追憶の紙片
過去編でございます
2034年11月30日(木)
冬ごもりのために拠点の大掃除をしていたらルーズリーフを見つけた。
せっかくだしなにか書こうと思ったが特に何も思いつかないし世界が崩壊したときのことでも書こうと思う。
きっかけはたったひとつの短い動画だった。
内容はよくあるカルト宗教のようなもので、まもなく世界は恐怖の帝王によって崩壊するだのその前に自殺しなければ絶望と魂の終焉が待っているだのと言ったなんかどこかで聞いたことがあるようなことを胡散臭いおっさんが唾をまき散らしながら叫んでいるだけのものだった。
普通だったら誰も見向きもしない気狂いの戯言として片づけられ、いまもこの世界は素晴らしき喧噪に包まれていたことだろう。
だがそうはならなかった。
動画が投稿された次の日いつもどうり高校で授業を受けていた俺は授業が始まったとたんに教師が流し始めたその動画を見てもなにも思わなかった。いやこのおっさん歯がきたねェなとかいきなりこんな動画流し始めてついにトチ狂ったんかこの教師ぐらいは思ったかもしれない。
だがクラスメイトの反応はそんなもんじゃなかった。
いつも明るいムードメーカーはぎこちない笑顔のようなものを顔に浮かべ泣きながらおっさんに向かって祈りはじめ、周りの奴らもそれに従うように泣きながら祈り始めた。
俺は怖くなって教室を出た。他のクラスを走って見て回る。共に部活で研鑽しあった仲間も、物心ついたころから一緒にいた親友も、顔をあわせるたび喧嘩ばかりしていた嫌いな奴もみんな笑っていた。笑いながら泣いていた。
そして最後にたどりついた教室で俺は見た。見てしまった。大好きだったあの子が逆さまに落ちていくところを。
聞いてしまった。狂気を孕んだ笑い声を、頭蓋が砕け命が失われる音を。
俺の中のなにかが砕ける音がした。
いまでもあの笑い声が耳の奥にこびりついている。
そこからは彼女を皮切りに笑いながら次々と窓に殺到していく同級生たちを避け必死に走り学校から出た。周りからは笑い声や悲鳴そしてなにか重くてかたいものが地面に叩きつけられる音が響き渡っていた。いつも釣りをしていた川にはひっきりなしに人が飛び込み、家族で花見をした桜並木には人が鈴なりにぶら下がっていた。必死に家に走った。
家に帰り部屋に閉じこもった。
その日は仕事が休みだったはずの両親はどちらも居なかった。
どのくらい時間がたったのだろうか。
笑い声が聞こえなくなった。なにも聞こえなくなった。
こうしていとも簡単に世界は崩壊した。