コーヒー一杯で幸せを
領主代理と仕事の打ち合わせが終わったカイドが、出立の合図を出したのは朝陽もだいぶ昇った頃のことだった。たくさんの人に見送られ、馬車はゆっくりと街道へと出る。最初の御者はカイド、隣にはエミリオが座り、ハリーは貨物室の中につくられた後部確認用の座席へと移動した。美桜は初めての遠出にワクワクが止まらない。
「母様あれは何。」
「モリンダの樹よ。実からいい油がとれるの。」
「母様あれは?」
「あれはエール小麦の畑ね。美桜ったらはしゃいで子供みたいに。楽しそうでよかったわ。道が悪いから気分が悪くなるかと心配していたの。」
そんなことはない。確かに道は轍がひどく、ガタゴトと揺れるがたくさんのクッションと敷物でなんとか耐えられる。山道を4WDで走り回るようなものだ。それに。
「そろそろ休憩とるぞー。」
妻と娘を甘やかすカイドが、普通の冒険ならこんなに取らないという休憩を体感2時間くらいで言い出した。
甘いのだ。でも。
「よし。お茶にしましょう。母様。」
「そうね。お願いしてもいい?あなたは本当に家事が上手でうらやましいわ。」
馬車から降りると、森の中にある開けた休憩所だった。ほかの隊商もいる。とりあえず人に見られても困らない魔法が使えるようになって良かった。美桜は腕まくりをすると
「椅子とテーブル。かまど。『製作』。」
馬車を止めた隅のエリアで、地面に向かって手を伸ばす。見る間に土が盛り上がり、テーブルとイス、かまどの形に成形された。それに敷物を敷き、かまどに火魔法で火をつけると、ポットを取り出しかける。おやつの時間だ。次の休憩はお昼だというから軽めに。んー。ビスケットを温めて。クリームとジャム。それにコーヒーと紅茶。アーヴィンからもらってきた調味料や食材を入れた保冷の魔法がかかっている木箱が本当に助かる。あっという間にテーブルの上にはクリーム付きのビスケットと、ジャム入りの紅茶、コーヒーが揃った。クリームを使い切った瓶に水を入れ、野花を入れるのを忘れずに。雰囲気は重要だ。
――あれが「休憩」?
くるくると動き、お茶の支度をする黒髪の少女に、ほかの隊商の者たちはあんぐりと口を開ける。こんなところでそのような『お茶』の準備をする者はいないからだ。するとしたら水と干し肉を口にする程度。休憩とはそういうものだと誰しもが思っていた。けれど。この少女は違う。彼女の同行者たちは慣れた様子で土の椅子に腰かけ、彼女の用意したものを喜んで口にしている。
「失礼ながら、カイド様とお見受けいたします。隊商のギリアンでございます。御挨拶をさせていただいても構いませんか。」
「おぉ。ギリアンか。久しぶりだな。最近は顔を合わせられず済まない。良かったらこないか?」
隊商の長が挨拶に向かうと、カイドが手招きをした。少女がにこっと笑い、椅子を新たに作り上げる。敷物をひかれたそれに座ると、カヘーか紅茶かを尋ねられ、瞬時にコーヒーが目の前に出された。なんだこのカヘーは。
「なんという香気。なんという美味さ。こんなカヘーは王都の店でも飲んだことはありませんぞ。カイド様。これは一体どこでお求めに。」
「ん?お前のところからだが?」
「そんな馬鹿なっ。確かに最上のものをお届けいたしておりますが、それでもこんな香気は出しておりませぬ。」
「あぁ。美桜。紹介しよう。バクストン領都で店を構えているギリアン商会のギリアンだ。お前の気に入ったカヘー豆の売り手だよ。ギリアン。これが新しく俺の娘になった「ミオ・ヴェルノウェイ」だ。」
「美桜と申します。初めてお目にかかりますね。いつも美味しいカヘーをありがとう。」
「美桜様。初めまして、ギリアンでございます。お尋ねさせていただきたい。これは一体どのように入れたカヘーでございますか? 香気が全く違う。どうしてでございますか?」
――おぉ。食いつきがすごい。
一瞬ひるんだ美桜だったが、カイドが頷いたので手順を見せる。
「ギリアンさんのところから買い求めた豆は、少々「煎り」が甘く、均一ではなかったのでフライパンで煎り直し、私の祖国の入れ方で入れております。美味しいのにもったいないので。お見せしますね。」
そう言うと、美桜は豆の袋からコーヒー豆を取り出し、コーヒー豆用に作ってもらった取っ手付きのざるに入れ、乾煎りをし始める。初めてこちらに来て飲んだコーヒーが少し青臭く、香りが薄いのが気になって、アーヴィンのところで見せてもらったのは茶色い豆だった。違う。もっと黒くなければ。そう言って煎りだした美桜に最初はみんな驚いたものだった。遠火で煎られていく豆は徐々に黒くなり、艶々と光りだし、香気が周り一帯に広がっていく。
「なんと・・・ここまで煎るのですか。乾燥目的で煎っておりましたが、そうではないのですね。」
「えぇ。乾燥ではなく、香味のためです。この色まで煎り、風の魔法で急冷します。お母様お願い。」
「はいはい。私でも出来ることがあって嬉しいわ。」
人がいる時に使う魔法は2属性のみと固く言い含められている美桜は、サーシャに頼み、サーシャは指を動かすだけで難なく豆から熱気を奪う微風を送ってくれた。
「自分の熱で余計に焙煎されてしまうので、好い加減になったら、火から外して冷やします。そして、こちらは粉にして飲むのではなく、煮出していたのでそのままではちょっと私にはつらくて。なのでこうします。『粉砕』。」
見る間に豆は粉砕され、粉に変わる。ちょうどいい中挽きだ。それをコーヒー用のポットに入れ上からお湯を注ぐ。フレンチプレスだ。ネル生地がまだ見つからないのでこれしかできない。それでもこれで十分美味しいのだ。そうやって出来上がったコーヒーを美桜が差し出すと、再度ギリアンは飲んで確かめる。
「我が豆がこのように変わるなど・・・。美桜様、この方法をお売りいただけませんか。国境より運ばれてくるコーヒー豆は、辺境伯様の御許可により、すべて我がギリアン商会が担っております。この加工を施し流通させたならば、よいバクストンの特産となります。ぜひとも。」
「美桜。好きにしていいぞ。」
カイドにそう言われ、それならばと美桜は言う。
「では、差し上げるから条件を付けてもいいかしら。焙煎の工場を作るなら、親のない子、仕事のない人、何かしらの問題があって仕事ができない人を優先して雇ってね。あと、相手先にコーヒーの入れ方を教える時は、美形のお兄さんにやらせてね。絶対に奥様方が食いついてくれるから。それからえーと、ギリアンさんがもし儲かったら、大丈夫な範囲で孤児院とか学校に継続して寄付してくれる? こちらにもあるのでしょう?お父様。お母様。」
一同は驚いて固まった。カイドやサーシャですら。このコーヒーの入れ方はコーヒー豆を劇的に流通させるだろう。金の生る木なのだ。いつかはカイドもこの飲み方をギリアンなどの商会に売り渡そうと考えていた。しかし美桜は。
「み・・・美桜? 金になるのだぞ?それでいいのか?」
カイドが慌てて問いただすと、美桜はふわっと笑ってこう言った。
「私は両親がおりますもの。これ以上の贅沢はいりません。それより、お父様の御実家を盛り立てるのが娘としての務め。」
「しかし・・・なぜ雇う人間や寄付にこだわる?」
「仕事ができないもの、親が居なくて困っているものが仕事をし始めたら、流通が始まるでしょ。街に活気が出て幸せが生まれ、子供ができる。辺境だもの、どこより子供が大事にされるとはいえ、家族が揃っているほうが一番いいわ。そんな家族が増えたら、バクストンは豊かになる。その土地が好きで住み着いてくれる人はお金では買えない。それに、字を知らない、計算ができない、言葉が解らないのは不幸だもの。騙されても解らないから。だから教育と子供の育成は大事なの。バクストンの子供はそんな目に合わないようにしたいの。字が読めて言葉が理解できて。計算さえできたら、例え親が居なくても何とか仕事は見つかるわ。どこへだって行ける。弱くても冒険者一択にはならないわ。」
一同は言葉を飲んだ。どこでそんな知識をこの娘はもったのだ。カイドとサーシャは真に理解した。これが『落ち人』。一つの物事からその先まで考える知識を持って落ちてくるもの。確かに、学や身寄りがなく、強くなれなくとも冒険者しかなるものがないものは多い。そうして死んでいくものを減らせたら。その者たちが残し、孤児となる子供を減らせたら。今ですら、辺境伯は手厚い保護を行っているが、それより手前で食い止められるのだ。
「お前は・・・。本当に俺はお前が娘で幸せだよ。」
カイドは頭を撫で、サーシャは抱きしめて頬にキスをする。愛しい娘。この子のおかげでバクストンから孤児が減る未来が見える。
――神様。あなた様はバクストンに御子を遣わしてくださったか。
ギリアンは「孤児院」の出だった。商才の加護を強く得たので商会を立ち上げ、のしあがることが出来た。それでも冒険者だった父が早くに死に、母が体を壊して亡くなったのを今でも悔やんでいる。もっと早く自分が大きくなれていたらと。そんな思いをしなくなる子供が増える。なんということだ。
ギリアンは立ち上がると、片膝をついて美桜に向かって頭を垂れた。驚く美桜に、ギリアンは言う。
「お嬢様。ギリアン商会の名に賭けまして、その願いしかと承りました。必ずやバクストンの名産品にして見せましょう。たっぷりと寄付ができますように。必ずや。」
「た・・・たってください。大したことじゃないのよ。私が発明したわけじゃなくて、私の国にある方法なだけだし。それにきっとこのコーヒーなら、ミルクや砂糖、お菓子の流通も増えるでしょう?」
「なんと・・・! カイド様お願いでございます。ぜひともお嬢様ともう少しお話をさせていただきたく!このコーヒーについてもっとお話をさせていただきたく! なにとぞ!」
「・・・ギリアンは孤児院の出だものな・・・。仕方がない。共に帰るか。我らもバクストンに行く途中なのだ。」
「カイド様、感謝いたします!」
――コーヒーの焙煎覚えててよかった。好きなものを調べる癖があって。本当によかった。
立ち上がって、涙目で握った手をぶんぶんと振り回してくるギリアンに、美桜はちょっと自分を受け入れてくれた人たちに役立った気がして嬉しくなったのだった。
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