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貰った石

作者: 塩狸

ひとり旅で四国の某県に行ったんだ

いいところだよね

海も山もある

それで

「まだ飲むには陽が明るい」

って時間だったけど

慣れない移動のせいか

体力だけには自信あったのに妙に疲れてて

変だなと思ってたら

ちょうど道すがらに

暖簾がかかった開いてる居酒屋発見

「お店がやってるなら、まだ空は明るくても飲んでいいってことだ」

とね

酒飲みの思考で入った飲み屋

カウンターとテーブル少しの小さなお店

カウンターに腰かけたんだけど

椅子を1つ空けて座る

すでに飲んでいた常連らしいおばさんに

「……ねぇ、あんた。そんな石ころ持たない方がいいわよ」

っていきなり言われたんだ

びっくりしてさ

おばさん見てから

目の前にいた店員さんみたけど

ニッコリして特におばさんを止める様子もなくて

どうやら

「無作為に客に絡んでいく変なおばさん」

とかではないらしい

おばさんは石ころとか言ったけど

ちょうどSSサイズの卵くらいの

綺麗に磨かれたピンク色の石

昨日

旅行の前に友達から

「初めてのひとり旅のお守りだよ」

って言われてプレゼントされたもの

小さな袋に入れてリュックの中に入れたままなのに

なぜか持ってることすら見抜かれた

びっくりしたけど

まぁ

「初対面の酔っぱらいおばさんより、長年の友達を信じるでしょ」

って気持ちが勝ったよ


それでも翌日

おばさんの言霊や空気にまんまとつられたのか

びっくりするくらいアンラッキーしかなくて

身体の怠さは更に酷くなって

気にしすぎだと思いつつ昨日の飲み屋へ行ったら

もうすぐ店だって所で

後ろから歩いてきた男の人に思いっきり体当たりされて

派手に転ばされた

そう

その時に出来た青アザもやっと消えたよ

それで

何とか居酒屋に着いてさ

昨日もいた店員さんにあのおばさんの事を聞いたら

「多分来ますよ」

って言うから

飲みながら待ってたら

おばさんは割りとすぐ来た

人のこと言えないけど

おばさんも大概お酒好きらしい

それで

おばさんはすぐに

私に

というか石にね

気づいてさ

露骨に嫌そうな顔をしてきた

私は取り急ぎ

おばさんにビールをご馳走してから

今日のアンラッキーを話して

「本当にこれのせいなのか」

とリュックから石の入った袋出して見せたら

「うわっ」

って身体ごと引かれた

うわって何よ

それでもね

私と石の袋を交互に見た後

「おばちゃんはこんなん預かりたくないわ」

って別にね

ただ見せただけなのに

そんなこと呟かれた

「まぁだけどねぇ

このままあんた東京帰っても

おばちゃんの目覚めも悪くなりそうだしねぇ」

ってボソボソ続けられた

……え?

目覚め悪くなるって

何?

思ったより事態は深刻なのかとちょっと肝が冷えてたら

おばちゃんは

年季の入った革の鞄から名刺入れを取り出して

「おばちゃんの代わりに、その石を預かってくれる人いるから」

って知らん人を紹介してくれた

私は

「えー……?」

「なんか大事になったなー」

って

それでもまだ他人事感抜けなくて

でも

翌日の最終日

予定してた観光はやめて

雨の中さ

おとなしく紹介された店に行ったら

なんか拍子抜けするくらいね

そこは

ただの普通のお酒屋さんだった

失礼だけど立派でもないし

新しくもなければ

さも歴史のありそうな古さもない

ホント

ただの普通の街の酒屋さん

午前中で

お客さんはまだいなかったから

私は

真っ直ぐレジに向かって

レジのお姉さんにおばちゃんに紹介されたことを話したら

「はい、聞いてますよ、お預かりしますね」

って

あのおばちゃんはちゃんと連絡してくれていたらしい

取り出した石は

私とお姉さんの間にある

変哲のないレジ台に置くように言われてさ

袋ごと取り出して置いたら

お姉さんはおばちゃん同様に

やっぱり中身も見ずに

レジ下から出した白い手袋はめて

それぞれの手袋で覆われた手首に

口を使いつつ

赤い紐を結んでた

そして

袋ごとね

石を

やっぱりレジ下から出した

白い布が押し込まれた小さな黒い木箱にしまったんだ

それで

レジスターのお金入れる所

あそこ開けてさ

端から小さなシールみたいなの取り出して

黒い箱に

小さいお札をペタペタ貼り出した

シールタイプのお札ね

しかも

え?お札をそんなところに仕舞ってるんだ?

って感じよ

それでね

お札を貼った箱に

白と黒で編まれた紐で丁寧に箱を縛り始めた

なんかもうね

私は

色々諸々細々聞きたかったけど

やっぱり

長年の友人の笑顔が頭を掠めてさ

聞くの辞めた

ただ

あの居酒屋で出会って

初対面の私に親切にしてくれた

どうやらだいぶ人のいいおばちゃんには

ちょっといい一升瓶を届けてもらうように手配してもらった


それでね

無事に東京に戻ってからも

貰ったお守りを呪物扱いしてしまった手前さ

なんとなく友達に連絡取りにくくて

そしたら

友達の方から

「どうだったー?」

「もう帰ったー?」

って会いに来てくれて色々聞いてくれて

「凄くいいところだった、また行きたい」

って嬉しくて返事したらさ

その時

初めて

友達の顔が

確かに歪んだんだよ

ほんの僅かな

瞬きにも満たない時間

確かに

友人の顔が捻れたんだ

それで

なんかね

「あ、目の前の友達より、あのおばさんの言葉が正しかったんだ」

ってさ

やっと

"私自身が"

それを認めてしまった

友達とはそれきり

なぜか向こうからも連絡なくなって

一度も会ってない


どうして友達があの石を私に渡したのか

どんな気持ちで渡したのか

あわよくばと最悪な事態を想像していたのか

私が何をしてしまったのか

その度に考えるけど

私がアホで鈍感だからか

答えはでない

うん

そうだよ

きっとアホだからこそ

何かさ

しちゃってたんだろうね

気付かない間に

あんな石を渡してくるくらいのことを


その友達のことを思い出すたびに

「あの石は今はどうなってるのかな」

とも思い出すんだ

うん

思い出す度に

確かに

確かにもらった時は

綺麗な淡いピンク色の石だったのに

頭の中では

黒い石になってるんだ

変だよね

巧妙にピンク色に見せ掛けた

黒い靄で覆われた石

そんなイメージが浮かんでさ

私は考えることをやめるんだ


そんな話をね

何だか

ふとね

1人では無性に耐えられなくなったある日

最近

仲良くしてくれてる友人に溢した

ちょっと話を聞いて欲しいって頼んだら

「引っ越したんでしょ?部屋の見学がてら遊びに行くよ」

って

奇しくも石が好きな友人でさ

すぐに遊びに来てくれた

「縁」

の不思議さ

いい縁か悪い縁かは別としてね


その石好きな友人は

うんうんと話を聞いてくれた後

「あぁまぁね

実際に

あんたがその『友達』に何かをしていたのかもしれない

積もり積もったものがあったのかもしれない

あんた鈍いし

でもね

何もしてなくたって

友達をモルモット扱いしてくる子もいるから

あんま気にしない方がいいよ」

そう言ってカラカラ笑い飛ばされた


モルモット?


私はモルモットかい

「そうだよ

『変なものが手に入ったから試してみたい

タイミングよく移動するモルモットがいるから身に付けさせてみよう

何か面白いことが起きるかもしれない』

ってね」

あの

「……私、失恋旅行だったんだけど」

しかも

結婚前提の同棲も解消したばかりの

失恋としてはだいぶダメージ大きめの


まぁ

その傷も

あの石のあれやこれで

綺麗に吹き飛んだけれども

目の前の石好きな友人は

私の不服そうな顔を見て鼻で笑うと

「何言ってんだか

モルモットが失恋しようが共食いしようが

モルモットはモルモットなんだよ」


石をくれた私の長年の友達は

友達ではなかったのか

「あんたね

持ってるだけで最悪死ぬかもしれない石を渡してきた人間を

あんたはまだ友達だと思ってんの?」

目の前の友人の眉が寄る


だってさ

数少ない友達だったんだよ

しかも長い付き合いの


「あのね

本当に何があったのかは解らないけど

あんたのその『お友達』は

見た目を取り繕った悪意の塊を

『お守り♪』

なんて耳障りのいい言葉で誤魔化しながら預けてきたんでしょうが」

そうなんだけどさ

でもさ

そう簡単に割りきれないもんでしょ

ずっと仲良くしてたのに

みんなそんな簡単に切り返れるもの?

と言うか


「持ってるだけで最悪死ぬかも知れない石」


そんな石があるの?

え?

あれが?

とことん鈍い私でも

さすがにギクリと固まったせいか

「あー違う違う

そんな石があるかないか

そこじゃなくて」

友人が鈍い私に片手をゆるゆると振る

「?」

「あんたが旅先で出会った

『親切極まりないおばちゃんの石への態度と酒屋で対応してくれた巫女さんが施した石への対応』

その石がどれだけ危ないものか解るでしょ」


巫女?

「酒屋さんの娘か知らんけど、本人は巫女さんに近いものなんじゃない?」


言われてみれば

確かに

しかも

いきなり酒屋に持っていったのに

連絡は貰ってますよって言ってたし

淀みなく流れるように一連の動作を(おこな)ってた

おばちゃんにお酒を送るようにお願いした時も

なぜか謎に

丁寧に頭を下げられた

単に値の張った酒が売れた礼ではなかったのか


私は思ったより

崖っぷちを歩いていたのか

歩かされていたのだろうか

親友と思っていた友に


「どうだろうね」

ローテーブル越しに

石好きの友人は肩を竦めてビスケットを摘まむだけ


「あの石、どうなってるのかな?」

黒い木箱に仕舞われた石

石好きの友人は

しばらく目を閉じてから

「んん、厳重に仕舞われてるんじゃない?話を聞くだけでも相当に良くない石みたいだしねぇ」

見てみたかったなぁと冷めた紅茶を飲み干す


私は立ち上がると

下戸の友人と自分のために

熱い紅茶を淹れる

私も

あれ以来なんとなくお酒が飲めなくなった


その後はね

ええとなんだろう

数少ない石をくれた長年の友人の1人とは

相変わらず連絡は取らぬまま

あとは

同棲解消して別れた元彼から連絡があって

謝罪を受けた

そう長く続かなかった同棲後半は

ほんの些細なことでも

やたら当たり散らされていたから

心底相性が悪いのだと思ったし

謝罪してきた本人は

理由もなく苛々してしまい

仕事場でも

少し様子がおかしかったと後々指摘されたと

そして

今更だけれどすまなかったと

私は

ただ

うん

「ご縁がなかった」

のだと思っている

だから

さりげなく促された復縁には

気づかないふりをした


そんな風に

そう

ここ最近起きていた

そんな不幸不運の全てをこじつけて

「長年の友達」

のせいにすれば

楽なのだろうけれどね

そうではないんだ

残念ながらね

私にも悪いところはたくさんあったんだ

そう

アホで鈍いから気付かないだけで


そうなんだよ

私がアホだから

知らないうちに周りの人を傷付けたり怒らせたりしていた

それが大半の理由だったはず

友達にも元彼にも

その鈍感さで何かしら不快にさせていたのだろうし

それでよかったんだ

溜め息がてら

「あのね、お人好しにも自分を卑下するにも程がある」

石好きの友人に呆れられても尚

それでよかった

友達は悪くなかった

なのに


その疎遠になっていた

私に石を渡した友達の訃報が届いたのは

それから

たった半年後の初秋

友達の顔は白い布で覆われ

最後のお別れでも

顔は

見せてもらえなかった



ーーー


蛇足


「君の友達が死んだ

そうだね

でもあの石は

ほんの小さな理由の1つにも過ぎないよ」

「そうかな」

「そう

石のせいなんて思うのはさすがに『自意識過剰』だね」

石好きな友人は

「アイスティもらってもいい?」

とソファに寝そべるように腰を降ろす

それくらいお安いご用だけど

「でも

君の預けた石はさ

もしかしたら

お祓いをするわけでもない

かといってそのまま厳重に大事に閉まっておくのでもなくて

『預かった第三者の手を使って意図的に石を送った持ち主にその呪詛を返せるか』

そんな実験でもしたのかもしれないね?」

「……」

そんなことが可能なのか

さすがに易々とは信じられない

石好きの友人を見れば

ニーッと歯を見せて笑う

冗談らしい

腹立つくらい歯並びがいい

それにしても

「……性格悪いよ」

さすがに不謹慎が過ぎる

「人に遊び半分でおかしな石を渡す人間よりはましだと思うけど」

死者にムチ打つって言葉があるだろうに

「その死者が、今、あんたの後ろで笑ってても?」

「……えっ?」

顔を覆われていた友達を思い出しさすがにギクリと固まると

「嘘だよ」

肩を揺らして笑われる

「……」

温厚かつ鈍感な私でもさすがに怒ることはある

「悪かったって」

到底反省している顔ではない

「……でもね、死んだからって誰もが慈悲深い仏様になるわけじゃないのは覚えときな」

「うん」

悪霊って言葉があって存在するくらいだしね

「そ」

そんな友人に

帰りぎわに

「もうすぐ誕生日でしょ」

って長細い箱を渡された

「え、3ヶ月先だけど」

「そうだっけ?」

すっとぼけられたけど、中身は繊細なネックレス

小さく丸い黒い石が1粒

なんの石かと調べたら、強い魔除けの石だそう

死んだ友達に貰った愛らしいピンクの石と比べると

まるで吸い込まれるような漆黒

色味は真逆だけれど

「……」

首に留めてみれば

なぜかふわりと

周りの空気が軽く

明るくなった気がした


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