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-> "story": return "episord 3: First Quest (Part 1)" (2/4)

「ぼうけんしゃ、ギルド……、読めるぞ、ミア!」

「翻訳システムがうまく機能していますね」


 俺の歓喜に、ミアが微笑みを返した。

 ウィスタン風の木組みの館——、そのスイングドアの直上に掲げられた大きな木造看板。そこに書かれた文字は日本語に見えるが、実際にはラテン語なのだ。


 ミアの作ってくれたチョーカーはカメラ機能も内蔵しており、センサーが捉えた文字列を日本語に変換して、俺の視界に違和感なく重ねて投影するシステムまで備えていた。Optical Character Recognition(OCR)とAugmented Reality(AR)を組み合わせているんだと。


 言葉もわかるし、文字も読める。俺の言葉も、相手に通じる。

 ただそれだけのことなのに、胸の奥から力が湧いてくる。今ならあのミストウルフやゴブリンだって素手で倒せそうだぜ。


 拳にみなぎる力をもてあましつつ、俺はスイングドアを押し開いた。

 館内から溢れる喧騒に割り込む蝶番ちょうつがいの軋む音が、昂る神経の糸と共鳴する——俺の異世界冒険は、ここから始まるんだ!


「——ぎゃはははは! お前ほんとばっかだなー!」

「うっせーな! 殺すぞ!」

「その時、拙者がこの愛刀シバカリで奴の眼を」

「おめぇよぉ! 男のくせにちんぽちついてんのか!」

「すみません! すみません!」

「もう! あんたたち飲みすぎよ!」


 館の中は、右手のビアホールから聞こえてくる冒険者たちの活気で賑わっていた。ざっと見て二、三十人だろうか。暑苦しさや酒臭さが分厚い膜となって、出入り口のここにいる俺の体をビリビリと震わせる。

 いかにも剣士らしいプレートメイルの野郎に、丁髷ちょんまげをした侍、魔法使いのローブを着た色っぽい魔道士、カウンター席で静かに酒を飲んでる全身コートの賢者っぽい人……。


 左手には扇型の受付窓口があり、眼鏡をかけたウルフカットの女性が一人、羽ペンを走らせている。一目でギルドカウンターだと思えたのは、ゲームやラノベ知識のおかげだろう。

 そして正面の奥に——、無数の紙が貼られた掲示板がある。クエストボード、あそこから仕事を見つけるんだ。腕を組んだ冒険者や、パーティを組んでる風の人たちが——。


 館内に視線を巡らせた俺の視界が滲み始めた。

「ユウトさんはこういう、ファンタジーな世界がお好きなんですよね」

 俺は頬を伝うものを腕で拭った。

「……うん、そう」

 それでも、声の揺らぎは消せなかった。


「おい」

 背後からぶつけられた野太い声に振り返ると、熊のような毛皮を羽織った大男が、スイングドアに野球グローブのような太い指をかけていた。

 息を呑んだ俺たちに、

「——そこで立ち止まらないでください。あと三十分ほどで締めますよ」

 今度は受付の人だった。人の導線を塞いでいることに気づいた俺たちは、咄嗟に体を横にずらす。


 羽ペンを走らせていた女性はやはり、ギルドカウンターの受付だった。胸元の小さなシルバープレートには、刻まれた文字に黒を染み込ませて『ギルドカウンター受付担当 セシリア』とある。

 一歩前へ踏み出そうとしたミアを、俺はそっと片手で静止した。

「……すみません、俺たち冒険者なんですが、ギルドが初めてで。というか、この国に来たのも初めてなんです。どうすれば依頼を受けられますか?」

 ミアに頼ってばかりではいられない。考えて正解を探すよりも、先に行動するんだ。

 セシリアさんが一瞬、俺たちのネックレスに目を止めた。

 笑みを見せた薄いベージュの唇が弾むように開く。柔らかくもはっきりとした口調だった。

「承知しました。では当ギルドのシステムをお伝えしますね」

 俺とミアは一枚の紙を手渡された。冒険者向けのギルドシステムの案内書だった。指先から薄くも厚い弾力が伝わる。この時代の紙はたしか……、羊皮紙というやつか。


「一番から説明しますね。お仕事をお探しの冒険者様には、あちらの掲示板から希望する依頼を選んで、依頼書を受付までお持ちいただくのですが、初めての方は、まず見習い登録を行っていただきます。他国のギルドで正規登録済みの方でも同様です」

 なるほど、まずはテストみたいなことをさせてるんだな。

「依頼書の受注条件には案内書の通り、『正規のみ』か、『正規・見習い可』の、どちらかが記載されていますので、見習い可と書かれているものの中から、ご自身のスキルに合ったお仕事をお選びください」


 説明を聴いた俺たちは、早速、仕事を探すことにした。学校の黒板ほどの大きさの木組み板には、依頼書が碁盤の目のようにきちんとピン留めされている。

 見習いでも受けられる依頼は、左の方に寄せてあるとのことだった。俺は左上の一枚目から順々に読んでいくことにした。

「……えーっと、種類は魔獣駆除で、スライムのコロニー駆除。依頼主がウィンセット商店、店主。王都領土外の薬草採取エリアに、時々スライムが現れる。付近にコロニーがあると思われるので駆除してほしい、か……」


 依頼書は手書きで、項目は元の世界の求人情報のように整っていた。

 受注資格には正規か見習いかだけではなく、調合資格や洞窟探索資格、ゴブリンスレイヤーのレベルなど、必要なスキルが明記されていて、依頼場所の項目には、依頼主と目的地までの距離が徒歩何分、馬車で何分と、ギルドからの時間換算で明記されている。


「肝心の報酬はっと——」

 報酬は、1の後に0が四つ。一万エドルンか。

 これ多いのか? 少ないのか? 見習い可だから少なそうだが。

「そういえば、この国の物価ってどうなんだろ?」

「おそらく日本円の感覚で問題ないと思われます」

「どうしてそう思う?」

「ここに来る途中に見かけたレストランの定食は、ショーウィンドウのメニューによるとだいたい700エドルンから1200エドルンでした。あちらの酒場の壁に貼られたメニューも、ビールは500エドルン、リザードテイルのチャーハンは800エドルンと、日本円の感覚で想像できます」

 なるほど、エドルンは円と読み替えても問題なさそうだ。


──────────


 種類:調査

依頼主:王都図書館 館長

 報酬:10,000edln / 前金無し

目的地:王都郊外の地下倉庫

 概要:地下倉庫内の探索。元は洞窟で、内部は迷路のようになっています。害獣や魔獣が侵入していることがあり、調査を依頼します。(モンスターがいた場合は規模の確認のみお願いします。駆除すれば報酬アップ)


──────────


 種類:護衛

依頼主:王都北区二丁目 アリーシェ一家

 報酬:20,000edln / 前金無し

目的地:アカーソ村(王都東門から徒歩三日)

 概要:引っ越しに伴う道中の護衛を依頼したい。民間業者には断られた。アクズス山は馬車道を使うが、道中、クラス1〜2のモンスターと遭遇する恐れがある。昼夜の護衛となるため2名以上を推奨。


──────────


 種類:配送

依頼主:ハーヴェ薬局店 店主

 報酬:30,000edln / 交通費と前金15,000edln込み

目的地:ヌアガン ヌアガン医法学術院

 概要:ヌアガン医法学術院に論文を届けてほしい。民間や国営は事情があって頼れない。移動は公共ルートを使えばいい。



 —— 俺は二十件ほどある見習い可の依頼書にざーっと目を通した。だいたいが一日〜三日で達成できるもので、報酬は三万以下のものが目立った。

 ミアはさすが早く、もう右端のほうまで読み終えたようだ。

「すごいです〜。正規冒険者の依頼のほうには、ドラゴンの討伐や邪神の調査なんてのもあります。この世界は、神話で語り継がれてた架空の存在が、生物として実在しています!」

 両腕に鳥肌が駆け回る。巨大な影に怯えるミアを抱き寄せながらも、勇ましく立ち向かう自分の姿が脳裏に浮かんだ。

「俺たちも、いつかそういうの受けられるようになろうぜ……。でも最初は、こいつからだっ!」

 高揚した気持ちを声と一緒に発散しながら、俺は一枚の依頼書を剥がした。


──────────

 種類:駆除

依頼主:王都南区五丁目郊外 ニボル・ドーン一家

 報酬:20,000edln

目的地:ドーン牧場(ギルドから徒歩二十分)

概要:深夜に牧場に現れ、家畜を襲うモンスターの駆除。身長は子供ほどで人型、魔獣の可能性が高い。動きが非常に素早く、素人では手に負えない。報酬は駆除成功時のみ。(三食・寝床付き ※初日から三日間のみ)

──────────


「こいつならたぶん雑魚っぽいし、なんと三食寝床つきだ」

「今の私たちにぴったりですね」



   * * *


 ミアの同意も得られたので、受付に戻った。

 セシリアさんは眼鏡の位置を整えつつ依頼書に目を落とす。

「……ドーン牧場さんからのご依頼ですね。依頼主の御一家は夜間交代で見張りをしており、寝不足に困っているとのことです。この後すぐにでも向かわれると良いでしょう」


 セシリアさんはそう言うと、引き出しから二枚のカード型の用紙を取り出した。『見習い登録用』と書かれている。

「こちらにお名前とご出身、ご年齢、冒険者歴、職業、現在の保有資格をお書きください」

 冒険者歴は『一年未満』、職業は『剣士』に丸をつけるだけで良さそうだが……、俺はこの時、重大なことに気づいた。

「なぁミア、俺が書く字って……、日本語になるよな?」

 俺の質問にきょとん顔を返すミアだったが、「……あっ!」っと声を洩らし、口の先を指で抑えた。

 そう、俺が書く文字は日本語のままだ。

「……セシリアさん、すみません。俺まだこの国の文字に慣れてなくて。彼女に代筆してもらってもいいですか」 

「はい、問題ありませんよ」

「ミア、任せた」

「了解です。あとでアップデートしておきますね」

「あっぷでぇととは?」

 セシリアさんが首を小さく傾げていた。

「あー、いえ! こっちのことです!」

 この世界には存在しない単語を使う時は気をつけたほうがよさそうだ。敵対国のスパイだと思われて、牢屋送りにでもなったりしたら大変だ。


 記入を終えてミアが用紙を差し戻した。

 用紙を受け取ったセシリアさんの眼鏡と指先が、微かに震えている。

「こ、こ……、こんなにも整った、美しい字は初めてみました。まるで機械で書かれたようで……」

 ミアの書いた字はパソコンのフォントのように均一無比な形をしている。そりゃビビるわ。

 レンズの奥で震えていた目に表情が戻った。

「——はっ、私ったらなんて失礼なことを……。申し訳ございません!」


 ペコペコと頭を下げるセシリアさんを、俺たちはどうにか宥めてギルドを後にした。

 ギルドを出る前に壁掛け時計を見やると、十九時のあたりを指していた。

 雲一つない空には、煌々と輝く月が昇っている。と言っても、俺の知ってる月よりも十倍くらいでかくて、その輝きも深い白ではなく、琥珀色に近い。


「ユウトさん、はやくいきましょう〜!」

 くるりと振り返ったミアが後ろ手に両手を組みながら、立ち止まっている俺を呼んだ。

 人生で初めての仕事だというのに、これから魔獣っぽいモンスターと戦うかもしれないのに、俺の胸は、彼女とこうしていられることの多幸感で満たされていた。

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