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青蔦の若君と桜の落ち人  作者: 楡咲沙雨
第二王子の出奔
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神官長の死

その日の深夜、王城とは反対側の丘に立つ神殿で、年老いた神官長は毎日の務めである月に祈りを捧げていた。ちょうど月が真上に来た時に光をすべて集めるように魔道具で整えられた、神殿最奥の神官長と王族しか入ることができない信託の間。現王の結婚も戴冠も執り行った神官長は、自分の衰えを感じ、来年の春を待って退くことが決まったばかりで何事もなく済んだ自分の代を神々に感謝していた。


「常春の国より言祝ぎを申し上げる。恵みに富みたもう、あまねくおわす神々よ。あなたの豊かな加護に感謝し、我が国の民が清く正しく、御心に適うものとなりますよう祈りたもう。」


「清く正しく・・・か。さすが神官長ともなるということに重みがおありになる。」

「どなたかな? ここは立ち入りが許されているものは少ないが。」


後ろからやってくる黒づくめの人物。慌てず神官長は尋ねるが、その瞬間、己の半身を氷が包みこむのを感じた。


「氷魔法の無詠唱など。高位の加護を持ちながら、これはなんと横暴な。」

「王妃の神殿契約を破棄しろ」

「できぬ。神殿契約は神聖なもの。一度結ばれれば、二度とほどけぬ。」

「伝承にはほどいたものがいるとある。神官長ならばご存じであろう。」

「知らぬ」


キリキリと氷の厚みが増していく。しかし神官長は穏やかに笑ったままだ。


「強情な。」


氷の刃が瞬時に男の手から放たれ、神官長の上半身を切り刻む。真っ白の光沢のあるローブが見る間に赤く染まっていく。しかし、神官長は顔色一つ変えず、ただにこやかに目の前の男を見つめる。


「言え。契約を破棄する方法を。」

「私は言うべき言葉を持たぬ。神への信仰と人への愛はだれにも負けぬ。それこそが神官長たる私の矜持。」


そう告げて、はっとしたように神官長は顔色を変えた。

「思い出した。そなたのその声…なぜおぬしが!? それになぜおぬしが氷魔法を使う!」

「さすが神官長。ばれるのが存外早かったな。仕方がない、別の方法を取ろう。。。いかに神殿契約といえど、片方が死ねば契約は無効。そうであろう?」

「何を言う。恐れ多くも神殿契約は王と王妃で結ばれたもの。片方とはどういう意味じゃ。」

「言葉通りの意味だが、間違ってはいないだろう?」

「王の『唯一』に手出しすることなど、神は許されぬ!」

「うるさい。何が『唯一』だ。神の下僕は黙れ。」


神官長の叫びに、男は苛立ったように手を振るう。その瞬間より大きな氷の刃が神官長の胸を貫いた。


「ぐっ・・・・ふっ・・・」

「神などもういらぬ。あの方を悲しませた罪は償ってもらおう」


そう言いながら、男は再び静寂に戻った神殿を後にする。

溶けない氷の刃を見ながら今際の際に神官長はつぶやく。


「そうか・・だから氷を・・・ジャンルード殿下、どうかご無事で・・・神よ。殿下をお守りください。敵がすぐそば・・・に・・・」


最後の力を振り絞り事切れた神官長。その手から紡がれた弱い光は鳥の姿へと形を変え、月の光の下を王城へと飛び立った。貫かれたまま穏やかな死に顔で息絶えた神官長を真上に上った月の光がまるで悲しむように淡く照らし出していた。


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