5日目 対策会議
5日目 後編です
放課後過ぎて私は加奈ちゃんと駅に向かっていた。雪代君との待ち合わせ場所だ。
ふと加奈ちゃんが立ち止まる。
「真実ちゃん、私も強くなるから」
突然、そんな事を宣う友人に困惑する。
「加奈ちゃん、私は別に強くは無いよ」
霊長類最強系女子ではなかったはずだ、自分は。なんて倒置法で更に困惑して、いや、加奈ちゃんにはそんな風に見えているのか、それは嫌だなー、というか加奈ちゃんがそうなるのはもっと嫌だなー、別に霊長類最強系女子は否定しないけど、自分と友人がそうなるのは嫌だなーとか、アホな事を高速思考していると、決意を固めた顔で続けて来る。
「今日、あのあと話し掛けなかった私を真実ちゃんは責めなかった。むしろ、いじめられないようにって、しばらく距離とろうってメールくれて、嫌われたかなって…」
そう言って俯く加奈ちゃん
「あー、いやっ…加奈ちゃんが万が一虐められたら嫌だし、まぁ、結局、放課後お誘いしてたり矛盾しちゃってるしで、嫌ってる訳ないじゃんっ」
言葉の途中から口調が強くなる。いけない、加奈ちゃんが怯えちゃう。
「私、強くなる。真実ちゃんに守って貰うんじゃなくて一緒に立ち向かえるって…」
下げたままの拳を握って震わせながら、いつもは俯きがちな加奈ちゃんがこっちを見ながら語りかけて来る。私の親友は臆病で遠慮がちな可愛い子だけど、譲らない頑固さと強さがあったんだなって初めて知った。
「うん、頼りにしてるね」
そういうと加奈ちゃんは恥ずかしそうにはにかんでいた。
「とはいえ、加奈ちゃんこれ以上ゆっくりしてると雪代君に悪いね」
特に時間は指定されていないが、放課後に駅でと言うなら、学校を出る時間にそう大差はないと向こうは考えているだろう。女子と男子の差や、こちらが二人で行動している事を多少は考慮しているとは思うがあまり遅くなれば、心配させてしまう。
「そうだね、雪代君のこと、忘れてた」
どうしよう、と慌てる友人が可笑しくて可愛くて、やっぱり私も強くなろうと思うのだ。
駅に着くと、中学生としては長身で170センチ後半に届いている雪代君とそんな彼より更に大きい20代後半か30前半くらいの男性が話しをしていた。
近づいて見るとどことなく雪代君に似ていてお父さんだろうかと思う。
「ん、来たか。結構早かったな」
私達に気付いた雪代君が声をかけてくれる。
「ごめんね、待たせたかな」
「待ってないって、こっちもさっき着いたとこだから…あー、そうだ、こっちは正志さん、俺の親父の弟で…まあ、叔父さんだな」
「おい、疼矢、頭に『俺の』って付けろよ。それじゃただのおじさんに聞こえるだろ」
正志さんと紹介された男性が雪代君にそう文句を付け、雪代君に『実際、おっさんじゃん』と返されて頭を小突いている、仲が良さそうで歳の離れた兄弟のようだ。
「改めて、雪代正志だ。地元ローカル誌なんかに記事を掲載してるフリーのライターをやってる。うちのバカな甥がお世話になってます」
そう言って丁寧に頭を下げてくる。
「た、高波真実です」
「倉持加奈どす、…カンダ…カンジャッタ」
私は焦って自己紹介を返したが、私以上に焦ったんだろう加奈ちゃんが噛んだ上で恥ずかしさに小声で悶えている、可愛い。
雪代君は横を向いて笑いを堪えているが正志さんは何事も無かったように『高波さんと倉持さんだね、改めてよろしく』と爽やかに微笑んでいる、出来る大人だ。
「昼休みのあと、正叔父に連絡したら、車出してくれるって言うし、正叔父はこう見えて頭いいから相談に乗って貰おうと思ってさ」
雪代君の説明に『こう見えてって、お前の顔、親父似なんだぞ』と言ってる正志さんはやっぱり出来る大人だ(笑)
「まぁ、そういう事だから、異論がなければ移動しよう」
正志さんがそう言うので私達は正志さんの車で移動を開始した。車内でファミレスだと万が一クラスメートと鉢合わせするかも知れないからと、個室のミーティングルームがあるネットカフェに行くことにした。
「爽快CLUBとか久しぶりだよ」
加奈ちゃんが受付でそう言って、私も確かにオープンされた1年前に1回来ただけだなって思い出す。
「食べたいものあったら、遠慮なく頼みなよ。話しが中断するとダレるから、頼みたいものは先に頼んじゃいな」
正志さんが部屋に入るなりそう言い、遠慮する私と加奈ちゃんを尻目に雪代君が光の速さでタッチパネルを操作する。
「お前は少しは遠慮しろ」
「いいじゃん、正叔父。だいたい今日は俺も出すし、二人は遠慮して頼めないだろ、だから頼んでんの」
「ほー、言うようなったな、可愛い女子二人の前でカッコ付けたいお年頃か」
ニタニタと笑う正志さんに雪代君は『それ、セクハラだかんな、フリーライターのくせに意識低いぞ』と反撃しているが、如何せん早口で顔真っ赤だと負け犬感がひどい、とはいえ、雪代君の主張は真っ当なので援護する。
「雪代君はカッコ付けたいお年頃なの、盛大に切れた割には呆気なくトーンダウンしてたけど」
しまった間違えた、雪代君が目に見えて落ち込んで、正志さんは爆笑してる、加奈ちゃんはわたわたしてるし、いかん、想像したより混沌になった。
「高波さん、疼矢から話しは聞いたけど、こいつ成りがでかくて態度もでかい割りに小心者なとこあって、勘弁してやって」
そう頭を下げる正志さん、横で変なこと言うなよって言ってる雪代君の頭を掴んで下げさせて、『お前が頼りないからだ』と私達にもう一度頭を下げる。
やっぱり出来る大人だ。私はしばらく呆然としてから、頭を上げて下さいと頼んで、そしたら優しい笑顔でありがとうと言う正志さん、やっぱり出来る大人だ。
注文の品が一通り揃うと話しが始まる。
やたら頼み過ぎで、本当に奢りでいいのか不安になるが正志さんは全部出すから大丈夫と笑ってて、半分出すという雪代君にニヤニヤしながら、そうだったなと言っている、本当に仲がいい。
「猫家先生だったか、この実験はサードウェイブって呼ばれる事件に似てるな」
そう切り出した正志さんに私達は首をひねる。
そんな私達に正志さんは自分の知っている範囲でサードウェイブについて教えてくれる。
要約するとサードウェイブ実験は
1967年のアメリカカリフォルニア州パロアルトにあるエルウッド・P・カバーレイ高校で起こった5日間に渡る実験の事を言うらしい。
この実験は当時の同校の歴史教諭ロン ジョーンズが行ったファシズムによる洗脳の実体験授業であり、ロンの目的はナチスによる支配を何故、当時のドイツ人が受け入れたかを上手く理解出来ない生徒に理解させるためだったと語ったらしい。
でも、実験は失敗、暴走した生徒が暴力事件を起こすなど、ロンの手には負えなくなり、実験を中断したロンは生徒たちに君たちの指導者はヒトラーだと伝えて、目を冷まさせるも、心的外傷を負った生徒達にロン自身はその後、学校を解雇されている。
正志さんによると、この実験はロン自身によって、書籍化、映画化もされているらしく、日本ではこの教訓を元に洗脳の恐ろしさを伝えるプログラムとして、かなり厳密に対策をとって生徒に教えている大学があるそうで、甲西大学の日丘小次郎教授の行う実験授業はライターとして見学したことがあるそうだ。
「はっきり言って、日丘教授の行っている授業とは比べものにならないくらいひどい、一応はサードウェイブの失敗から、対策はしたようだけど、甘かった故に霧島君の暴走を許した上で、現状それを放置してしまったのは頂けないね。高波さんはよく気付いたけど、これをそのままにするのは危険だ」
全く役に立たないヘタレな甥がしっかりしてればと続けた正志さんは私を見て覚悟はある、と訊いてきた。
「この実験が明るみになれば猫家先生は教職は続けられないだろうし、もし、メディアに情報がながれれば猫家先生や霧島君を初め主導してるメンバーも叩かれるかもしれない」
「でもね、この事を例えば校長先生に言っても生徒の妄想と片付けられてしまうだろうし、警察に言ってもダメだろう。メディアも目に見える実害が無い現状では食い付きが弱いだろう」
「それでも、穏便にこの活動を解消出来ず、もし問題が起き始めれば、おじさんは容赦なく記事にして、この活動の危険性を世に配信する」
「その覚悟はあるかい」
私はゆっくりと考えてから
「はい」
と答えた。
加奈ちゃんが私の手を握ってくれる。
雪代君も「俺も覚悟してるし、二人は俺が絶対守る」って正志さんに宣言して、頭をぐしゃぐしゃにされながら「頑張れよ。頼んだぞ」って言われて嬉しそうだ。
なんだ、私にはこんなに味方がいるじゃないか、霧島君、覚悟していてね。
でも、私達はこのあとも霧島君に翻弄されることになる。
作中で紹介した大学の話は事実ですが、大学名、教授名は変えています。
サードウェイブ実験に関する記述は事実にそくしたものとなります。
ここで折り返しとなります。
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