懐かしの味、シナモンロール
夜も更け、そろそろお開きにしよう。となったその時。ジャンルードは思い出したかのようにカイドに言った。
「唯一が現れたのが原因かどうかわからないですが、俺、魔力が増えているんです。増えているというか無尽蔵に湧いてくるというか。いくら魔法を連続で使っても、減ったっていう今までの感覚がない。伯父上はそんなことありましたか。」
は?という顔をして皆がジャンルードを見つめる。そんな馬鹿な。どんなに魔力量が多くとも魔法を使えば減ったのくらい認識するのが普通だ。
「お前、何を打ったんだ?」
「そうですね。アヴェランの森で、30頭くらいの黒狼の群れを討伐するのに『氷壁』、『氷爆』、『雹弾』、『氷解』。土魔法を使って死体を処理して。別に普通にそのままファーロまで向かいました。」
「水ではなく、氷を使ってそれか・・・キャロライン、お前の息子は「唯一」によってとんでもない男になってしまったぞ。」
「しかもまだ、好かれてもいないのに・・・」
「ハリス! それは今言う必要ないだろう!」
和やかな空気が室内に漂う。
「ジャンルード。おまえバクストンに顔を出す気はあるか?」
「いつかは御挨拶したいとは思っていましたが、今の現状では…。」
「今、城にはバクストンの影も入り込ませてある。何か進展があれば、連絡が来るだろう。ちょうど美桜を俺の娘としてお披露目しなければと思っていたところだ。お前の「唯一」ならなおさら、今から身分を作っておかねばならん。仕事を少し片づけなければならないが、お前たちも手伝ってくれることだし、バクストンへ来週向かうことにする。いいな? 俺だけがお前の無事を確認したなんて知られたら、親父と兄貴に殺されちまう。」
――本当なのだ。皆が俺を避けていたわけではなく、待っていたくれたというのは。
「はい。ありがとうございます。伯父上。」
「仕方がないが、また「変化」しておけ。身を隠しておいて損はない。美桜との会話も普通にすればいい。こちらから壁を作ると、二度と踏み込んでは来ないぞ。あの娘は。お前が引き留めるんだ。この世界にいる「理由」になれ。あいつが自分でお前に『落ち人』といえるように。」
「ですが、私も「変化」してますので、だましていることになるんじゃ・・・。」
「ははは。まあ悩め悩め。女を手に入れるというのは、今までの世界が根本から揺さぶられるぞ。思い通りになんかいかないからな。」
ガシガシと頭を撫でられ、ジャンルードは伯父上にはかなわないな・・・と苦笑した。それでも、心は浮き立つのだった。彼女と気兼ねなく会える。また明日。
夜じゅう続いた雨に、美桜は早々と目を覚ました。雨音は好きだ。晴れた日も好きだが、地面に縫い取られる影がいつも一つなことを子供のころから見せつけられる。それよりは、皆が皆一人でいるような雨の中にいるほうが好きだった。せっかく早く起きたのだから。と美桜は身支度を整え、ハティとスコルを従えて厨房へ向かう。もう既にアーヴィンと見習の何人かが動き始めていた。
「おはよう。アーヴィンさん。何かお手伝いさせて?」
「お嬢さん。メリアに叱らせますぜ。しょうがねぇなぁ。パンでもこねますかい?」
「いいわね! やるやる!」
ハティとスコルは最近エサは自分で手に入れてくる。鳥くらいなら土産に持って帰ってきたりする。
「よぉ。狩人さんたち。今日も行ってきな。」
そう言いながら、扉を開けてくれるアーヴィンの足元で尻尾をパタンと振ると、二匹は外へ飛び出していった。
『『ご飯食べてくるねーー!!』』
走り去る二匹を見送ると、美桜は手を洗い、腕をまくった。手渡された布巾で髪を包むと、渡されたパンの材料を見た。ドイツパンだ。どっしり系の。
「アーヴィンさん。パンを膨らませるのはどれでするの?」
「あぁ、ブドウの酵母液ですよ。」
――良かった!ワインがあるから、こっちも何とかなる気がしてた!
「じゃあ、小麦粉とシナモン、お砂糖、卵、キビ酒と多めのバター、植物の油が欲しいの。」
「菓子でも作るんですかい?」
「そんなようなものよ!」
小麦粉を量り、それに合わせて量った塩、酵母液、砂糖と混ぜて、ひとまとまりになったら、バターを加えて生地を台の上に出し、こねる。それを温かいところに置いて約2倍に膨らむまで待っていると、アーヴィンがコーヒーを入れてくれた。飲んでいる間に美桜に質問しながら、アーヴィンは手際よく朝食の支度を続けている。スープや燻製肉の焼けるいい匂いがしてきた。
――斉藤ママに『パンはペーカーズパーセントで覚えるものよ』って言われて覚えておいてよかったなぁ。大体の計量でもなんとかなりそう。
興味津々なアーヴィンを尻目に、別のボウルにバターを練り混ぜ、砂糖を加えてすり混ぜる。練り混ざったら、卵黄とキビ酒を加えて混ぜ、シナモンを入れてシナモンフィリングの完成だ。
「アーモンドプードルが欲しいとこだけど・・・。ねぇ、アーヴィンさん、クルミあるかな。剥いたやつ。」
「いったい何作るんだい? お嬢様。見たこともないが。」
「故郷でよく食べていたの。ちょっと今日は食べてみたくなっちゃって。」
もらったクルミを布巾で包み、麺棒でガンガンと叩いていく。
――この世界で前より幸せだけれど、電化製品の便利さだけは忘れられない。なんでフードプロセッサー、コンテナのほうに積んじゃったかな。車に積んでおけば使えたのに・・・って電気なかった・・・。
なんとか粉々にすると、ちょうどいい感じに膨らんだ生地を作業台に出し、手のひらで生地をやさしく押して再度ガス抜きをしてから綿棒で長方形に伸ばしていく。フィリングとクルミをくるくると包み、ロールケーキのように切ると、天板に乗せ、さらに二倍に膨らませると艶出しの卵を塗る。
「火まで触らせたらメリアに捨てられちまう!」
とアーヴィンが嘆くので渡して焼いてもらう。さすがプロ。ちょうどいい感じで膨らみ焼きあがった。
何とも言えないシナモンの香りが厨房中を満たす。遠くで見習達の腹の音が鳴る。
「師匠!これ何の拷問ですか!!」
「俺に言うなよ。俺もやばいっての!」
やっぱりこうなるか。多めに焼いておいて正解だ。一つずつ手渡すと、あっという間になくなってしまった。
「やばい!師匠!これやばい食べ物です!!こんな甘くてもちもちでふわふわ、食べたことねぇ!」
「お嬢様。これのレシピって・・・」
「計算はできるのよね? アーヴィンさんは。だったらすぐできるよ。軽食とか、お茶のお供にもできるの。」
アーヴィンは珍しく目をギラギラさせている。
「もしかしてお嬢様、菓子も焼けたりするんですかい?」
「え?・・・えぇ。料理は好きだったし、一人で暮らしていたから作っていたもの。」
「お嬢。毎日早起きしてください。待ってますから。」
「えぇぇぇ!」
がしっと手を掴まれ、懇願されているところへ、メリアがちょうどやってきた。
「あんた!お嬢様に何やってるんだい! お嬢様もお部屋を抜けだして何事です!」
二人してこってりと絞られたが、朝食に出したシナモンロールがカイドとサーシャの胃袋を掴んでしまった。
「これは一体・・・。また焼いてくれ。美桜。これはすごい。」
「カイドひどいわ!私まだ一つしか食べてないのに!」
「あ・・・すまん。なくなってしまった。」
メリアは「お嬢様が厨房に入るなどと!」とまだ反対していたが、そんなに作るのが好きならとカイドが許可を出してくれた。美桜は自分ができることが増えて嬉しかった。久しぶりに食べたシナモンロールは、以前食べていたものよりも格段に味は落ちるが、それでも皆の笑顔を見ていると美味しく感じられるのだった。
ベーカーズパーセントとは、粉に対して他の材料の配合率を表したものです。よくあるレシピ通りだと一人暮らしの我が家では多すぎるので、大抵0.5斤程度の量でちぎりパンスタイルで焼きます。ダッチオーブンで外で焼くときも、結構便利なんですよ。




