3回目の週末 日丘教授の考察
日丘教授の霧島君評価です。
「猫家先生は霧島君に誘導されたんじゃないかと思うんだ」
私は頭を殴られたような感覚だった、そんなはずはという思いと、よくよく考えてみれば、その方が辻褄があうのではないかという思いが交錯して纏まらない。
私が言葉なく悩んでいると加奈ちゃんが質問していた。
「誘導されたって、どういうことでしょうか」
「手段はよくわからないし、彼が提示した内容もわからないけれど、例えば年若い猫家先生は人気者でそれをやっかむベテランから嫌がらせを受けて悩んでいたとして、霧島君はそれに何かしらで気付いたとしよう」
「これはあくまで仮定による推測だが、若くて有能な猫家先生を貶めたいなら、受け持っている生徒に難癖をつけるなんてのもあるんじゃないかな、それに悩んでいる先生に普段の会話の中で、例えばいつぞや流行ったブートキャンプみたいなものを提案して、指導力を示しつつ生徒の生活態度の改善をしてはどうかって、直接ではなく友人同士の会話をさりげなく聞かせるとか、先生のSNSに生徒である素性を隠してフォローし、何気ない雑談から誘導したなんてあるんじゃないかな」
「そんな回りくどいことまでして霧島になんのメリットがあるんです」
雪代君が質問すると、日丘教授は雪代君に向き直り、少し天井を見てから顔を戻して話しはじめる。
「どこまでも推測で申し訳ないが、霧島君に目的はないんじゃないかな」
私たちは目的がないっと声を揃えてオウム返しをし、教授は苦笑いしながら続けた。
「彼には明確な目的はなく、例えばサードウェイブ実験について知り、それを自分なら何処まで拡散出来るか、出来たらどうなるか、実家を利用してネットメディアを巻き込んで、…そんな風に興味を膨らませて計画を練っていたら、担任の猫家先生を誘導することを思い付く、たぶんだけどね。子猫団のアプリ、アップデートなんて言ってるが完全に新作アプリだよね、多分。様々な機能が追加されて、より集客能力の高いものになってるだろう。彼の父親のブログを含めて全て仕込みだとしたら、彼は周辺に根回しをして、予め準備していた、今回のアプリも実は開発は数ヶ月前から行われていて、コラボだって、急遽ではなく前々からなんじゃない、それを先生の実験に感化された息子が自作アプリで応援していて、その活動を親が応援するために企業と、スポンサードしてるタレントを使ったって構図に差し替えていたとしたら」
「問題が起きたときに猫家先生を生け贄にするためですか」
私がそういうと、教授はゆっくり頷いて
「うん、それもあるだろうね。ただ、どちらかと言えばストーリーが必要だったんだろうね、子供が考えた活動と自作アプリが出発点よりも、猫家先生という一応の権威がいたほうが方便が効く、そういうことなんじゃないかな。それを踏まえて彼には知的好奇心から来る興味以上の理由はないんじゃないかな。そのために回りを説得した。例えば、猫家先生が新しい授業を考えていて自分はそれを応援するつもりで、友人と自作アプリも作っている、先生の授業は素晴らしいものだし、新しいビジネスにもなりうるから、協力して欲しい、なんて言ったんじゃない、ダメ元で、そしたら親バカな親族が思いの外、全面協力してくれたってことなんじゃないかな」
其処まで言って、一旦間をとった日丘教授はコーヒーを一口呑んでから続ける。
「だって、そう考えなきゃ仕込みが間に合わないよ。彼は予言者か何かで、しかも其に合わせて周りを自在に動かせる洗脳能力でもあるなら別だけど。はっきり言って、多分、彼自身は計画が成功しようが失敗しようがどうでも良くて、どうなるか見たいだけ、それでどれだけ周囲に影響が出て、例えば被害者が現れても、観測者の彼はそれを眺めて楽しんでるだけだと思う。だからこそ、思い切った手ばかり打てるし、後先考える必要ないから失敗しても気にする事がないんでしょう。彼には何一つリスクなんてないんだから」
「リスクはあるんじゃないですか、霧島君は実家の銀行を巻き込んでしまったし、ここまで主導して騙されてましたは、通らないでしょう」
「正叔父の言うとおりだよな」
教授の言葉に正志さんが反論して、雪代君が同調するも教授はあっさりと切って捨てる。
「そうかな、所詮は中学生だよ、先生に洗脳されて、被害を拡大させた哀れな天才みたいな構図、マスコミは好きそうじゃないかな、その展開に持っていけば、最悪は猫家先生の一人負けになるよ、相手は旧財閥系に連なる大企業だ、子供の計画に振り回されたというストーリーより、善良な教師の思わぬ失敗に巻き込まれたというストーリーのほうが各方面被害が少ないよ。まあ、まだ問題が起こると決まった訳ではないけど、問題が起きる可能性は高いし、霧島君はそちらに誘導するんだろうからね、厄介だね」
みんなが沈黙に包まれる中で、コーヒーをすすっている教授の音だけが響く、ため息を吐いた教授がそのまま吐き捨てるように言葉を重ねる。
「何処までも僕の想像だからね、実態は全く違うかも知れない、ただ、彼は知能指数が高くても他者への共感性に問題がある、そして恐らく失敗すると思っていない、自分への自信が異常に高いんだろうね。私は心理学は専門外だけれどね」
「こういう人物は他者を惹き付ける、まして彼は文武両道でイケメン、家柄もよくて、この活動の表向きの名目は聞こえのいいものばかりだ。雪代君、君の言うとおり、彼が教祖になろうとすれば数日とかからず新しい宗教が誕生するね、オンラインサロンとして子猫CLUBを開けばさ」
多分、スーパーチャットやオンラインサロンの準備もしてるだろうね、教祖様自ら話さないなんてありえないから、と教授は話を締めた。
翌日サービスを再開した子猫団員チェックはユーザー数実に50万を越えていた、アバターの猫を選べるようになり称号や階級に応じた着せ替えも出来るようになっており、階級に応じて今後、様々な特典が約束されていた。
着実に増えて行くユーザーにママさんタレントなどが乗っかり、母親たちのコミュニティ内でも拡がりをみせると、各種メーカーが階級に応じて提供するサービスを展開、ユーザー数が100万に到達するのに半月もかからなかった。
しかし、ネット上ではこのアプリの危険性を危惧するサイトや論客と、擁護するファンやユーザーとの対立が深まり、またアプリ特典のためにコミュニティ内でトラブルが起こりはじめていた。
結局、私たちは学校内でも孤立を深めたばかりか、ネット上でも攻撃された。ただ、そこまでひどい状況にならなかったのは私たち5人の結束が強かったこと、雪代君や渡部君が体をはって私たちを守ってくれていることに、やっかむ者もいたけれど、一部の女子たちが支持してくれたことが大きいだろう。
なにより、霧島君自信が私たちを放っておくようにと言ったのが一番大きいのが癪だ。
西ヶ丘中学にもメディアは来て、生徒への取材のため張り付いていたし、猫家先生は公務員として取材には応じることが出来ないと校長先生が会見を開いていた。
結局、霧島君はサロンを開設するなど、様々に活動を展開して時の人となり、活動への批判はアンチと混同して叩かれるだけになった。
日丘教授も正志さんを通じて記事を出したものの、売名と叩かれている。
霧島君が社会現象を起こして活動が拡散するなか、私たちも次第に考え過ぎだったのかと思い始めて、壊れてしまったクラスメートとの仲の修復をはかりはじめたのは、子猫団員チェック再開から1カ月程が過ぎ、年の瀬を前にした12月下旬ごろだった。
そんな折、悲劇が起きる。
子猫団活動に熱心だったママさんバレーの集いから自殺者が出たのだ。
ついに起こった悲劇、
愛犬家同盟は
2年3組は
猫家先生はどうなるのか、
そして霧島君はどうするのか、
ここからラストスパートです。
完結まであと数話の予定ですが、纏めきれるか不安ですね(笑)




