだった。
家族は数日前にその可能性を担当医から聞いていた。驚きはない。ただ、希望も静かに消えさった。
高い鼻に、白髪混じりの金髪。中年であることはわかるが、外国人に慣れてない自分には、どこか若く見えてしまう。遥花は右の女性医師の国籍も気になった。もしかしたら中国や韓国か、日本以外のアジア系かもしれない。銀縁に赤いフレームメガネが知的な印象を纏わせている。
笑みをつくっていた女性医師が眉をひそめ、肘でスティーブを突いたのを三人は見逃さなかった。
「ア……、申し遅れました。わたくシ、WHO神経科学研究センターの局長をしておりまス、スティーブと申しまス。よろしく、お願いたします」
「失礼をしました。私もWHO神経科学研究センターで、研究室長をしております、渚 直見と申します」
渚が白衣の内側から取り出した銀色の小さなケースを開き、理人に名刺を差し出した。それを見てスティーブも思い出したかのように、胸ポケットから名刺ケースを取り出した。
理人は二人からの名刺を両手で一枚ずつ受け取った。理実と遥花も名刺の表を左右から覗き込む。自己紹介通りの所属情報が記されている。
視線を二人に戻した父が、絞り出すような声で言った。
「……悠翔はもう、目を覚まさないのですか?」
渚が頷いてから答えた。
「その可能性はあります。そのことで、今日はご子息の今後の治療方針について、私共の機関から、ある研究協力のお話を聞いていただく為に、集まっていただきました」
研究協力? 三人は頭の中で聞き返した。
スティーブが床に手を伸ばし、持ち上げたジェラルミンケースを音を立てないようにテーブルに載せた。複雑な暗証番号の電子音が聞こえた後、蓋が自動的に持ち上がり、白いバインダーファイルが取り出された。厚さは3センチほどで、どこの文房具屋でも買えそうな、シンプルなものである。
バインダーは全員分あり、渚が一人一人の前に並べた。
遥花は表紙に印字されている英文を読み取ろうとした。比較的簡単な英語だったので、中学二年生の自分にも、理解することができた。
— System Awake —
システム、アウェイク……。頭の中でそう呟く。
Awakeはたしか、「目覚めさせる」という意味だ。
胸の奥に、馴染みのない感覚が染み渡る。
それはたぶん、希望だと思えた。




