贋作
海を望む崖の上──趣のある木造のロッジで、一人の老人が絵筆を動かしていた。
壁一面には数々の美術品。古典絵画、現代アート、彫刻、陶器──整然と並んだそれらは、どれもよく知られた“名作”だ。
そこへ、玄関のノックが響いた。
扉を開けると、がっしりとした体格の男たちが数人、無言で立っていた。老人が言葉を発する間もなく、男たちはロッジにずかずかと上がり込む。
リーダー格と思しき大男が、壁の美術品を一瞥して言った。
「ふん、見事な腕だな」
老人は蒼白になり、口を震わせた。
「お、お前たち……まさか、ここにある作品が狙いなのか? 頼む、金なら払う! だが作品には──」
大男は失笑し、言い放つ。
「何を言ってやがる。お前の作る贋作に、誰が本気で価値をつけると思った?」
「……なら、なぜ……?」
「贋作に興味はないが、“使い道”はある」
男は壁の一枚を手に取り、にやりと笑う。
「どうせ、お前は美術館の依頼でレプリカを作っているんだろう? 本物そっくりのな。ならば──それを“美術館の本物とすり替えれば”どうなると思う?」
老人の目が大きく見開かれる。
「……そんなことをすれば、美術館は──!」
「発覚まで数日、いや数週間は稼げる。その間に本物を国外に持ち出せば、こっちの勝ちさ」
そう言って男たちは、老人を縛り上げ、美術品を根こそぎ持ち去っていった。
◇
二日後。
友人が様子を見に訪れ、縛られていた老人を発見。命に別状はなかったが、衰弱しきっており、病院に運び込まれた。
一週間後──回復した老人の病室で、友人は苦笑まじりに言った。
「しかし、運が悪かったな。家の中の美術品、全部持っていかれたらしいじゃないか」
「……ああ、奴らはワシの家にある作品を、美術館の“本物”とすり替えるつもりだったのじゃ」
友人は血相を変える。
「だったら大変じゃないか! 早く美術館に連絡しないと!」
だが、老人は首を振った。
「心配はいらんよ……あそこにあったのはな、“贋作を作るために美術館から借りていた本物”なんじゃ」
「……借りてた本物?」
「その代わりに、美術館には昔ワシが作った古い贋作を展示しておった。すぐに返すつもりだったんじゃがな」
友人は絶句する。
老人は、静かに笑った。
「つまり──奴らは、もともと贋作が飾られていた美術館に、本物を“戻しに”いったんじゃよ」