表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/18

-> "story": return "episord 3: First Quest (Part 1)" (4/4)

 ぼそっとした声だった。

「……お兄ちゃんたち、冒険者なの」

 俺とミアは笑顔で答えた。

「おう、そうだぜ」

「そうですよー」

 見習いで、しかもこれがデビュー戦だけどな。そう心の中でつぶやく。

「ふぅん……」


 少年はうつむき加減に松葉杖を手に取ると、立ち上がってリビングから出て行った。その右足は浮いており、左足と松葉杖だけで支えながらぎこちなく進んでいた。「……嫌われた?」

「明らかにそのような表情でした」

 俺とミアがぱちくりと見合わせていると、おばさんがため息をつき、

「ハァ……、すみません、うちの子が」

 立ったまま頬杖するおばさんの声からして、だいぶ手を焼いているようだ。


「……きみたち、食事は済ませたのか」

 おじさんが体を起こしながら言った。少し回復したようだ。

「実は、まだでして」

 腹ペコですと声を大にして言いたいくらいだ。

「今夜から働いてもらうんだ。ナイラム、スープとパンを出してあげてくれ」

 ナイラム——、おばさんの名前か。俺はキッチンへ足を向けたおばさんを呼び止めながら言った。

「あの、自己紹介がまだでしたよね。おれ、ユウトといいます。剣士です」

「私はミアです。よろしくお願いします。魔法使いです」

「あぁよろしく。わしはニボルだ。テーブルで話そうか」



   * * *


 テーブルでそわそわしている俺たちの前に、陶器の皿によそわれた湯気のたつ黄色いスープとパンが並べられた。スープは見た目からしてカボチャ入りのコーンスープだろうか。パンはファミレスの石窯パンのようだ。

 顔の横がちくちくするような気がしたら、料理を見るミアの目からキラキラしたものがほとばしっていた。

「「いただきます!」」

 俺とミアがそう言いながら手を合わせると、おじさんが疑問めいた声で言った。

「いただき、ます……?」

「俺たちの国の風習です。食べ物や、つくってくれた人に対する感謝の言葉です」

「祈りか。私たちの国では、食事の前にグレースを唱え、最後にアーメンで締める。さぁ、冷めないうちに食べなさい」


 銀のスプーンで一口のスープを口に運んだ。やはりカボチャスープだ。甘さとコクの温かみが口いっぱいに広がって、言葉にならない満足感が胸の奥底から湧いてくる。石窯パンをちぎって口に入れる。このほんのりとにじむ甘さと食感……、俺の大好きなやつだ。ミアも幸せそうなうっとり顔でスープを飲んでいる。


 食事はあっという間に食べ終えてしまった。皿をなめとりたい気持ちをグッと堪えつつ、片付けられる皿を見送った。

「さて、仕事の話をしようか」

 テーブルに両肘をつき、口元で手を組んだじいさんの血走った眼がこちらを射抜く。

 俺とミアも頷いて応えた。



   * * *


「……三ヶ月ほど前だ。夜中に家畜共が騒ぎ出してな、納屋へ行ったら子供のような魔獣がうちの家畜に噛みついていた。魔獣はわしを見てすぐに逃げたが、家畜は体中の血を吸われて死んでいた……。その日から妻と交代で見張りを続けているんだが、とにかく動きがすばしっこい。妻と二人がかりでも捕まえられん。王都の魔獣駆除は、被害規模が小さいと相手にしてくれなかった。民間の害獣駆除には調査だけ依頼したが、高い金を払わせたくせに、仕事はこの紙切れ一枚を寄越しただけだ」


 じいさんが見せてくれた紙を読んでみる。なになに——、『おそらく新種の魔獣の可能性が高い。王都内のどこかに潜んでいる。王都内に目撃情報がないことから、恐らく日中は地中に身を潜めている可能性あり。人間に姿を変えている可能性もあり。恐らく侵入経路は街の水路だと思われる——』


 人間に姿を変えている可能性か。なるほど。それで俺たちが来た時、鎌を持って出迎えたわけだ。しっかし恐らくばかりで、思いつくことを並べただけのような報告書だな。本当に調査したんだか。

「これでは何もわかりませんね」

 じいさんはそのミアの一言に、「全くだ」とため息をつきながら紙を裏返し、羽ペンで絵を描き始めた。

「ランタンの灯りで見えた感じだが、こんなやつだ。見た事はないか?」


 菱形のでかい赤眼に、痩せ細った灰色の体格。背中から無数に生える針状の体毛……、二足歩行で跳び跳ねながら移動する……。

 記憶にある生き物の名が思い浮かぶ。こいつは未確認生物のチュパカブラじゃねーか? しかし、正体は皮膚病の動物だったはず——。

「ユウトさん、この生き物はあの——」

 ミアが声を抑えつつ視線も送った。俺はテーブルの影で右手のひらを差し出し、制止の合図を返した。

「……いやぁ、なんだろうなぁ。こいつはよく調べてみないと」

 俺はじいさんに眼を見られないよう、絵に視線を固定して声だけを落ち着かせる。ミアも僅かに頷いた。

「……そう、ですね。この国に生息する生物と照合してみないと、なんとも……」

「そうか、わかった。では話はこれくらいにして、牧場を案内しよう。君たちの寝床もな」


   * * *

 

 じいさんの後を着いてキッチンの勝手口から外へ出た。牧場のフェンスは白いペンキのようなもので着色されており、月明かりだけが頼りでも、薄らとだが全体の広さをつかめた。体育館より少し広い程度だろうか。

 ただ、家畜の姿がなかった。

「君たちと話している間に妻とエルティルが納屋に戻した。家畜を外に出すのは陽がでている間だけだ。奴は夜に現れるから、納屋を見張ればいいだろう。君たちの寝床も近く用意してある」

 エルティル、さっきの少年のことだろう。


 木造りの家畜小屋には、ざっと見て二十頭ほどの家畜が首を出していた。納屋の中に仕切りがあり、そこに一頭ずつ家畜が収められている。

「うちは主に王都専属騎馬兵のバカを育成している。運動センスのない奴は食用に卸すがな」

 俺は息を潜めながらミアに聞いた。

(今バカって?)

(わたしもそう聞こえました)

 思わず吹き出しそうになり、二人で顔をこわばらせる。

 じいさんはそんな俺たちに気づかないまま、淡々と説明を続けた。

「換気をしなきゃならんから窓を閉められんのだ。奴はどこかの窓から音もなく侵入してくる。人間は襲わないようだが、くれぐれも気をつけてくれ」



   * * *

 

「ここが君たちの寝床だ。交代で使うといい。トイレは家畜小屋の裏にあるのを使ってくれ」

 爺さんがランタンの灯りを向けたのは、家畜小屋の隣にある古びた納屋だった。中には藁が敷かれており、壁には草刈鎌や(くわ)、干し草用のでかいフォークなどの農具がかけられている。

 乾いた牧草の香りが鼻を包み、少しむず痒い。

 藁で寝るのは初めてだ。ちょっと楽しみである。


「それじゃ、あとは任せぞ。ランタンはここに置いていく。……三ヶ月ぶりにぐっすり眠れるわい」

「おまかせください!」

 俺は胸を叩きながら宣言した。

 じいさんはヨタヨタとした足取りで家へ戻り、俺たちは二人きりになった。

 早速、藁のベッドに腰を落としてみる。パキパキという音と感触と共に尻が沈み始めた。ミアも後に続き、ゆっくりと背を預けると、ほっとしたように息を吐いた。

「まぁ、なんとか眠れるかな」

「見た目より柔らかいですね。そういえばユウトさん、あの時なんで知らないふりをしたのですか?」

 一瞬忘れていたが、チュパカブラのことだと思い出す。

「ユウトさんは未確認生物が大好きで、チュパカブラのこともすぐに気づいたはずです」

「あぁ、それな。中学の頃な、親父に言われたんだよ、勘で答えるなって——」


 俺はじいさんが棚に置いたランタンの灯りをなんとなく見つめた。

 オレンジ色の揺らめきの中に、元いた世界の記憶が重なっていく。


 中学二年生の歴史のテストだった。俺はわからない問題のマークシートをてきとーに塗り潰した。いつもそうしていたが、この時はテストの点が悪すぎた。

「悠翔お前、わからない時は勘で答えているだろ」

「当たってれば点数稼げるじゃん」

 学校の先生だって推奨してる方法だった。

「全く、嘆かわしい。俺が若い頃はマークシートなんて、試験の時くらいだった」

 親父は俺の肩に両手を載せた。大事な話をする時はいつもそうだった。

「いいか悠翔。答える時は、その先に人がいることを考えなさい。答えて終わりじゃないんだ。今後わからない問題は、空欄のままにしなさい。なぜかわかるか?」

「……意味わかんねえよ」

「思い出した時でいい。わかるまで考えなさい」


「——あの時はさ、これでテストの点が悪くても怒られずに済むって、そう思ったんだ。でも今は、親父の言ったことがよくわかるよ。俺は、信頼を軽視していたんだ。ミアはわかるか?」

 隣で仰向けだったミアを見ると、目を閉じていた。

 今日一日のことを振り返る。俺よりもミアのほうがずっと疲れているはずだ。

 俺はそっと手を重ね、藁の上でくぅくぅと寝息を立てるその綺麗な顔をしばらく、眺めることにした。


// TODO: continue the adventure...

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=563985693&size=300
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ