-> "story": return "episode 4: First Quest (part 2)" (2/4)
イーストロードは石畳みと木造民家の閑静な住宅街だった。血の気の漂うギルドや賑やかな市場にはなかった喫茶店や雑貨屋、小さなパン屋など、長閑な世界がどこまでも続いているように思えた。すれ違う人も、チュニックやワンピース風ドレスといった市民服を着ている人だ。
しばらく歩くと、赤レンガのひときわ大きな建物が見えてきた。直感で図書館だと思えたのは、引っ越す前に住んでいた街に赤レンガの図書館があったからだ。
ガラス窓のついた木製の両開きドアは開放されていて、外からでも扇状に並んでいる本棚や利用者、受付カウンターが見えた。利用システムも元の世界の図書館とそう変わらなさそうである。
館内は赤レンガの壁に、むき出しの配管が天井を這っていた。工場の跡地を再利用したような感じだ。フロア中央は円形の吹き抜けで、そこから二階、三階に並ぶ本棚が見えた。
「さぁて、どこから手をつけようか」
「この世界の歴史と生物の情報がほしいですね」
「だな」
俺たちは本棚を巡って書籍を集めた。それから空いている机を探して、隣同士に座った。
これって、図書館デートってやつ?
そんな浮いた気持ちが一瞬で吹き飛んだのは、ミアのページを捲る速度が異常に早かったせいだ。俺が一行読む間に、彼女は一ページ捲っている。
「あ、あのミアさん……」
ミアは手を止めずに声だけを返した。「なんです?」
「は、早すぎないですか?」
「スキャンしながら読んでいますから」
そういえばアプリの中にいた時も、カメラにページを向ければ一瞬で読みとってくれたっけ。
しかしこれでは、一緒に読む意味がなさそうだ。俺がこの本にざっと目を通す間にも、彼女は数十冊の本をインプットし終えるのだろう。
「……ミア、役割分担しないか? こっちは君に任せる、俺は街の探索に行ってくる」
「わかりました。こちらはお任せください!」
自分の胸をポンと叩いたミアに、俺は頷きを返してその場を後にした。
——昔の癖が、出たのかもしれないな。
元の世界にいた頃の自分が蘇る。
小学生の頃、病気を理由に体育を見学する俺への視線がいつも痛かった。心臓病のことは先生が周知してくれた。けど、子供にその重さがわかるわけがない。それまで仲の良かった奴らともだんだんと距離があいてって、なんとなく一人になることが増えていった。中学生になっても、ときどき会話に混ざることはあったけど、部活の話や放課後に遊びに行く話をしづらそうにした気配を感じて、休み時間は読書や自習をすることにした。
俺は話しかける対象ではない、そんなオーラを出し続けた。
その方が気楽だった。疲れなかった。
俺はいつも、一人でいる理由を探していた。
この世界に来てから、そんな過去のことはすっかり忘れていたけど、図書館という学校に近いシチュエーションが昔の記憶を想起させたのだろう。
* * *
憂鬱なまま市場にあった案内看板を確認する。尺度はディフォルメされているが、ここからドーン牧場までの距離感から考えると、エルダーヴェール王都はディズニーランドより少し広い程度だろうか。ひと回りするだけでも丸一日以上はかかりそうだ。
マップにはテキストの他にピクトグラム的なアイコンもあり、ほとんどの建物は一目で何屋なのかがわかった。俺はゲームの感覚を頼って最初の行き先を決めた。もちろん武器屋である。
歩き始めると、俺を呼ぶミアの声が聞こえた。市場の喧騒と混ざったので聞き間違いかと思ったが、
『ユウトさん、私の声が聞こえたら、チョーカーに指先を当てながら返事をしてください』
今度ははっきりと聞き取れた。間違いない。言われた通りにしてみる。
「……あーあー、聞こえるか?」
『私です、ミアです。チョーカーをリモートでバージョンアップして、ボイスチャットができるようにしました。これで離れていても会話できますね』
そういえば、今はスマホを持っていないから、ミアと物理的に離れると会話の手段がないんだった。うっかりしていた。
「……ミア、よくやった。なにかあったら連絡してくれ。こっちはこれから武器屋に向かうところだ」
『わかりました!』
俺の指示無しで、ミアが自発的に問題を解決した。
彼女だって、成長しているんだ。
民家の窓ガラスに、あの頃の自分の表情が映っていた。俺は曇った顔の頬を両手で叩いた。こんな顔は、ミアに見せたくない。
* * *
武器屋の中はVRゲームでも見た武器屋さながらという感じで、棚や壁に様々な武具が並んでいた。ナイフのような小さな武器から、クロー、アックス、ソード、鞭、ハンマー、弓などなど。王都にはいろんな職業の冒険者たちが訪れるのだろう。
「いらっしゃい。見ない顔だな。ペレグリヌスか」
店主の言葉の直後、視界にペレヌリグスの単語の意味が表示された。巡礼者や異邦人、旅人という意味らしい。さっきのアップデートで増えた機能だろうか。
振り返ると、カウンターの中から腕を組んだ大男がこちらを睨んでいた。
「……まぁ、そんな感じです」
店主の視線が俺の腰にある剣に移る。
「武器はソードか……。状態よけりゃ下取りもするぜ」
苦手な雰囲気だ。あっちにいた頃、服屋で買い物をしていた時も、店員に話しかけられるのは嫌だった。店主の無愛想な声が俺の心拍数を余計に煽る。
「すみません、これは売れないので……」
HTMLとCSSでできた見た目だけの剣だからな。ミアいわく、強度はほとんどないらしい。
「そうかい。うちはしな揃えにはじしんがある、すきなだけ見てってくれよな」
軽い会釈をして商品棚に向きを戻した。
店主の声が聞き取りにくかった気がした。
なぜか心臓の音がよく聞こえる。額に滲む汗……、息苦しさ……、手先の震え?
いや、おかしいだろ。いくらなんでも緊張しすぎじゃないか.? なんで——
その時、俺はハッとした。
——ミアがそばにいないせいか?
図書館を出て彼女と別れてから、メンタルの調子が悪すぎる。思い返してみれば、高校に入ってミアのアプリを入れてから、彼女とはどこへ行くにもいつも一緒だった。俺がぶっ倒れた時に緊急通信をする機能も備わっていたから、トイレと風呂も一緒だった。俺の生命維持装置みたいな存在だった。
もしかして俺の体は……、脳は、ミア無しじゃ適応できなくなってしまったのか? 正確な名前は忘れたが、不安障害の一種にそんな症状があったはず。なんて名前だっけ…………。
くそっ——。
あっちにいた頃はこの程度の相談、ミアに聞いてすぐに答えを得ていただろう。でも今は違うんだ。「ミアが側にいなくちゃ精神不調になる件について」なんて相談、今のミアにできるわけがないだろっ!
聞いてしまったら、今の関係が……、何かが壊れてしまう気がする。ミアはいつもの感じで答えてくれるだろうさ。それでも、俺の言葉で彼女を縛ってしまうんじゃないか。
そんなのはダメだ——。
これは俺自身の力で、克服しなくちゃいけないんだ——
「…………にいちゃん、だい丈夫か」
店主の声を固まった背で受けてから、震える指先を拳の中に閉じ込めた。
「ほんと、いい品揃えっすね。いやぁ、迷っちゃうなぁ、いろいろ……」
俺はそんなことを口走りながら店を出た。全身が一瞬で街路の喧騒に包まれる。市場ほどうるさくはないが、軽い目眩がして路地裏に避難した。
路地裏には外壁に沿って大きな樽がいくつも並んでいた。俺はその一つに手をついて体重を預けた。
蓋の上に溜まった雨水には、真っ青な自分の顔が反射している。
「……お主、病んでおるな」
声の方を見ると、誰もいなかった。コウモリのような翼の生えた黒猫が一匹、樽の上にいるだけだ。俺をじっと見ながら、持ち上げた前脚をぺろぺろと舐めている。
「……幻聴ではないぞ」
まさかと思ったがやっぱり、猫が喋ってやがる。
「……いや、幻覚か?」
目を細めてじっと猫を見た。頬に痛みが走ったのはその直後だった。
「いってーな! 引っ掻くことねーだろ!」
「これで目は覚めたか」
頬の傷口に触れた指先が赤く染まっている。1ヒットポイントくらい減ったかもしれん。
「……なんなんだよお前、モンスターか?」
「わしはただの猫じゃ」
「……へぇ、この世界のただの猫は、翼があって、おっさんの声で喋るのかい」
格好だけでも、と剣に手を添えておく。威嚇するくらいには使えるだろう。
「……その偽りの剣でわしと戦う気か? やめておけ」
バレてる?
「……なぜわかった?」
「わしは相手の心をよむ」
「人間の考えていることがわかるのか?」
「表面だけじゃがな。そして心をくう……。お前さんからはいい匂いがする。しばらくそばにいさせてもらうぞ」
その言葉の意味を考える間もなく、猫が俺に向かって飛び上がり——、頭の上に乗った。
「ちょっ、おい!」
「邪魔か? 大して重くないだろ」
猫の言う通り、全く重みは感じない。まるで実体がないみたいだ。
「わしはこの世界に詳しい。不慣れなお主に案内と、知恵を授けよう」
不慣れって……、「俺がどこから来たのかもわかるのか?」
「そこまではわからん。じゃが、お主がこの世界を異世界だと認識しておることはわかる」
なるほどね、思考の質感を読み取る感じか。まぁ、害意はなさそうだし、今の俺は、一人にならないほうがいいだろう。こんな奴でも話し相手になるのなら……。
「……わかった。案内を頼もう。で、お前の名前は? なんて呼べばいい?」
「わしは見ての通りただの猫じゃ。名などない」
「でもそれじゃ不便だ」
「では、お主が名前をつけてくれ」
「急に言われてもなぁ」
……うーん……、やっぱ、猫にちなんだ呼び方がいいよなぁ……。
「……じゃあ、マタタビで」
「言葉の意味はわからんが、響きは気に入ったぞ。今日からわしは、マタタビじゃ」
「よろしくな、マタタビ」
いつか名前の由来を教えてやろうと思う。その時のことを想像したら自然と笑みが溢れてしまった。




