表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天地に遍く  作者: 朔月
9/16

09 ユルゲンという男 2

ユルゲンという男1からつながっています。


 隊列を組み、全体を囲うのは騎馬。幾らかの馬車、多くの荷馬車、と連なる調査隊は、王都を出立して六日目、予定より早くエゲル連峰山麓に入ることが出来た。そこからエマ峰中腹を目指し、イネス湖南岸へと辿り着く。

 それから拠点を設け、古碑群を基点に異状が無いか調べることとなった。不審に思ったら地図に標記、そこをテアが確認する、という手順を繰り返して二日、彼女がこれです、と告げた。


「この地割れが後に魔窟となるのか…」


 想像とかなり違った光景にユルゲンは小さく呟く。非常に長く不自然な山腹の地割れ。しかしそれは依然緑に覆われ、魔窟が開いた後のあの禍々しさは微塵も感じられない。炯眼には、初期の魔窟、と視える。ちらりとこちらを窺ったフーゴに軽く頷いてみせた。精鋭を見繕った同行の面々が、有能さ故か却ってテアの言葉に懐疑的なのだ。こういった点はフーゴに任せれば問題無い。


 地割れの長さがそのまま魔窟の大きさとなった場合、過去の記録と照らし合わせると、魔獣の発生期間は一年やそこらでは絶対に済まされない。ユルゲンは豊かな緑と地割れを眺め、二年後にやってくるであろう災禍に、覚悟を新たにする。


 ふとテアを見遣ると、彼女はしゃがみ込んで割れ目に触れ、じっとそこを見つめている。やっぱりあと二年なのか、と掻き消えそうなほど小さな声が聞こえた。変わらず淡々とした無表情の中に、苦渋が浮かんだ気がした。彼女の所為ではない。寧ろまだ二年もあるのだと、ユルゲンは言いたい。この場で、本当に口に出すことは叶わなくとも。


 テアの慣習を無視した行いは、神殿で厭わしく思われているだろう。だからと言って神殿預かりの神子を王家の者が表立って援助することは出来ない。彼女の言行で後にどれだけの命が助かろうと、神子には不遇が強いられる。悪しき慣習とやらの為にこれ程零落することになったと、神殿は未だ理解しないのだ。彼女を思う通りに動かせば、過去の栄華が戻ると信じている。


(契機さえあれば神殿から離してやりたいが)


 そんなことを思う己に、ユルゲンは少し戸惑う。


(やることが山積みで、それどころでは無いはずなんだがな)


 小さな背中を見ていると、どうしても何とかしてやりたいと思ってしまうのだから仕方が無い。テアがそんなことを望んでいるかどうかもユルゲンは知らないのだが、それでも尚、方法を考える。


「神子殿、ここで確認すべきことは、他には?」

「もうございません。あの、本当に今後のことは団長様方にお任せしてよろしいのでしょうか」

「ああ。何か案ずることがあれば報せて貰いたいが、二年後までの対策はこちらで行う予定でいる」

「ありがとう存じます。よろしくお願い申し上げます」


 ユルゲンの問いに振り返ったテアは、そう言ってしゃがみ込んだまま深々と頭を下げた。服や髪が汚れるのも厭わず、祈りを捧げるかのような、凛として清廉な仕草と佇まいだった。神子など本当に存在していたのか、本物なのかと胡乱げだった連中が、途端呆けたり俄かに居住まいを正したりしている。


「皆聞け。予定通りここから南西に下り、イネス平で野営する。拠点移動の準備にかかれ!」


 今さらな部下たちの行動に、指示を出すユルゲンの声音は意図せず険しくなってしまったらしい。するりと傍らへ戻ったフーゴが、魔力圧出てる、と静かに囁いた。






「己の未熟が露呈した」

「一切気にしてないのに一応口に出すの止めてくれない?」

「上辺だけでも反省しておくべきだろ?」

「上辺だけなら全く必要無いと僕は思う」

「圧で震えていた奴らはざまを見ろというやつだな」

「唐突な本音もほんと止めてくれない?」


 野営予定地に到着し、拠点の設営も恙無く終えた。遠征でこんなに問題が起こらず、円滑に事が進むのは初めてではないかとユルゲンは思う。どんなに念入りに準備をしても、不測の事態というのは事の大小に関わらず起きるものだ。今回のように山や湖、変わりやすい天候といった自然が相手であるならば、特に。


「テアが居るからか」

「そうだと思うよ」


 同様のことを感じていたのか、ユルゲンが何と言うか分かっていたかのようにフーゴは返してきた。天幕の外からは、めいめいに食事を摂っているらしい喧騒が聞こえている。


「神殿で孤立していながら何とかなっているのも、神子の能力の一端だと思うか」

「いっそ清々しいくらい思う様行動出来ているようだからね。向こうが久々の顕現に遠慮しているとも取れるけど、六年以上神殿に染めようとしてそれが儘ならないのなら、それは彼女の力じゃないか?」

「歴代の神子が遺した記録や日記は、神殿がすべてと謂わんばかりの様相だが」

「それが太陽神の望む神子の姿とは違っていた、という仮定はどうだろう」

「神の意に背き続けてきた結果、長らく神子を遣わすことをしなかったと?」


 そして遣わしたからには、己の望むままの神子であって欲しいとでもいうのか。

 神という信仰の対象であると同時に、“彼”は建国の父、エーデルシュトアの始祖である。初代の王の座から退位する際に神格を得て太陽神となったが、当然ながら自然信仰とは存在を異にする。国の始まり、暁の太陽を象徴する始祖エンドヴェリクス。その意思、感情。


(本当にそうであるなら、随分と思い入れの強いことだな…)


 テアは今までの神子とは違い、より太陽神に近い存在なのかもしれない。神殿に虐げられずに済むのなら結構なことだ。だが唯でさえ判然としない神子の能力が、余計に漠然としたものになった気がする。それを戦略に盛り込む立場に置かれるだろうユルゲンは、どうしてか苦々しい気分になるのだった。






 帰還後、ユルゲンは直ぐにエドゥアルトと謁見した。資材や人員、残された時間の問題で、ある程度の大きさの防塞しか建造出来ないことであったり、その場所や数についてであったり、大まかな部分はその場で即決された。他は最優先で議会に掛けるとし、そこに立ち会うことを確約させられる。意外に思いながら承諾の意を示すユルゲンに、エドゥアルトは言った。


「二年後、戦線が其の方の主導となるのは必至。それ相応の心構えですべての場に臨め」

「仰せのままに」


 他者の目も多数あるのに明言するとは珍しい。戦いのみに使う駒だと周囲に示したかったのか。そう思うも真意はエドゥアルトにしか分からない。通常の勤務と議会の兼ね合いを考えながら、ユルゲンはその場を辞した。






 魔窟に関わるほとんどの議題が議会を通過した頃、エドゥアルトの王命を奉じ、必要と目される場所で防塞の建設が始まった。同時に街道の整備も行われる為、労働階級から第一級罪以外の囚人まで、これでもかと人員が投入されていく。監督、指導に当たっている国軍諸師団の工兵大隊からは、ひっきりなしに陳情書が届いているが、それら全てを鑑みる余裕は無い。


 その頃から、もっと早く予見できぬものかと戯言をほざく者が、嘆かわしいことに王城では多数存在した。そんな不届き者たちに、戦地に赴くまで己の力(炯眼)が及ぶ限り正当な罰を与えてやったのは、ユルゲンの良き思い出だ。どんな人間でも一つや二つ、致命的な恥や罪を隠しているものなのだ。神子を貶める者は未だ在る。戻ったらまたやるかと思うくらいには、清々した気分になった。


 神子の到来からおよそ二年。予見と違わず魔窟から魔獣が現れたとの報が入った日、ユルゲンは神殿に赴いた。ふた月前の先遣隊の出征以降、助力を求める旨の書簡と使者を、国王の名で再々送っていたが、知らぬ存ぜぬを貫き通してきたような神殿である。何をするにも全く信用ならないと、ユルゲンは単身神殿に、即ちテアに会いに来たのだ。


 先触れなどどうせ無視され意味を為さない。無礼を承知の上での訪ないだったのだが、分かっていたらしいテアは立派な体躯の黒馬を傍らに、神殿の門から死角になる前庭に出ていた。小さな鞍嚢を二つ下げただけの、遠乗りとも旅装ともつかない様子である。


 会うのは魔窟の場所を特定して以来だ。だというのに、見た目があまり変わっていないように思われる。成長期じゃなかったかと思いながら、声を掛けた。


「分かっていたか」

「何となくですが。破棄された陛下からの書簡も、つい先ごろ目にしまして」


 テアは丁寧に礼を執った後、中に居ては邪魔が入って団長様には会えなかったでしょう、と言うので、呼び名はユルゲンで良いし、礼も特に必要ないと言ってみる。神殿の教えが腹立たしかったのと、単純に面倒なのと、理由は半々だ。


「王族は敵だとよく聞かされるのですが、ユルゲンは神職より余程まともです」

「一応光栄だと言っておこう。君は馬に乗れるのか。一応馬車の用意もあるのだが」

「馬車では時間が掛かり過ぎます。乗馬は人並みですが、足は引っ張りません。あなたは剣技だけでなく、魔術も相当な腕前と聞きました。自分だけでなく、乗る馬にも強化が施せますね?」

「ああ。かなりの強行軍になるが、構わんのだな?」

「構いません。オーレリア、無理をさせるが頼む。ユルゲン、先導をよろしくお願いします」


 騎士団なら馬車で一週間、騎馬で三日程度の道のりを、一日半で駆けた。側近や護衛は通常通りに来させ、伝令も務める魔術師の影一人だけが同行する。一日半の間に、先遣隊にいくらか討伐されつつも魔獣は五十頭程になっており、その数よりも穢された土地の様子が悲惨だった。魔窟が開く前の様子を知っているから、尚のこと酷く見える。


太陽(スーラァジュ)───星河(シタラナディ)


 咄嗟に身体が動いた、という様子で馬を降りたテアが、小さく呟く。その後にまた言葉が続き、それは不思議な節と抑揚で、呪文の詠唱というより祝詞のようだった。この国の現代語でも古語でもない何か。唱え終わったと思ったら、見下ろす先の魔獣の上へ、術式らしきものが広がる。


 一度燃え盛る炎のように揺らめき光って消え、魔獣が掻き消えた。再度浮かんだ別の式が、今度は夜空の無数の星のようにきらめいて消え、土地の穢れが無くなった。


「ユルゲン、この場にわたしを連れて来てくれたこと、心から感謝します。少なくとも今の二つの術が、あなたの助けになるかと。それ以外のことはわたしにもまだ分からない…だけど、ここに留まらせてもらえますか」

「───こちらから、願い出るつもりだった。よろしく頼む」


 ユルゲンはそれだけ返すのがやっとだった。

 イネス湖は美しいままで、彼は眩しさに目を細めた。






 ───魔獣が現れて、ひと月程経った。


「テア、一つ相談なんだが」

「ふぁい、…なんれしょう?」

「魔獣の毛皮は残せるか?」

「……魔狼の?」

「可能なら魔狐もだな」

「魔獣の毛皮は再利用できる?」

「そういうことだ」


 魔窟から出てくる魔獣は、まだ小型のものがほとんどだ。しかし、群れで行動する獣種は囲まれる恐れがあり、中型より危険な場合がある。テアの太陽の陣はそういった数の多いものを倒すのに非常に有用だが、戦により国庫が厳しくなるのも、またひとつの真理なのである。


 魔核──魔獣にとっての臓腑だ──ごとすべてを滅するテアの術では、屍骸が残らない。けれど武器や魔術で倒したものは、止めで核を滅したとしても、そのままの状態で残ってしまう。綺麗に倒すと何も得られず、屍骸は残っても使える部位がない。考えてみれば、もどかしさがあるにはある。


 昨日、ユルゲンの部下である第二副団長、アルベルト=クラウゼヴィッツが、傷だらけで使える部位の無い骸をまとめて焼きながら、テア様の魔術なら毛皮だけキレイに残したり出来そう…とぼやいていた。彼の魔力が多いばかりに延々魔獣を火の魔術で焼かされ続けていたので、穢素(えそ)の厭な臭いと疲労の末に、うっかり口をついて出たのだと思われる。


「とりあえず試してみる…としか言えない」

「焚き上げで変になりそうな奴の思い付きだ。無理でも全く構わん」

「ふーん? ごちそうさまでした」


 お焚き上げ? 魔獣の弔い…鎮魂? と首を傾げながら、食堂で共に朝食を済ませたテアは、今日も当然のように回廊への階段を上る。突然押し付けられた役目だ。それも居場所も家族も奪われての無体の末に。それでも彼女はそんな世界を助ける選択をして、事実多くのものを救ってくれている。だというのに認めぬ者も、疑う者も、まだ存在する。


「あれ。ユルゲン、朝の会議は?」

「毛皮、試してみるんだろう。頼んだ以上は見届ける」


 言いながら伝令を飛ばせた。今日の小言は甘んじて受けようと思う。


 ユルゲンの胸中は穏やかでないのだが、当のテアはまるで気にしていないらしく、つい毒気が抜ける。誰が何を言っても自分に出来ることは限られていて、それをするだけなのだ、と動きの乏しい表情筋で微かに笑う。神子であること以上に、テアの存在は恭しく尊く感じられる。清白とはこういうものだったなと、憂いなど知らなかった幼い頃を思い出す程に。


「外身だけ…中身は消す…肉は食べられない?」

「無理だな。獣の餌にはなる」

「毛皮…中身要らない…外殻…牙…」


 回廊に上がると、お誂え向きに魔狼の群れが彼方から駆けて来る様が見えた。待機要員に打って出なくていいと魔術で合図を送り、手をやや下方の中空に翳そうとしているテアを見る。金の瞳が煌めいた──…ように、見えた。


月光(チャンドニー)


 群れの上空に浮いた術式は、太陽の陣の燃えるような赤とは全く違っていた。薄く淡い、黄金。テアの詠唱が終わると、それは柔らかく光り、消えた。魔狼が居た場所を確認すると、何かが残っている。見張りと待機の人員が確認に向かっているのが見えた。


『回廊、第三騎士団より前線、魔狼はどうなっている?』

『空気の抜けた風船のような…とにかく外皮を残してペラペラになっています』

「肉どころか骨も無いじゃねーの。血の匂いも汚れもねぇ。毛付きの革袋になってら」

「魔核もキレーに消えてんな。頭蓋も無いけど…あれ、歯はバラバラ落っこってんぞ」

「ほんとか。でかい個体なら牙が使えるんじゃねぇか?」


 通信具は受信または送信のみではなく、双方向通信を起動することも出来るし、周辺の音もある程度拾う仕様だ。皆が戦況を知れるようにそのように改良されてきたのだが、彼らはそれを知らないようだ。混乱を招きそうな時は収音機能を下げたりもするが、今はお陰で状況が早く伝わったので有難い。


「テア、上手くいったようだぞ」

「ふへぇ…神子の能力ってどうなってんでしょうねぇ…」


 術の成功よりもそちらが気になって仕方ないらしく、自身の両手のひらをまじまじと眺めている。


「今ほど技術が進歩していない頃、魔獣の素材はより貴重だっただろう。呼び名は神子によって違うだろうが、同じような術を考え、作った者は居たんじゃないか」

「確かに…勝手に現れて勝手に不毛地帯作られるだけなんて、割に合わないよな」


 そうか、いつの時代にもあった術かな、と、テアはいくらか安堵したようだった。


 煩い外野より何よりテアこそが、どこか自分を認めずにいる。彼女にとっての神子の能力は、己に降りかかる災厄の兆候だった。その後のことは、災厄そのものだったと言ってもいい。その上、何かから学んで上達していくのではなく、こう出来たら良い、と考えている術が実現するのだ。以前に、この見た目も能力も気持ち悪い、といつも通りの無表情で言っていた。


 こんなに救われているのに。

 こんなにも待ち望んでいたのに。

 重荷を背負わせることしか、


(出来ないのか? 私は。…とんだ無能だな)


 こんな時、側妃アガーテの憔悴しきった表情、姿が勝手に脳裏に浮かんでくる。思わず舌打ちが洩れたが、それを掻き消す大音声が鼓膜を劈く。


「テア様! 今廊下で聞いたんですけど、魔狼を毛皮だけにしたって本当ですか!」

「…早朝から元気ですねヴィッツさん。わたしは実物を見ていませんが、多分そうなったのではないかと」

「やった! 俺毎日毎日魔術を火葬に使ってて、鼻が馬鹿になりそうだったんです。助かります」

「なるほどお焚き上げはお前か…」


 両の耳を手で押さえながらも、テアは律義に言葉を返している。


 アルベルトは、魔窟調査の折からテアに懐いていた数少ない人物だ。伯爵家の次男であったのだが、両親が早逝し、継いだ兄は当時成人したての十五歳、それを補佐するアルベルトは十二歳だった。十歳だった長女までも、屋敷の差配を手伝ったと聞く。


 クラウゼヴィッツは古くからの武の家門で、優秀な騎士を多く輩出している。彼の父は前騎士団総長、母はどこにも属さない白の魔術師。共に、前回の魔窟発生で命を落とした。騎士団総長の穴を埋めるのはジークハルトしかおらず、しかし第四騎士団を任せられる者がいないまま、現在に至っている。


「あ、団長おはようございます」

「ああおはよう。その歓びで犬っころみたいに突っ込んで来るのを止めろ」

「だって今日から無駄に多い魔力消費しとけ、とか言われずに済むんですよ。水が得意なのに火ばっかり使わなくていいんですよ」

「えっ、火の魔術が得意な人が炭を作っているんだと思っていました」

「普通はそうしますよね? でも炭は作ってません、焼いてるだけです」


 テアに対しても一応訂正を入れる辺り、アルベルトは優秀だ。どこか、というかかなりの部分で浮世離れしているテアと、言った言わないの水掛け論が発生した際、大いに助かるのがこうしたフーゴやアルベルトの一言であったりする。


「……魔獣って、魔窟で生み出される源素でできてるんですよね」

「あ、もう聞いてないですねこれ」

「お前はテアの扱いが上手くて助かるな」

「単にテア様がいい子なだけですよ」


 時折フーゴも同じようなことを言うが、アルベルトのそれは重みが違う。彼には五つ下にも妹がいた。生まれつき病があり、母親の白の魔術で生き長らえていたという。同じ術を施せる者はとうとう見つからず、両親の死は、やがて次女の死となった。


「魔獣は魔窟に溜まった穢素から生まれるが、それがどうした」

「土地にするのと同じように、お焚き上げする魔獣を浄化で消せないかなと」

「テア様、別にお焚き上げでもないんですよ、って、え、本当に?」

「いえ、やってみないと分かりません」

「いい案だとは思うが、そうだな…テアだけに頼る訳にもいかない」


 魔獣を最も多く倒すのはテア、骸の後始末もテア、怪我人が出たらそれも、より重傷であるほどテアが治癒する。それでは騎士団など、指示だけ出してあとは飯を食らって寝るだけの穀潰しになってしまう。


 彼女が現状を少しでも良くしたいと思うのも分かる。そう考えてくれることは、戦場に出ている皆にとって嬉しいことだろう。だが、まだ始まったばかりなのだ。領分の線引きはしっかりとせねばならない。何せテアの魔力量がどの程度なのかすら、未だ分かっていないのだから。


「確かにそうですね。我々がタダ飯食らいになっては困ります」

「テア、騎士には誇りと誓いがある。国軍兵士にも、魔術師にもだ。お前にも、出来ただろう?」


 死にはしないが生きてもいない。太陽神の啓示を享ける前はまるで幽鬼のようだった、と二年前に繋がりを付けた神殿騎士が言っていた。毎日きちんとすべきことをする。あらゆる分野において覚えも筋も良い。だが、彼女はそれだけだった。


 いまは違うといい、変わっているといい。

 生きる意味が生まれたならば、どんなに。


「……うん。そういえば、いまはある」

「…そうか」

「うん。わたしにもちゃんとある。ありがとう、ユルゲン」

「えっ団長いいな、ユルゲンて呼ばれてるんです?」

「アル、わざと場の空気を読まないのも止めろ」

「ヴィッツさんをアルベルトって呼んでいいの?」


 いいに決まってるじゃないですか~とテアを抱えて文字通り振り回しているアルベルトを見ていると、結構様々なことがどうでもよくなってくる。


(私も、私にやれることをやるだけだ)


 誓いと戒めを胸に、そうするだけだ。

 だからテア、一人でやろうとしなくていい。








「ユルゲン殿下? 入らないのですか」


 人目がある時だけある程度丁寧になるテアの声に、はたと意識を戻す。指揮所の天幕の前だった。あれから二ヶ月、随分健康的な見た目になったなと、神殿への腹立たしさと共に以前のテアを思い浮かべる。表情が極端に少ないのと背が小さい点については、まだ時間が掛かりそうだ。


 会議はほぼ毎度さっくりと終わり、ユルゲンは前回の魔窟発生との差を考えずにはいられない。それをもたらしてくれる少女は大柄な者たちをトレントだとぼやいていたりするものだから、笑えばいいのか呆れればいいのか。

 大概年相応とは思えないことばかり成し遂げるテアだが、たまに幼児のようなことをする。偏った情緒は彼女を取り巻く環境の所為と思えば、生半な反応もできない。


「ユルゲンがなぜ最初からわたしを信用してくれたのか、不思議に思っていた。その目があったからなんだな」


 広い天幕にフーゴと三人だけになった時、テアがそう言った。信用とは、とユルゲンはしばし考えて、神子であることや啓示のこと、魔窟の発見に関わることだろうかと思う。確かに炯眼でも確認した。それはそうだが、仮令この目がなくとも、ユルゲンはテアのことを信じた。


「あってもなくても信じたぞ。事実でなければ、十やそこらの子どもがあんな気迫で王族に物申したりしない。嘘など言えば命がないと知っているのに、これが魔窟だと示したりもしない。それに、私のこれは信用ではない。信頼と呼ぶ」


 彼女は対外的な理由がある場合の外で、ユルゲンが自身を私と称すとき、何より大切なことを言いたいのだと、何となく気付いている。だから今は、敢えて私と言う。そのまま見遣っていれば、まだ不器用なままの笑みを見せた。


「わたしもユルゲンに指導を願ったときから、あなたを信じ抜くと決めている」


 この歓喜は自身のものか、太陽神のものなのか。

 今は、分からなくともいい。そう思った。






ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ