霧島雅人 扇動者の独白
side霧島君です。
僕がドイツ制作の映画「ザ サードウェイブ」を見たのは偶々だった。
小学6年生のころ先行予約でチケットをとっていた人気俳優主演でTVドラマシリーズのスクリーン化作品の第3弾は助演の若手俳優の不祥事で公開が無期限で延期となってしまった。チケットセンターへ払い戻しに訪れた当時の僕はそこでかわりに見る作品を探して、「邦画はもういいから、海外作品にしよう」と何となく決めて、ドイツ制作って初めて見るなと選んだのだ。
全く期待せずに見た「ザ サードウェイブ」に僕ははまった。これが実際にあった事件で監修を行ったのが実験者本人とも知って余計に興味が湧いた。
それからは自分だったら、洗脳されただろうかという妄想を繰り返し、やがて妄想は被験者から実験者へと移っていった。自分ならどうするか、このどうするかの部分が膨らんでいく。しかし自分はまだ学生で、しかも将来は教師ではなく、一族の男子として恐らく銀行職員に幹部候補として就職することになる。
「あーあ、つまらない人生」
父は一族の中では芸術肌で、それが仇となって兄弟の出世レースで脱落した人物だ。僕の兄は父と違い優秀で将来を嘱望されているし、姉も同様に期待されるなか、二人の兄姉に比べられ、決して無能ではない僕は「母譲りの美貌が取り柄の末息子」「父譲りの秀才止まり」という烙印を押されていた。
僕は周囲の評価や将来に嫌気がさして、母にねだって買って貰ったパソコンでネタブログを作って遊び始めた。内容は40代の有名大学出身の元コンサルで人間心理からビジネスを考えていた私がお悩み相談に乗りますよと、専用サイトに誘導するものだ。
散々と上からご高説を垂れた後に実は中学生でした、ってネタで笑おうとか、そんな下らないことを考えてた。もちろん、そもそも相談に来る奴がいやしないと思って作った本当にネタブログとサイトだった。
でも、ある程度は作りこんだ設定と、丁寧に作ったブログやサイトに騙されたのか、それとも釣りとわかってからかいに来たのか、相談者が現れる。
何人かの相談に乗っていると、これは本当に騙されていると気付いた。もう爽快だった。恋愛経験もビジネスの実績も何もない中学生に人生相談からビジネスでの悩み、事業展開のアドバイスなんてのまで求めてくる。何故か評判がよく、適当な当たり障りの無いことをそれっぽく言ってるだけなのに、やたら感謝され、凄い素晴らしいと喝采されるのだ。
自分を影で馬鹿にしている大人たちがこうも馬鹿ばっかりだったと思うと悩んでいたことが全て吹き飛んだ。そして運命の投稿が来る。その投稿は中学教諭が初めて担任のクラスを持ってから年上の教諭から嫌がらせを受けているというものだった。
中学生の自分にこんな相談してるのが面白過ぎて、僕は徹底的にこの相談者をからかうことにした。そして、相談者が書いているネットブログを覗き、リンクしているSNSをチェックした。身バレ防止なのか、実名登録はしておらず、顔などの写真もない、ただ、ブログの内容などで意外と近い地域の人間だと把握して、それから過去からこちらへと読んで行く内に間違いなく西ヶ丘中学校の教諭だと確信する、行事の日付が恐ろしく符合するのだ。
西ヶ丘中学教諭で年若く今年初めて担任を持ったのはわがクラスの猫家先生しかいなかった。
「マジかよ、笑えるくらい間抜けだな」
僕はもう、先生で遊ぶことしか考えてなかった。クラスの男子が騒がしく授業態度が悪いと学年主任に言われたこと、体育のベテラン男性教諭から、女子が授業に非協力的だと非難されたこと、指導力不足や経験不足をあげつらって嫌みを言われることを都度書いて来るため、それっぽくアドバイスして励ましていると、いつの間にか、こちらを信頼しているようで熱心にブログやサイトに足を運び交流を重ねている様子に、いつぞや諦めたサードウェイブ実験への思いが沸き上がった。
相談に乗る振りをして、それとなく指導力をあげる方法として、サードウェイブ実験を元に作り上げた理論を刷り込んでいく。
軍隊式教育で態度の改善ややる気向上に繋がると思い込ませ、実験の方法や少し弄った注意点などを教えこみ、実行されること、その上でつけこむ隙を作ることを仕込む。
上手く行かなくてもいい、もうすでに十分楽しめたと思っていた余裕が良かったのか、猫家先生と思しき人物は完全に罠にはまっていった。
1年の3学期に始まった交流の裏で先生の実験の実行への本気度を計り、生徒との信頼関係の構築のサポートをした。
何せ、実際にクラスにいるのだ、生徒一人ひとりの情報も持っているのだから、まさしく見て来たかのようなアドバイスが出来る。
そうして生徒の信頼を勝ち取るたび、猫家先生の架空の僕への信頼が高まる。完全に支配下においたと確信して、親に猫家先生に協力して新しい授業を始めるため、アプリの開発を持ち掛ける。母は僕に甘い、母を通して話しを進め、思いの外に親族が食い付いて、僕の計画はだいぶ杜撰なものだったにも関わらず進んでいく。
とはいえ、僕が巻き込んだ藤枝に作らせる自作アプリをプロのチームに作り直して再リリースする約束はかなりハードルが高かった。まず先生が確実に実験を始め、クラス内でそれが浸透し、クラスの外へと波及させた結果、アプリ配信で火をつける、一連の流れを全て成功させねばならず、上手くいくか未知数な雲を掴む話しに霧島銀行がスポンサードしているアプリ開発会社を使うと言って貰うには厳しい。
それでも、予言のようにクラス内で実験が起こりアプリ配信まで漕ぎ着ければ、あらかじめ用意してくれていたアプリの雛型を使い、計画は第2段階へと移った。
はっきりと高波さんや雪代君の行動は邪魔くさくもあったが楽しかった。彼らが邪魔をすることで計画が崩れる、でもそれを逆に利用して拡散のスピードをあげると実に面白い反応を返してくれる。
最終的には思ったより呆気なく終わってしまったが、地下に潜った子猫団の非公式サイトやアプリはあちこちに残り拡散している。
あれから20年、僕は東京から地元へとロケ番組の収録のため訪れていた。生中継の旅番組で出発は母校、西ヶ丘中学校だった、公開収録でファンが校門前に集まるなか、僕はファンと触れあいながらロケをスタートし、すぐに背中を激痛に襲われ、意識を手放す。
薄れゆく意識のなか、母さんの仇だっ、という絶叫と、周囲の悲鳴が聞こえていた。
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