瞼の奥の思い出
「あぁ。うまいなぁ。このシチュー。ここの料理長いい腕してる。うん。で?お前は一体何してきたわけ?こっちから挨拶の先触れを出して了承されるならともかく、呼び出しって何。」
やっとゲストハウスで落ち着いた二人に夕食が配達された頃、口の中をいっぱいにして、乱暴な口調でハリスがジャンルードを問いただしていた。
「いや・・・ミオ嬢に水魔法を教えようとして、魔力の流れが解らないというから、俺のならわかるかと手を取って胸に当てて、本流が直接流れるようにしてみたら解るようになったって・・・」
「はあ???令嬢の手を、自分の胸に当てたってか。お前正気か?王子の時の記憶無くしてんのか??」
ハリスの剣幕にたじたじになりながら、ジャンルードは自分の行動を思い返す。手を握った瞬間、硬直して段々と耳まで真っ赤になっていっていたのに、俺の魔力が入って理解できた瞬間、そんなことも忘れたかのような満面の笑顔でこちらを見上げて。俺の魔力を『青くて冷たくて綺麗』だと言ってくれた。それがあんまりうれしくて、つい近づきすぎてしまったのだ。後ろに当主が帰宅して近づいていたことも気づかないほど。
家政婦長の言葉にそっと溜息をついていた彼女。なんとなくその気持ちが理解できた。愛すればこその言葉で自分を「縛られる」と、それから抜け出す方法がわからなくなるのだ。相手を自分が好きであればなおさら。『そんなの突っぱねたらいい、やりたいと言えばいいのに』とアランやハリスは言うが、自分の足元が不安定な人間は、その足場を作ってくれる人の愛情に背いてまで自分を突き通したいと言えないのだ。それでもなお。と押し通すほどのものにジャンルードは出会えていなかったし、恐らく、彼女もまだそうなのだ。『養女になったから』なのだろうか、どこかまだ遠慮している様子にただ『息をさせてやりたい』と思った。だから連れ出した。川辺のほとりに。
「はぁ・・・とりあえず食器返して挨拶に行くぞ。覚悟しろ」
「あぁ。」
二人は失礼がないようにとお互いに身だしなみを整え、厨房に食器を返し、玄関から執事に案内され執務室へと向かった。
「旦那様。今日からゲストハウスに滞在されるお二人を御案内いたしました。」
「あぁ。入れ。ジェームズ、酒の用意を頼む。」
「かしこまりました。」
すっと執事がドアを閉め去っていくと、室内には重苦しい空気が立ち込めた。それを断ち切るかのようにハリスが口火を切った。
「改めまして、この度は御招待に預かり「いや、挨拶はいい」・・・」
カイドはハリスの挨拶を途中で遮ると、ジャンルードをじっと見つめた。
――なんだ。本当に俺何かしたか?
「とりあえず・・・お前ら。「変化」を解け。」
「なっ・・・!」
一人がけのソファに座っているカイドはふうっと息を吐くと、、未だ立ち尽くしている二人に向かってそういった。
「なぜ・・・。」
「お前な。逢ってなくとも、俺は『バクストン』だ。自分の甥がどんな名前で『祝い』をもらったかくらい知っている。ジャンルードだな。お前はデアフィールド家のハリスか。俺はカイドだ。お前の母の二番目の兄にあたる。」
ハリスと顔を見合わせ、魔法を解除した。その瞬間、ジャンルードの黒橡色の髪と瑠璃色の瞳が現れ、さらに整った顔がはっきりと認識されるようになる。カイドはじっと見つめて少しだけ唇を震わせた。
「兄から話は聞いていたが、ここまでキャロラインと同じ色を持っているとは。「変化」がそこまで得意だと、名前を聞いてなければさすがに気付かなかったぞ。名乗りもしないつもりだったのか?」
そんなにも母に似ているのか。瞼の奥、うっすらとしか思い出せない母。それを必死に思いだそうとして、まだ立ち尽くしていたジャンルードに、カイドはすっと近づき、大きな腕でがしっと抱きしめた。自分よりも背の高い甥を抱きしめて、カイドは背中をばしっと叩き続ける。
「やっと会いに来た甥に名乗りもされずに、姿かたちを変えて他人行儀な挨拶をされた俺の身にもなってみろ。俺はサーシャが平民だし、一応バクストンの臣下になった身だ。来てくれなければ、連絡をくれなければ逢える身分じゃないんだ。お前の母を俺たち兄弟がどれだけ愛してきたか、お前は知るまい。忘れ形見のお前の成長を陰から見つめ、『バクストンの祝いを』と望んだ妹の願い通りに成長したお前に会える日を、俺がどれだけ待っていたか。。。。それをお前は!」
――力任せに叩かれている背中が痛い。そして少しずつ湿ってくるシャツの胸辺りがとても・・・とても痛い。痛いのに・・・心がギュっと掴まれてぐっと声が漏れそうだ。
「すみません。伯父上。初めてお目にかかります。ジャンルードです。すみません・・姿を変えなければ追われている身、ご迷惑をおかけするかと・・・。それに・・・お会いしたことのない伯父上に拒絶されたら・・・おれは・・・っ」
顔を上げ、ごしごしと顔を手のひらで拭うと、カイドは最後に一度ばしんとジャンルードの頭をはたいた。
「馬鹿が。王はお前に言わなかったのか。キャロラインが亡くなった時、俺たちはお前を臣籍降下し、即時にバクストンへ送るよう詰め寄ったのだ。王妃がお前に愛情を注ぐとはとても考えられなかったからな。しかし、父親としての愛は十二分にあるからと王に頭を下げられ、仕方なくバクストンはお前を引き取るのを諦めた。それでも、お前に何かあれば許さぬと、うちの親父も兄ももちろん俺もそう宣言した。ジャンルード。辺境伯バクストンが現在忠誠を誓っているのは王家ではない。『プリヴェール第二王子、ジャンルード・エミリオ・フレイヴァル・プリヴェール』。お前個人に対してだ。お前はたった一人のキャロラインの子。バクストンの月姫の子だ。バクストンがお前を愛さないはずがないだろう。」
「っ・・・伯父上・・・。」
ハリスも目を赤くして側で頷いている。
「城で異変が起こったことは、その日のうちにバクストンにも影より伝令が届いている。王を信じていないわけではなかったが、何かが起こってからでは困る。とにかく捕らえられたあと、何者かによって転移した、13の時の祝いの品を持っていなくなっていると伝令が伝えなければ、お前の祖父は全軍を上げて城に向かっていたよ。ただ、どこに行ったのかわからず、デアフィールドかミドルガルトに潜伏しているのではないかと。なぜこっちを頼らないと気もそぞろで依頼に出たら、牙イノシシにヘマやって骨折する始末だ。」
「申し訳ありません。アレン。「賢者」が遠隔でフォンブリルへ転移してくれました。こちらへ向かったのには理由がありまして。」
ジャンルードは日頃は紋章を隠すために外さない、指なしの革のグローブを外した。
くっきりとしたトネリコと蔦の絡まった正円の紋章。それにうっすらと浮かび上がっているのは。
「なんてことだ。『桜』じゃないか。」
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