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青蔦の若君と桜の落ち人  作者: 楡咲沙雨
辺境の街 マノア
34/40

あなたは誰かの運命の人

文中に自死に関わる文章があります。あしからずです。

 途中の村で昼食休憩をとった後、さっそく美桜たちの馬車にギリアンが荷物ともに乗ってきた。足元のハティとスコルには少々怯えたようだったが、さすが商人、それよりも今後の商売への意欲のほうが勝ったようだ。美桜としても、バクストンが栄えるのは嬉しい。だって自分の場所だもの。


「これがギリアン商会で扱っている物のリストとなります。ぜひ何かご助言いただけるものがあったらお教えください。今度こそ情報料を払わせていただきますので。」

「こんな大事なもの。商売敵に見せたら大変な奴じゃない。」

「お嬢様には商才の加護までおありか? そうでございます。しかしそれもお嬢様になら構いませぬ。」


 そう言ってギリアンが差し出したのは、たくさんの商品名、特産地、取引相手が記載されている本だった。美桜はパラパラとめくりながら、何か特産になりそうなものが他にないかと読みふけりだす。

「石鹸があるね。どんなやつ?」

「これでございます。バクストンでも作っておりますが、他領との差別化を図りたいのです。」

「辺境限定の香りのいい植物や花はないの? 香りづけに混ぜ込んだら? 薬草混ぜたら薬効とか出ないかな。」

「山からの恵みですな。確かに。それなら確かにバクストンの個性が出ます。」

「あと、このキノコ。乾燥させてる?」

「乾燥でございますか? これはオイル漬けにして瓶詰で流通しております。」

「食べたことがわからないけれど、オイル漬けで美味しいなら乾燥してもおいしいはず。出汁が出るし、ほかの料理にも使いやすいんじゃない?」

「確かにおっしゃる通りでございます。お嬢様は何と博識な・・・。」

「前住んでいたところにあるからね。山脈が近いってことはイノシシとか鹿も多いんだよね。ベーコンとかハム、かなぁ。椿の油とかどう?髪にいいんだよ? あとは品名じゃわからないな。バクストンについたらお買い物して料理してみたいな。」

「椿油でございますか? 料理には使用いたしますが髪になど・・・。ぜひとも市場へおいで下さい。商会をあげてお手伝いさせていただきます!」


 サーシャと代わり、室内の警護に回ったジャンルードは、美桜のこの知識に驚きを隠せずにいた。『落ち人』とはこれほどの者か。だからこそ躍起になって国を挙げて探し出すのかと。守らなければ。絶対に。


「美桜はすごいな。」

「え。そんなことないよ。思いついたことを言ってるだけだもの。自分が発見したわけじゃないし。先人の知恵ってやつだよ。」


照れて赤くなる美桜にジャンルードも笑いだす。そうしてギリアンの熱い商売っ気に当てられながら森を抜けて草原に出たところで、馬車の一団は停車した。窓を開けて外を見ると、後ろは森、前方にはマノアではまだ遥かに見えていた大山脈が雄々しくそそり立っている。


「美桜。エミリオ。ここで一泊だ。今から進んでもバクストンにつくのは夜遅くなってしまうからな。いつもならそれでもいいが、美桜は旅が初めてだろう? 日が明るいうちに街道を見せてやりたいしな。」


 御者席からひらりと降り立ったカイドにそう言われ、見渡すと、確かに傍には小川が流れ、草が刈り取られた広い広場があった。カイドの気遣いに美桜は嬉しくなって抱き着いた。父というより、溺愛してくれる兄といったほうが正しいのかもしれない。自分をこんなにも甘やかしてくれる「家族」。美桜にとってはずっと欲しかったものだ。カイドは抱き着いてきた美桜の頭を撫でると、護衛達に指示を出し始めた。


「さて。今夜の準備をしようか。なにかてつだえるかい?」


興奮して自分の馬車へ戻っていくギリアンを見送り、ジャンルードは、到着した今夜の野営地の準備に取り掛かろうとする美桜に手伝いを申し出る。まだ日は高い。他の隊商の面々ものんびりと馬の手入れをしたり、木陰で休憩をとっている。


「そうだなぁ。あ、じゃあ美味しいお肉でも取ってきてくれる? 今度しようねって言ってた「バーベキュー」しようよ。」

「あぁ。それはいいな。ハリーと獲物をとってくるよ。」

「うん。ハーブもあったらそれも。きっと森ならあるでしょう?」


 あぁ。美桜といると毎日ワクワクできる。自分が今までどんなに冷めて生きていたのかがわかる。ジャンルードは自然と美桜の頭をポンポンと撫でた。


「えっ。どうしたのいきなり。」

「美桜といると毎日が楽しい。ありがとう、美桜。行ってくる。ハリー!」

「なっ・・・!」


 そうハリーを呼びながら、眼鏡の奥で瞳がやさしく揺れている。輝くばかりの笑顔を残して去っていく後姿を、真っ赤な顔をした美桜は見送ることしかできなかった。頬が熱い。それを振り払うように、テーブルやいす、かまど、野営用の焚火の準備をする。椅子に腰かけて揺れる火を見ていると、まだ癒えていない心がチクチクと痛み、心はすっと冷えていく。あんな風に『彼』も最初は私に笑いかけてくれてた。けれど。


「・・・人の心は怖い。いつか変わる。」

『『美桜? 』』


足元にいたハティとスコルが心配そうに見上げる。美桜は二匹を撫でながら呟いた。


「母様や父様は平気。『家族』だもの。だけどそれ以外の気持ちは怖い。信じきれない。」


札幌に住んでいた彼と美桜が付き合う前。その前の彼は自分で自分の命を散らした。理由は様々あったようだったけれど、「理由」など何の意味もない。居なくなってしまったという「事実」だけが美桜を蝕んだ。暑い夏の日の午後、かかってきた一本の電話。手に持っていたペットボトルが落ちて床に水たまりをゆっくり作っていったあの瞬間。慌てて駆けつけてみれば、ドライアイスに囲まれて冷たく冷たくなってしまった彼の頬。何かから解放されたような穏やかなその顔が無性に悲しかった。自分がこの世に留まる枷になれなかった。錨にもなれなかった。それがさらに美桜を打ちのめした。それから4年。誰とも付き合えず、付き合う気もなかった美桜の心を1年かけて解きほぐしたのが札幌の彼だった。それなのに。


クウン。

ハティとスコルが美桜に頭を寄せて心配そうに鳴いた。美桜はふっと笑うと二匹を優しく撫でる。


「大丈夫。今になってみたら、あの人に対しての私もダメなところはたくさんあった。同じ熱量で愛してあげられていなかったかも。とは思っているの。だからと言って、じゃあ次。ってわけにはいかないよ。怖いもん。もうやなんだよ。あんな思いするの。」


「心配いらないわ。恋は落ちたくなくても落ちるものだから。好きなだけ時間をかけなさいな。」


ふわっと背後から抱きしめられて優しい声が頭の上から降ってきた。


「母様!?」

「私もね。最初はカイドから逃げ回ったのよ? 自分は平民上がりの冒険者。相手は領主。バクストンの鷹と呼ばれる貴族の一翼。どんなに『唯一』だから。と言われたとしても、じゃあ。と踏み出せる相手ではなかった。だから逃げた。けれどね、逃げても自分の心からは逃げられない。自分の心もカイドが運命だと叫んで、どんどん惹かれていった。」


「いつか・・・いつか私にもそれがわかると?」


「えぇ。何を差し出しても守りたい、自分を犠牲にしても構わない。いつかそう思える相手が現れる。その時は怖がらずにぶつかればいいのよ。ダメだったとしても大丈夫。この世界のあなたの親はあなたが嫁に行かなくてもずっと守れるだけの力はあるわ。ずっと側にいてくれたっていいのよ。」


「母様・・・っ。」


回された手にそっと頬をのせるとサーシャはギュッと抱きしめ返してくれる。


「美桜の世界と違い、ここは神の祝福が目に見える世界。愛の女神、ルシタルテ様の祝福で男の手には紋章が、女の胸には花が現れる。話したでしょ?」


「えぇ。父様が見せてくれた。植物の紋章の中に母様のダリアが咲いていた。」


「そう。ルシタルテ様の啓示によってまず男の紋章の中に花がうっすらと現れる。それに従って男は探すわ。運命の片割れを。そしてね。確かにその花と違う花を持つ女性と結婚する者もいるけれど、それは色のない者たちの話。【色付き】(カラーズ)は絶対に出会うの。あなたにもあるわね?色のついた花が。ならば、今この瞬間も、あなたをどこかで探しているわ。あなたを絶対に裏切らない、あなただけの人が。だからゆっくりこの世界に溶け込みながら待ちなさい。大丈夫。私たちが側にいるわ。」


ふっと美桜の心の奥に火がともる。子供の時から風が通り抜けて寂しい悲しいと悲鳴を上げていた心の穴が埋まっていく気がした。この世界に飛ばされた。それは私の運命がここにあったから? だとしたら。


「ありがとう。本当に私は母様の元に来れてよかった。お母様と呼べて本当に嬉しい。」


「何言ってるの。それは私のセリフよ。あなたが来てくれて、私もカイドもどれだけ幸せか。あなたは私たちの大事な娘。絶対に幸せにしてみせる。守ってみせるわ。」


「そうだぞ。そんじょそこらの男にこんなかわいい娘、簡単にやってたまるもんか。」


サーシャごといつの間にか側にいたカイドに抱きしめられ、くるくると回される。そんな二人に癒され、自然に心から笑うことが出来た美桜は、サーシャと共に食事の支度に取りかかり始めた。愛する妻と娘の姿を後ろから眺めながら、カイドは少し意地の悪い笑みをこぼす。もう美桜は出会っている。自分の運命と。絶対に裏切らない自分の片割れと。今のところの問題は。


――少しばかり男がヘタレなんだな。これが。

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