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神の言葉を聞ける少女が家出しました。

作者: ユーダ

『明日、地震が起こります』

 歯を磨いてる最中に脳内に響いたその言葉を、私はすぐに使用人のエリサに伝えた。そしてエリサを通じて、この町に住む人たちにも伝わった。

 翌日、実際に地震が起こり、みな私に感謝した。あのアバウトな預言をどう生かしたのか知らないが、とにかく私は感謝され、崇められた。


 私は、『神の声』を聴くことができる。私のように神の声を聴くことができる人のことを『神の子』と呼ぶ。

 神の子は神様の数だけいて、神の子と判明すると地元の神殿に引き取られ、そこで過ごすことになる。


 私の場合、6歳からここに住んでいる。

 物心ついたときから、お父さんはいなかった。そして6歳のころにお母さんが死んだ。その日から預言が聞こえるようになった。

 すぐに私は神殿に引き取られ、『神の子』のシルテとして使用人のエリサと生活することになった。

 エリサは、私が神の子になってから国から私の世話と教育のために派遣された30歳くらいの女性である。年齢は聞いたことがないから推測である。彼女はいつも赤い髪を後ろで束ねている。そして常に冷静で、はきはきと喋る。

 彼女は私にとても丁寧に接し、私も彼女になるべく迷惑をかけないようにわがままを言わなかった。


 神殿に来てから4年が経ち、私は10歳になった。

 そして今日、私はこの神殿から抜け出すことにした。


 神殿での暮らしは何不自由なかった。お母さんといたころよりも快適だった。ご飯は毎日食べれるし、エリサが身の回りのことをやってくれる。


 ただ、私は退屈だった。

 街の人から感謝されても、もうなんとも思わなくなった。そもそも感謝されてるのは私じゃなくて神様だし。

 奥の乳歯も抜けそうで抜けなくてむかつく。

 なんだか体の内側がムズムズする。


 だから、この神殿から抜け出す。家出する。

 家出したらなにか変わるような気がした。


「あいたた……」

 うぅ、首と頭が痛い……。枕ぐらい持ってくるんだった。


 神殿からの脱出は案外あっさりと成功した。夜、エリサが私の部屋から出ていってから、夜の闇に紛れて抜け出すという作戦だった。

 荷物にならないように、神殿からはパンしか持ってこなかった。

 あと置手紙も残しておいた。確か、『しばらく家出します。探さないでください。』と書いた気がする。

 抜け出したあとは、民家から少し離れたところに生えていた木の下で眠った。


 パンを食べながら、町を見渡す。

 やっぱり小さい町だなあと思った。まだ行ったことないところいっぱいあるけど。

 うーん、とりあえず町の端っこまで行ってみようかな。


「わぁ、こんなところに」

 町の終わりを目指して歩いていると途中でリンゴの木を見つけた。

 一つもらおうと思ってリンゴの木に近づく。

「どれにしようかな」

 木に近づいて、おいしそうなリンゴを探していると、後ろから「泥棒!」という叫び声が聞こえた。振り返ると、いつのまにか近くにあった家から私と同じぐらいの女の子が出てきていた。肩ほどの茶髪を揺らしながら駆けてくる。

「泥棒! そのリンゴの木はわたしのものよ!」

「え、泥棒? 私が?」

 少女はうなずいた。


「わたしの家の木って知らなかったってこと?」

 あのあとなんやかんやで誤解は解けた。

 私は少女の言葉に「うんうん」とうなずく。

「でも取ろうとしたんだから、薬草採るの手伝って」

「えぇ~」

「ほんとは一人で行ってもらいたいけど、逃げちゃうから」

「失礼な! 私は逃げません!」

「ほら、すぐ行くよ」

 彼女は、もともと薬草を取りに行こうとしていたのか、すでに支度は済んでいたようだ。彼女は町の裏にある森を指さすと、「あそこに行くからついてきて」と言った。


「あなたの名前は?」森に向かう道中で私は言った。

「自分から名乗ってよ」

「む……。私はシル、シルティーンよ」

「あやしい。偽名じゃないでしょうね」彼女は目を細めて言う。「泥棒だし」

「だから私は泥棒じゃないって!……偽名でもない」

「ふーん。わたしはニナ」

「ニナ、9歳ってとこ?」

「……そうだけどなに」

「私は10歳だからお姉さんって言ってもいいよ」

 ニナは私の言葉に何も返さず、先に進む。

「ちょっと!」私は駆け足でニアの後を追った。


 森の前までたどり着いた。鬱蒼とした木々が日差しを遮っていて、まだ昼前なのに中は少し暗かった。なんだか不気味だった。

「ふたてに分かれる前に、欲しい薬草教えるからついてきて」

 そう言うとニナはずけずけと暗い森に入っていった。私もその背中を追いかける。

「ここ魔獣とかいないんだよね」

「魔獣は街の近くにはいない」

「静かすぎない?」

 森は街から離れるほどに静けさを増していく。

「こんなもんだって……。怖いの?」

「別に怖いわけじゃないし……。鳥の声も聞こえないなあって思っただけだし」

「あ、あったあった。この先端に手のひらみたいに葉っぱが生えてるやつ」

 ニアはその葉っぱをちぎって私に見せる。

「じゃ、手分けして集めるよ。この袋がいっぱいになるまで」ニアは葉っぱを袋に入れながら言った。


 薬草を探していると変な植物もたくさん見つかる。茎からこんもりとした大きなツボミが何個も生えている植物、茎の先端に風船のようなものが付いてる植物、すっごくピンクなキノコ。見つけるたびにニナがその植物を説明してくれる。

「それは閃光草。叩いたらすごく眩しくて目がつぶれるから触らないで」

「それは爆弾花。割れたら種飛ばしてきてめっちゃ痛いから触らないで」

「それはピンクキノコ。食べたら踊り狂って死ぬから食べないで」

 ニナはすごくこの森に詳しい。何度もここに薬草を採りに来ているのだろう。

 そのニナが、ここらへんに魔獣はいないと言うからには本当にいないのだろう。ようやく安心して薬草採りに勤しむことができた。


 しばらく薬草を採り続けていると、「きゃあ」とニナの鋭い悲鳴が耳を貫いた。

 急いでニナの元に駆け寄る。尻もちをついているニナの近くには、袋が落ちていて薬草を散乱させていた。

「大丈夫!?」

「魔獣が、いる」ニナは辺りに目を走らせつつ言った。「とびかかってきた」

 ニナの言葉を受けて、急いで暗い森を見渡す。黒い影がゆっくりと動くのが見えた。それも一体ではない。私たちを観察しているのか、もてあそんでいるのか、私たちの周りを囲むようにして犬型の魔獣がじっと身構えている。

 ここには魔獣は出ないはずじゃ、そう口に出そうとした瞬間、脳内に神の声が響いた。

『今夜、魔獣が森からあふれ出します』

「今夜、魔獣が森からあふれ出すんだって。ニナ、気を付けたほうがいいよ」

 私がそう言った瞬間、魔獣たちが一斉に飛びかかってきた。

「シルティーンのばかあああっ」ニナはそう叫んで目を固く閉じ顔を伏せた。

 私は、驚きのあまり声にならない悲鳴を上げながら尻もちをついた。牙をむき出しにした魔獣が眼前までやってきたところでようやく自分の運命を悟り、目を閉じた。


 瞬間、瞼越しでもわかるほどの強い光が私たちを襲った。

 魔獣たちの叫び声に我に返り、固く閉じていた目を開く。だんだんと戻ってくる視界に、唖然とするニナと悶え苦しむ魔獣たちの姿が映った。おしりに違和感があり見てみると、こんもりとしたツボミが何個も生えている植物、閃光草が下敷きになっていた。

「あ、あぁ……。助かったの……?」

「あ! シルティーン早く逃げなきゃ!」そう言ってニナが立ち上がる。

「何してるの!? 早く立って!」

 いまだに尻もちをついたままの私にニナは言う。

「こ、腰が抜けてて、た、助けて……」

「あー、もう!」

 ニナは私に肩を貸して森の終わり、太陽の光が見えるほうに進む。その歩みはあまりにも牛歩で、いつまた襲ってくるかも知れない魔獣たちに対してあまりにも心許なかった。


 魔獣が小さく見えるぐらい距離を離したところで、ニナが足を止めた。魔獣はすでに叫ぶのをやめていた。すぐに視界も回復するだろう。

「ニナ、やばいよ! もっと早く! もっと早く進まなきゃ!」

「もう、無理……」

 そう言って、ニナは辺りを見回すと「あそこ、あの木のうろで、一旦休もう」と大きな木の根元を顎でさしながら言った。私たちが身を隠せそうなくらい大きいうろが口を開けていた。

「奇跡だ……」私は言った。


 私たちは木のうろの中に潜り込み、私の足腰とニナの呼吸が元に戻るのを息をひそめて待っていた。

「……ニナ、さっきはありがとう」隣のニナに私は呟いた。

「ああいうときは普通、私は置いて先に行けって言うもんなんじゃないの?」

「……言ったら、絶対見捨てられると思ったから……」どうしてか涙があふれてきた。

「もう、冗談なのに」ニナはそう言って私を優しく抱きしめた。


「……私ね、ほんとはシルティーンじゃないの。あんなマヌケそうな名前じゃない」ニナに抱きしめられて勝手に口が動いていた。「ほんとはシルテ。神の子のシルテなの……」

 すると、ニナは髪と同じ茶色の目を輝かせて私の顔を覗き込んできた。

「やっぱり……! やっぱり嘘だったんだ! 妙に子供っぽいと思ってた! 本当はわたしと同い年、違う、わたしより年下だったんでしょう!?」

 ニナのまくしたてる言葉にすっかり私の目は乾いていった。

「10歳はほんと! ニナのばかっ!!!」

 言い終わったあと、息を整えようと空気を吸ってから気づいた。あれ? いつのまにか声でかくなってた!? すでにお互い血の気は引いていた。

「「走れ!」」

 私とニナは急いでうろから抜け出し街の方へ走った。背後から魔獣の大群が音を立てて追いかけてくる。

「さっきより増えてるよォ~!?」私が叫ぶ。

「早く街まで……」ニナはそう呟きながら必死に走る。

 魔獣の足は私たちより圧倒的に速い。必死で街を目指して走りながら目についたものを片っ端から投げていく。

「閃光草!」

「爆弾花!」

「くらえ!くらえ!」

 しかしさっきとは違い魔獣たちは少しひるむだけですぐに追ってくる。

「あと少し……」

「もう追いつかれる!」私は目についた虹色のキノコを引きちぎった。「これでもくらえ!」

 キノコは先頭の魔獣にぶつかると、虹色の煙幕を放った。煙の中で魔獣が叫び声をあげている。

「大当たり!」


 その隙を突いて私たちは暗い森から飛び出した。太陽の光が体に降り注ぐ。

「やっと! やっと森抜けた! それで街に行って……、街に行って」ニナの足が次第に止まっていく。「どうするの……?」

 そのとき、煙の中から魔獣が続々と抜け出してきた。その目は赤く充血しており、明らかに理性を失っているようだった。よだれを垂らしながら異常な速さで突っ込んでくる。

 私たちはまた走り出したが、「きゃ」とニナが足をもつれさせて転んだ。先頭を走る魔獣がニナに飛びかかる。

 自然と体が動いていた。私は即座に体を切り返し、ニナの手を思いっきり引っ張った。

 間一髪、魔獣の攻撃はニナに当たらなかった。が、一瞬で切り返し、また私たちに襲いかかる。他の魔獣も同時に飛びかかってきている。もう避けれそうにはなかった。

「ニナ!」私はニナをかばうようにして抱きしめた。


 死を間近にして思考が加速する。体の感覚が薄くなっていき、周囲の音も耳に入らなくなる。お母さんといたとき、神殿に来てから、これまでの記憶が次々と蘇ってくる。

 そのほとんどが日常の何気ない出来事だったが、今の私にはその思い出ひとつひとつがとても魅力的に見えた。

 今更ながらに自分が十分すぎるほど楽しい日常を送っていたことに気づいた。


「――テ、シルテ!」

「ニナ?あぁ、あれ?生き、てる……?」

 恐る恐る振り返る。すぐ後ろには槍を持った赤い髪の女性、そして彼女に飛びかかる魔獣の群れが。彼女は槍を巧みに扱い、たった一人で魔獣の攻撃から私たちを守ってみせた。

「エリサ?」

「はい、シルテ様。もうすぐ増援が来ると思うのでそれまで私から離れないでください」


 彼女の言う通り、すぐに兵士が加勢に来た。そして、魔獣の群れはあっさりと討伐された。

 エリサから、私の捜索中に爆音が聞こえ駆け付けたということを聞いた。

「あの……ごめんなさい。迷惑かけて……」

 私はエリサに向かって言った。恐る恐る顔を上げるとエリサは難しい顔をして口を開く。

「……その件に関しては我々にも非があると思うので、……後で一緒に話し合いましょう」

「……うん」

 そのあと預言のことを伝えると、すぐに魔獣の討伐隊が組まれることになった。

 私とエリサはニナを家に送り届けてから神殿に帰ることになった。


 ニナと横並びになってニナの家目指して歩いていく。

「シルテ、さっきはありがとう」

「え……うん。ど、どういたしまして」

 なんだかちょっと恥ずかしくなって話題を変えることにした。

「そういえば薬草はどうするの?」

「うーん、まだ余ってるから魔獣がいなくなったらまた採りに行こうかな」

「自分で使うの?」

「言ってなかったけ? わたしのお母さん病気なの。それで薬の材料として薬草が必要だったんだ」

「……そうなんだ」

「そんなしんみりしなくてもいいから」

「うん。……大丈夫、あなたのお母さんは絶対に良くなるわ」

「それは神様の預言?」

「いいえ、あなたの友だちシルテの予言よ」

「ふふ、それはよく当たりそうね」

 そのあとも話しながら歩いているとニナの家が見えてきた。


「着いたね」ニナが言った。

「うん」

「もう会えない?」

「どうだろう」私は後ろで話を聞いていたエリサを見る。

「私と一緒ならまた会えますよ」エリサが言った。

「だってさ。またね、ニナ」

「うん」

 ニナは「あ、そうだ。ちょっと待ってて」と言い残して家の方へ走っていった。少しするとリンゴを一つ持って帰ってきた。

「はい」そう言って私にリンゴを手渡す。

「やった! おいしそう!」

「味わって食べるように。またね、シルテ」

 そう言って手を振るニナに手を振り返して別れを告げた。


「良いご友人ができましたね」

「うん」

 私はニナにもらったリンゴを眺めながらそう言って、一口かじった。

「おいしい!」

「良かったですね」

「……あれ?なんか入ってる」

 口の中になにか硬いものが入ってることに気づき、それを手のひらに出す。

「これは……歯ですね。抜けましたか?」

「あ、ぐらぐらしてた歯なくなってる! ほら!」そう言ってエリサに口の中を見せる。

「奥から二番目の歯が抜けてますね。抜けた歯は空に向かって投げるんですよ、シルテ様」

「……うん」

 私は抜けた歯を少しだけ観察してから、空に向かって思いっきり投げた。歯はどこまでも広がる青空に吸い込まれるように高く飛んでいったが、太陽の光に目がくらんでどこに行ったか分からなくなった。

 今更だけど、今日はいい天気だと思った。

それでは、また!

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