-> "story": return "episord 3: First Quest (Part 1)" (4/4)
ぼそっとした声だった。
「……お兄ちゃんたち、冒険者なの」
俺とミアは笑顔で答えた。
「おう、そうだぜ」
「そうですよー」
見習いで、しかもこれがデビュー戦だけどな。そう心の中でつぶやく。
「ふぅん……」
少年はうつむき加減に松葉杖を手に取ると、立ち上がってリビングから出て行った。その右足は浮いており、左足と松葉杖だけで支えながらぎこちなく進んでいた。「……嫌われた?」
「明らかにそのような表情でした」
俺とミアがぱちくりと見合わせていると、おばさんがため息をつき、
「ハァ……、すみません、うちの子が」
立ったまま頬杖するおばさんの声からして、だいぶ手を焼いているようだ。
「……きみたち、食事は済ませたのか」
おじさんが体を起こしながら言った。少し回復したようだ。
「実は、まだでして」
腹ペコですと声を大にして言いたいくらいだ。
「今夜から働いてもらうんだ。ナイラム、スープとパンを出してあげてくれ」
ナイラム——、おばさんの名前か。俺はキッチンへ足を向けたおばさんを呼び止めながら言った。
「あの、自己紹介がまだでしたよね。おれ、ユウトといいます。剣士です」
「私はミアです。よろしくお願いします。魔法使いです」
「あぁよろしく。わしはニボルだ。テーブルで話そうか」
* * *
テーブルでそわそわしている俺たちの前に、陶器の皿によそわれた湯気のたつ黄色いスープとパンが並べられた。スープは見た目からしてカボチャ入りのコーンスープだろうか。パンはファミレスの石窯パンのようだ。
顔の横がちくちくするような気がしたら、料理を見るミアの目からキラキラしたものがほとばしっていた。
「「いただきます!」」
俺とミアがそう言いながら手を合わせると、おじさんが疑問めいた声で言った。
「いただき、ます……?」
「俺たちの国の風習です。食べ物や、つくってくれた人に対する感謝の言葉です」
「祈りか。私たちの国では、食事の前にグレースを唱え、最後にアーメンで締める。さぁ、冷めないうちに食べなさい」
銀のスプーンで一口のスープを口に運んだ。やはりカボチャスープだ。甘さとコクの温かみが口いっぱいに広がって、言葉にならない満足感が胸の奥底から湧いてくる。石窯パンをちぎって口に入れる。このほんのりとにじむ甘さと食感……、俺の大好きなやつだ。ミアも幸せそうなうっとり顔でスープを飲んでいる。
食事はあっという間に食べ終えてしまった。皿をなめとりたい気持ちをグッと堪えつつ、片付けられる皿を見送った。
「さて、仕事の話をしようか」
テーブルに両肘をつき、口元で手を組んだじいさんの血走った眼がこちらを射抜く。
俺とミアも頷いて応えた。
* * *
「……三ヶ月ほど前だ。夜中に家畜共が騒ぎ出してな、納屋へ行ったら子供のような魔獣がうちの家畜に噛みついていた。魔獣はわしを見てすぐに逃げたが、家畜は体中の血を吸われて死んでいた……。その日から妻と交代で見張りを続けているんだが、とにかく動きがすばしっこい。妻と二人がかりでも捕まえられん。王都の魔獣駆除は、被害規模が小さいと相手にしてくれなかった。民間の害獣駆除には調査だけ依頼したが、高い金を払わせたくせに、仕事はこの紙切れ一枚を寄越しただけだ」
じいさんが見せてくれた紙を読んでみる。なになに——、『おそらく新種の魔獣の可能性が高い。王都内のどこかに潜んでいる。王都内に目撃情報がないことから、恐らく日中は地中に身を潜めている可能性あり。人間に姿を変えている可能性もあり。恐らく侵入経路は街の水路だと思われる——』
人間に姿を変えている可能性か。なるほど。それで俺たちが来た時、鎌を持って出迎えたわけだ。しっかし恐らくばかりで、思いつくことを並べただけのような報告書だな。本当に調査したんだか。
「これでは何もわかりませんね」
じいさんはそのミアの一言に、「全くだ」とため息をつきながら紙を裏返し、羽ペンで絵を描き始めた。
「ランタンの灯りで見えた感じだが、こんなやつだ。見た事はないか?」
菱形のでかい赤眼に、痩せ細った灰色の体格。背中から無数に生える針状の体毛……、二足歩行で跳び跳ねながら移動する……。
記憶にある生き物の名が思い浮かぶ。こいつは未確認生物のチュパカブラじゃねーか? しかし、正体は皮膚病の動物だったはず——。
「ユウトさん、この生き物はあの——」
ミアが声を抑えつつ視線も送った。俺はテーブルの影で右手のひらを差し出し、制止の合図を返した。
「……いやぁ、なんだろうなぁ。こいつはよく調べてみないと」
俺はじいさんに眼を見られないよう、絵に視線を固定して声だけを落ち着かせる。ミアも僅かに頷いた。
「……そう、ですね。この国に生息する生物と照合してみないと、なんとも……」
「そうか、わかった。では話はこれくらいにして、牧場を案内しよう。君たちの寝床もな」
* * *
じいさんの後を着いてキッチンの勝手口から外へ出た。牧場のフェンスは白いペンキのようなもので着色されており、月明かりだけが頼りでも、薄らとだが全体の広さをつかめた。体育館より少し広い程度だろうか。
ただ、家畜の姿がなかった。
「君たちと話している間に妻とエルティルが納屋に戻した。家畜を外に出すのは陽がでている間だけだ。奴は夜に現れるから、納屋を見張ればいいだろう。君たちの寝床も近く用意してある」
エルティル、さっきの少年のことだろう。
木造りの家畜小屋には、ざっと見て二十頭ほどの家畜が首を出していた。納屋の中に仕切りがあり、そこに一頭ずつ家畜が収められている。
「うちは主に王都専属騎馬兵のバカを育成している。運動センスのない奴は食用に卸すがな」
俺は息を潜めながらミアに聞いた。
(今バカって?)
(わたしもそう聞こえました)
思わず吹き出しそうになり、二人で顔をこわばらせる。
じいさんはそんな俺たちに気づかないまま、淡々と説明を続けた。
「換気をしなきゃならんから窓を閉められんのだ。奴はどこかの窓から音もなく侵入してくる。人間は襲わないようだが、くれぐれも気をつけてくれ」
* * *
「ここが君たちの寝床だ。交代で使うといい。トイレは家畜小屋の裏にあるのを使ってくれ」
爺さんがランタンの灯りを向けたのは、家畜小屋の隣にある古びた納屋だった。中には藁が敷かれており、壁には草刈鎌や鍬、干し草用のでかいフォークなどの農具がかけられている。
乾いた牧草の香りが鼻を包み、少しむず痒い。
藁で寝るのは初めてだ。ちょっと楽しみである。
「それじゃ、あとは任せぞ。ランタンはここに置いていく。……三ヶ月ぶりにぐっすり眠れるわい」
「おまかせください!」
俺は胸を叩きながら宣言した。
じいさんはヨタヨタとした足取りで家へ戻り、俺たちは二人きりになった。
早速、藁のベッドに腰を落としてみる。パキパキという音と感触と共に尻が沈み始めた。ミアも後に続き、ゆっくりと背を預けると、ほっとしたように息を吐いた。
「まぁ、なんとか眠れるかな」
「見た目より柔らかいですね。そういえばユウトさん、あの時なんで知らないふりをしたのですか?」
一瞬忘れていたが、チュパカブラのことだと思い出す。
「ユウトさんは未確認生物が大好きで、チュパカブラのこともすぐに気づいたはずです」
「あぁ、それな。中学の頃な、親父に言われたんだよ、勘で答えるなって——」
俺はじいさんが棚に置いたランタンの灯りをなんとなく見つめた。
オレンジ色の揺らめきの中に、元いた世界の記憶が重なっていく。
中学二年生の歴史のテストだった。俺はわからない問題のマークシートをてきとーに塗り潰した。いつもそうしていたが、この時はテストの点が悪すぎた。
「悠翔お前、わからない時は勘で答えているだろ」
「当たってれば点数稼げるじゃん」
学校の先生だって推奨してる方法だった。
「全く、嘆かわしい。俺が若い頃はマークシートなんて、試験の時くらいだった」
親父は俺の肩に両手を載せた。大事な話をする時はいつもそうだった。
「いいか悠翔。答える時は、その先に人がいることを考えなさい。答えて終わりじゃないんだ。今後わからない問題は、空欄のままにしなさい。なぜかわかるか?」
「……意味わかんねえよ」
「思い出した時でいい。わかるまで考えなさい」
「——あの時はさ、これでテストの点が悪くても怒られずに済むって、そう思ったんだ。でも今は、親父の言ったことがよくわかるよ。俺は、信頼を軽視していたんだ。ミアはわかるか?」
隣で仰向けだったミアを見ると、目を閉じていた。
今日一日のことを振り返る。俺よりもミアのほうがずっと疲れているはずだ。
俺はそっと手を重ね、藁の上でくぅくぅと寝息を立てるその綺麗な顔をしばらく、眺めることにした。
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