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青蔦の若君と桜の落ち人  作者: 楡咲沙雨
辺境の街 マノア
29/40

八つ当たりとイケメン

――あぁ最低だ。こんな子供みたいなこと言いたくないのに。


ぽたん。ぽたん。

気づけば俯いた自分の顔から涙がこぼれている。あぁ恥ずかしい。いい大人になったのに。人に八つ当たりして。気づけば自分の両脇にハティとスコルがすり寄って、くうん。と鳴いている。心配させちゃった。


「まあ、そうだよな。皆ができることをできないと、今までの自分が崩壊するよな。そんなのも知らないのかって言われたくないし、弱みも見せられないし。曲がりなりにも今まで「できるやつ」って認識されてたはずの自分が、誰かに頼らないといけないなんてそんな現実、簡単には認められないよな。」


エミリオが、そんなことを言いながら自分の頭をポンポンと撫でている。


「・・・なんでそんなこと解るの? 苦労したことなんてないでしょ?」


「あるさ。13の年から5年間、親元から離れて冒険者の養成学校に行ってた。そしたら鼻っ柱を叩き折られたよ。それまでは自分でも「何でもできる」って思っていた。魔力も高かったし、習った魔法はすぐ使えるようになったしな。でも一人で生活したことなんてなかったから、ひどい目にあった。聞いただろ?シャツは網の目、肉を焼けば丸焦げ。生活魔法を使うには、細かい魔力調整が必要だ。それなのに俺はそれまで魔力は大雑把にしか使っていなかった。魔力が高い弊害だよ。だから初めは全くできなかった。剣も戦うための剣には程遠くて。『こんなこともできないのか』って教官に怒鳴られながら、必死で食らいついてた。毎日。」


ずずっと鼻をすすり上げてもなお、未だ止まらない涙を許してくれるようにエミリオが続けた。


「美桜嬢は人をもっと信じて頼れ。仲間を信じられないと、冒険者は死ぬんだ。人生持ちつ持たれつって言うだろう?」

「なによそれ。」

「解らないことは、聞くしかないんだ。何も知らないやつに「もっと頑張れ」って言うほど、カイド様やサーシャ様は厳しい人なのか?」

「いいえ・・・いいえ。」


ふるふると美桜は首を振る。そうだ。今の「両親」はそんな人じゃない。ちょっとしたことができるようになっただけで涙を流して喜んでくれる。


「がっかりさせたくないんだろ。だったら平気だ。みんな君が「お上品」じゃなくても「魔法が使えなくても」君が好きだよ。自分の存在を確かめるために、無理して頑張らなくていいんだ。君はナディアが例えば今以外の髪が結えなかったらメイドをやめさせるかい?」

「・・・いいえ。ナディアは頑張ってくれてる。結えなかったら覚えようとしてくれる。」

「同じことじゃないか。急いで何でもできるようになろうとしすぎだ。養女になってまだ一か月だって聞いた。うまくやってるほうだ。むしろ今爆発できてよかったんじゃないか?」


ぽんぽんと頭をたたく手が温かくて優しい。

「ごめんなさい。八つ当たりをしたわ。」

「かわいいもんだ。こんなの。さて、最初に戻ろう。「どうしようかなぁ」はなんだったんだ?」


 何でもなかったかのように指で冷たい水流を操って、ハンカチを濡らし、やっと顔をあげられた美桜の顔に当ててくれる。

「イメージと詠唱が結びつかないの。それに・・・人を怪我させるかもしれない魔法を使うのは怖い。」


――あぁ。彼女はやはり人を殺せない。

ジャンルードは恐怖が妨げになっているのだと感じた。そしてこちらの人間じゃない以上、詠唱文句が心と体にまだ馴染んでいないのだと。それをどう伝えるか。


「怪我させないように使うイメージを持てばいい。氷なら、例えば足までを凍らせて捕縛するとか、風なら転ばせる、土なら防御壁を土で作り上げる。積極的に攻撃するのではなくて、自分の身を守ったらいい。攻撃はできるやつがやる。それから、多分イメージと詠唱がつながらないのは、美桜嬢がこの大陸の人間じゃないからじゃないか?」

「えっ?」

「例えば、この世界は4つの大陸があるが、錦秋のエルフの国は詠唱は「歌」だ。白夜の大陸は杖などの媒体を最大限に使う。基本の4大元素の魔法の原理は同じだが、詠唱方法やその詠唱文句は大陸によって違う。美桜嬢はここの人間じゃない。ということは、自分の慣れ親しんだ言葉でイメージしたらいい。そしてその言葉を声に出さず、心の中で詠唱するんだ。自分の魔力に言い聞かせるように。そしてその元素の精霊に感謝しながら。ここだと水は『ウォーター』だけど、美桜嬢は何と発音する?」

「『みず』。」

「あぁ、錦秋の倭人の国に似ているね。それだけ違えばイメージしづらいのも当然だ。じゃあこれは。『氷壁(アイスウォール)』。」

ガッガガガッ。

ジャンルードの指先から放たれた青い光が地面に伸びると即座に氷の壁が出現した。美桜は目を丸くする。


「アイスウォール。氷の壁。そうか。そうなのね。」


ぶつぶつと独り言を言い始める美桜に、ジャンルードは頬が緩むのを感じた。


「みてて。エミリオさん。」


――『氷壁!』

心の中で唱えると、見る間に美桜の目線の先、腕を伸ばした方向に氷の壁が現れた。高さはないが十分だ。


「できた。わかったわ!!!」

「ほらな。美桜嬢は頑張っているし学んでいると聞いている。出来ないはずがないんだ。」


振り返ると自分のことのように喜んでいるエミリオの笑顔を間近で見てしまい、鼓動が跳ね上がる。眼鏡の奥の瞳がやさしく自分を見つめている。それを振り払うかのように美桜は、ついつんけんした言い方になってしまう。


「美桜でいいって言ったでしょう。」

「じゃあ、俺のこともエミリオと呼んでくれ。そうだ。生活魔法が安定しないのも、自分の言葉を使うことで解決できるんじゃないか。」


美桜は、まっすぐこちらを見て笑みを浮かべているエミリオを見つめた。この人はどうしてこんなに親身になってくれるのだろう。こんなに優しくされると、まるで「好かれている」と誤解しそうになる。逢ったばかりでそんなことあるはずないのに。気のせい。気のせい。


「エミリオは優しいね。イケメンがやさしいと、女の子は誤解しそうだから興味がない子にまで優しくしすぎたらだめだよ?」

「イケメン?どんな意味だ?」

「かっこいい美男子ってことだよ。」

「なっ・・・! かっこいいとか優しいなんて女性に言われたことなんてないぞ。」

「そうそう。エミリオの別名は『氷の貴公子』だからね。」

「ハリー!!」


ジャンルードの後ろにいつのまにかハリスがやってきていた。

「そんな呼び方するなといったろう!」

「はいはい。こんにちは美桜嬢。存在を忘れられたハリーですよ。エミリオ、午後からは少し休んでヴェルノ山のゴブリンの噂の調査に出るはずだったろう。すっかり忘れちゃって。さびしいなぁ。」

「忘れてたわけじゃないぞ? つい魔法のことで話し込んでしまっただけで・・・」


慌てて弁解を始めるジャンルードに、ハリーは知らんぷりだ。その様子がおかしくてたまらない。


「二人はいつも一緒なのね?」

「そうさ。13の時の地獄への旅は俺も一緒だったから。守りたいものがあるなら行けと言われて。少しは自分の腕に自信もついたよ。美桜。俺もこの呼び方でいいかな? 俺もイケメンだろ?」

そう言ってウィンクするハリーに、美桜はついに笑いだしてしまった。

「えぇ。構わないわ、ハリー。それにイケメンだわ。とっても。」


笑い声が川辺の風に乗って流れていく。美桜は少し肩の力が抜ける気がした。まだ一ヵ月。そうエミリオに言われたことで、自分がどれだけ焦って視野が狭くなっていたかに気付けた。今の私は『18歳の美桜』だ。巻き戻ったうえに未知の世界に来たのだから、今までみたいにできなくて当然だ。連れ立って去っていく二人を見送って、美桜は少し伸びをした。


『美桜、元気になった?』

『美桜、ちゃんと笑ってる!』

『『ママに言ってこなくちゃ。美桜が元気になったって。』』


足元でハティとスコルが元気に尻尾を振っている。ひと月で彼らもバーナード犬よりさらに大きくなっている。足元といっても座ってくれなければ美桜の胸の高さに背がある。美桜はそんな二匹に抱き着いた。モフモフが太陽の匂いでいっぱいだ。


「もしかして心配させちゃってた?」

『毎日美桜笑ってるけど、笑ってなかった。』

『でもママが美桜が泣かないなら、じっと寄り添って待てって。それが眷属の務めだって。』

「・・・大好きだよ。ハティ。スコル。いつもありがとう。」

『さすがイノシシ。美桜を笑顔にした!』

『ご飯のついでにママに報告だ!』

『『行ってくる―!』』

「だから…イノシシって何なのよ・・・!」


だーーっとリンフォールの森へ石橋を渡っていく二匹を見送りながら、美桜は自分が笑っていることに気付いた。無理なく。自然に。

「とにかく、自分は4大属性をすべて使えるとフェンリル(ママ狼)が言っていた。それを確かめなくては。あと『日本語』で詠唱すれば、魔法が使えるということは、それ以外の魔法も使えるのかな。やることはいっぱいあるじゃん。」


見上げた空は広く青い。出来ることが見つかった。ここで生きていける気がする。

閉塞してた空間がパリンと割れた感じ。・・・エミリオさん。優しいイケメンなのに変な人。

ふふっと笑うと、美桜は屋敷へと歩き出した。



難産でした。なんかたくましい彼女というより、弱っちい彼女になってしまい。でも一人で放り出された世界でやっと見つけた宿り木を離すまいと必死だったらこうもなるかなと。



お読みいただきありがとうございます。

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