3回目の週末 子猫団拡大と教授との邂逅
日丘教授が投入されます。
正志さんが日丘教授とコンタクトを取ったものの、連携の約束や状況の確認をした後、私たちへのメッセージは「静観して無理に動かない方がいい」というものでした。
勿論これは私たちの事を最大限に配慮し心配して下さっているのだとはわかるものの、何もしないというのは厳しい状況なのは間違いありませんでした。
子猫団と富館漣人とのコラボ発表から最初の週末、愛猫団発足からは3回目の週末となったこの土日、ネット、既存メディアは富館漣人がコラボするアプリについて取り上げ、富館漣人もまた大幅アップデート後の再開前のテストプレイの感想を述べると同時に番宣などで露出を増やしていました。
アップデート明けを前に事前登録の募集も始まり、漣人ファンを中心に30万人近い数が事前登録を済ませ。そして、こうした子猫団アプリのメディア押しは富館漣人アンチ層を刺激、結果、私たちの活動が掘り下げられて、晒されることとなりました。
日曜日、正志さんの運転で私たちは甲西大学のキャンパス内にある日丘教授の研究室へと訪れていました。
「はじめまして、もう知っていると思うけれど、私は甲西大学で近現代史を教えている日丘小次郎と言います」
30代後半くらいだろうか、柔和そうで少し肥満体な男性は縁取りの太い眼鏡の奥の糸目をさらに細くして微笑みながら、丁寧な挨拶を私たちにしてくれた。
「いやー、霧島君だったかな、彼は確実にサードウェイブ実験を知っていると考えてよさそうだ」
そう言いながら日丘教授は手元のタブレットで動画配信されている、TV番組の映像を見るように促す。
其処には猫を模した階級章や腕章をつけた、ややデフォルメされた軍服のような物を来た富館漣人の姿があった。
~「漣人君、めっちゃカッコかわいいやん、それ」
「でしょ、これ僕がコラボするアプリ『子猫団員チェック』のコラボ商品なんです」
「え、軍服売るのっ、売れんでしょ、そんなん」
「売るのは軍服じゃなくて、この腕章や階級章、それから、団員手帳型スマホケースです」~
富館漣人が手にしたスマホにはかわいい猫耳のついた、手帳型スマホケースがついており、モコモコとした人工毛皮製のケースは大変女子受けしそうなデザインだ。
~「それ、欲しい~、いくらですか~」
「でしょでしょ、ユミみん、でもこれはアプリで一定の称号をゲットしないと買えないんだ」
「じゃあ、ユミみんも登録しちゃおうかな~」
「うん、みんなも事前登録お願いします、開始は週明けの明日からだよ」~
番組に出ている動画配信者で若者人気が沸騰中な高校生インフルエンサー、ユミみんとの掛け合いで事前登録を呼び掛けている。
「これは、まだ登録が伸びそうだけど、同時にホントにただの商品販売用のゲームアプリになっただけにも思えますね」
私は率直な意見を言う。
「確かにそうも見える、でもね、色々と下準備が整っていすぎな件も含めて、やっぱり霧島君はすべて用意している気がするね。それにアプリの内外で少しづつルールを増やし、団員の内外でも粛正や勧誘が活発になるよう、本サイト中心にかなりうまくつくられてる。いまのグッズだって、手に入れるにはアプリで称号を手にしなければならないし、称号欲しさにアプリをやり込めば立派に洗脳されるという構図が出来ていますからね」
日丘教授はそれから私たちに関連サイトやアプリ更新に伴って行われるグッズ展開などで考えられる様々な意図を解説してくれた。
「はっきり言えば現状ではどうなるか、まだわからないと言ったところなんですが、アンチ層や子猫団の関連サイトやアプリの危険性を訴える層が愛犬家同盟の存在を見つけて利用していることは狙い通りだった訳ですが、相手の規模や相手にしているものの質が急速に変化したことで対応が難しくなりましたね」
「そうなんですよ、教授。子供たちの提案を良い案だと、実行に移す事を勧めたのは私ですから、責任は全面的に私にありますので、これについてはネット記事やブログ、連載しているローカル紙面の記事に掲載して、少しでも矛先が私に向くようにするつもりです」
正志さんが沈痛な面持ちでそう言うが、それを私たちは否定する。最初に声をあげたのは渡部君だった。
「正志さん、それは違うよ。確かに案を出したのは高波でそれに具体的な方法なんかを出したのは正志さんだったけど、俺は俺の意思でクラスを元に戻したくてツミートもSNSのブログのアップもしたんだ、決して言いなりになってやったんでも、乗せられて騙された訳でもない。だから責任は俺にもある」
「とっしー、良く言った。あんたはやれば出来る子だよ」
相澤さんが何故か嬉しそうに渡部君の頭を撫でて、渡部君が本気で嫌そうに止めろよっていいながら、少し照れてる、仲が言いと思ってたが、デキてないかと邪推してしまう。
「正叔父、確かに俺たちのアカウントに誹謗中傷を書き込んでくる富館ファンも増えて来てる、でも、愛猫団の動きを疑問視してくれる人たちのスレッドもあるんだ、俺たちの活動は間違いじゃ無かった、もし、何もせずにいて、今、いきなり声をあげたら、誰にも見向きされず袋叩きにあうかもしれなかったし、それに正叔父だけじゃなく、こうして大学教授の先生まで味方なら十分以上に闘えるよ」
「私もそう思うんです。お二人が私たちを心配して下さっているのは良くわかりますから、大変、嬉しいんですが、だからといって此処で動きをとめれば、私たちを支持してくれる層も神輿を失って私たちを非難するかもしれません。ご迷惑なのはわかってます、どうかこれからも協力して下さい」
私がそう言って頭を下げると、愛犬家同盟のみんなも頭を下げ、お願いしますと声をあわせてくれる。
「参ったね、ここまで覚悟を決めた姿を見せられるとは、霧島君たちといい、君の母校は随分とユニークで優秀な生徒が揃ってるね」
「日丘教授、この子たちは特別ですよ、特別、仲間思いなんです」
「…うん、素晴らしいね。正直、研究者として、いささか頼りないことを言うと、ネットメディアやこうしたスポンサービジネスまで絡めて実験の規模を無秩序に拡大させるなんて無責任な事をしていないから、展開予測が難しいんだ。あくまでも私は巷に溢れる洗脳ビジネスから生徒たちを守るために行っているプログラムでね、安全にコントロールして、生徒が仕組みを理解することに重きをおいているんだけど、これはもし、本当にサードウェイブを参考にしているとすれば意図的に改悪しているとしか思えないからね」
「教授は霧島君の目的をどう見ます。正直、俺にはさっぱりです、新興宗教でも開こうとしてるとしか思えない。事実、この富館漣人という子役俳優は霧島君を尊敬して信頼していると発言してます。勿論、仕事上、自分が広告塔として決まったアプリの開発者で、しかもメインスポンサーの親族となれば、そうした発言になるとは思いますが、子役の演技力の成せる技なのか、彼は本当に霧島君に心酔しているように見える、なら其に影響される富館ファンもいるでしょう」
「そうだね、その前にこんな頼りないおじさんだけど、君達の力になりたい、大学教授で専門家なんて肩書きの割には肩透かしだったかもしれないけれど、それでもいいかい」
日丘教授は正志さんと盛り上がりかけた話を中断して、協力を呼び掛けた私たちに、むしろ力になりたいと語りかけてくれる。正志さんが横で勿論、俺もだって笑いかけていて、私たちはお願いしますともう一度、頭を下げた。
「うん、素直でいい子たちだね。雪代さん、君とはそれなりに付き合いが長いけど、彼は本当に君の甥っ子、顔は似てるけど、あんな可愛らしくないよ、君は」
そう言って笑う教授に正志さんは、自分だって、可愛かった時期はありますし、こいつは今、猫被ってるだけですと反論している。なんというか、教授と聞いてイメージしていた人より、だいぶ砕けていて、そして優しい人で安心した。
「霧島君の目的は良くわからないね。確かにスポークスマンとカリスマの関係性はそれを感じさせる。彼が猫家先生という人物を計画から外したのは予定通りだったのか、想定外に猫家先生が期待にそわず、役割を差し替える必要があったのか」
私は教授の言葉に違和感を感じて質問する。
「実験を始めたのは猫家先生ですよ、教授の言い方だと霧島君が実験を始めたみたいです」
「あー、…確かに実験を君達のクラスで宣言したのは猫家先生かもしれない、でも僕はね、実験そのものはその前から準備され、猫家先生は霧島君に誘導されたんじゃないかと思うんだ」
私たちは教授から思っても見なかった仮説を聞いて愕然としました。
次話では日丘教授が霧島君の計画をどう予想し、予測しているかが語られます。