千の貌を持つ男
「お前は誰だ! どうしてお前がいる!? 」
誰って言われてもなぁ…。そんな困る質問されても。俺は王家の犬だよ。それくらい知ってるだろ?
「それくらいは知っている! 吾輩が聞きたいのはっ! 」
***
初めまして。俺の名前は、サウザンド。
カートルフ村の冒険者ギルド支部の事務員の1人だ。
またの名を、雑用係とも言う。というか、事務員と呼ばれることが滅多にない。受付係とも呼ばれたりするが。
事務員はとても大変なお仕事だ。
ある程度のモンスターの知識が必要だし、事務作業のための計算能力が求められ、ギルド内の清掃、冒険者への対応、冒険者への指導、冒険者同士の諍い解決、ギルド長のスケジュール把握、ギルド長を叱りつける胆力、ギルド長を縛り付ける戦闘力、ギルド長を仕事に誘導する特殊能力、ギルド長を眠らせる特殊能力などなど。
それはそれは大変なお仕事だ。
知人にそれを軽く語ったら、
「お前・・・暗殺者になったら? 」
と、何故か、国の暗部の一員となることを誘われた。もうあんな日々はこりごりなので、もちろん断ったが。
どうであれ。ただでさえ、人が容赦なくバッタバッタと死んでゆくこの世界。
もとより優秀な人材は引くて数多。
だから、東の隅っこの僻地の冒険者ギルドの支部に、俺が求める優秀な技能を持つ人材なんて滅多に派遣されない。
誰かがこの仕事の過酷さを気付くたびに、転職を勧めてくる。
でも、俺はこの境遇を気に入っているのだ。
給料は安定しているし、荒くれどもの相手をするのも嫌いではない。無能な上s、ギルド長を転がして弄ぶのが愉しくて仕方ない。
「お前って、悪の親玉になれそうだよな。俺の知ってる魔王の100倍、魔王してると思う 」
なんて、当然のことを言ってくる勇者マタムもいたが。なれそうじゃない、なってたんだよ。昔は。あの頃の俺は純粋だった・・・・。
なんなら、勇者体験をしたことだってあるというのに。
けれど、この職を選んだ一番の理由は安心感だ。
冒険者ギルドという場そのものに、凄まじい安心感を覚えるのである。それに、ここほど面白い場所はない。
ほら、今日も元気に冒険者たちが喧嘩中だ。
「オラアッ! 」
あっ惜しい。相手を叩き潰すチャンスだったのに。うーむ、実力がかけ離れすぎてるんだよなぁ。
それじゃつまらないんで、弱い方に強化魔法でもかけておくか。
身体強化。
よし、いい感じに白熱してる。狙い通りだ。強きを弾き、弱きを救う。
そして俺も楽しむ。いいことだ。
「・・・・・。相変わらず変な感性してるぜ。野郎どもの喧嘩なんぞみて、楽しいか? 」
俺の下僕である、ガーラが呟いた。なぜか呆れ気味である。
「ガーラ、分かってないな。ああやって、余分なことに力注いでるその様が面白いんだろうが 」
「・・・・・・・ 」
ガーラは、俺が全力で作った俺特製ゴーレムだ。そこに偶然、人の魂が宿ったのである。それ故、人と同じように考え、人より頑丈な肉体を持つ、傑作の一品が出来上がった。
そのガーラがなぜか、俺を変人を見るような、諦めが入った目で見つめている。
「なんで、オイラの主人はあんな風になったんだよ・・・・。ああなりたくねぇ・・・・・・・・ 」
人ならざるものが、人の常識に囚われるとは。なんとも滑稽な話もあったものだ。
もっとも、俺も人のことは言えないのだが。
「はぁ・・・・・。主人、王からの勅命だとよ。ほれ 」
***
「王よ。俺のような下っ端に、一体なにを求めているのですか? 」
「下っ端・・・・か。ならば、ギルドの末端の人間が、どうして人間を裏切った貴族の情報など知っているのかね? 王である余ですら、把握しきれていなかったというのに 」
ごもっともすぎる指摘だった。
今の俺の経歴はただの平民である。どうして、ただの有象無象が、そのような情報を引っ張りあげてきたのか。
疑問に思って当然だった。
「なに、国の暗部とて、光に眩んで気付かぬことの一つくらいあるでしょう。それより、なぜ俺をこのような場に呼んだのですか? 」
早く要求を言え。
ただでさえ、王であるユークス・ライルカルトに呼ばれるとか面倒くさいのに。
本音を言うなら、すでに王が何を求めているかは知っている。これからどんなセリフを言うのかも。
ただ、先に言い当てられては王の威厳もないだろう。近くに王の部下がいるから、なおのことに。
「王家の盟友よ。そなたに魔王の右腕の始末を頼みたい 」
やっぱりな。
というかどう考えても、一介の事務員に頼むことじゃないな。分かってたけども。
勇者あたりに頼むべき案件である。
「なんなら、勇者より先に魔王を殺してくれてもよいのだがな? 流石の王家の盟友でも、魔王は荷が重すぎるだろう? 」
「魔王を殺すのは、勇者の特権ですから 」
そう、勇者を勇者たらしめる能力。それが、魔王の殺害権利だ。
唯一、魔王を殺せる人類の希望。それを人は勇者と呼ぶ。
いくら俺でも、魔王は手に余るのだ。
「余が言うのもなんだが・・・・。魔王の幹部を殺すのも、大概なのだぞ 」
「だからなんです? 王家の盟友を授けられる者が、王の命をこなせない能無しだと仰りたいので? 」
王家の盟友は、王家からの信頼の証でもあり。同時に、受章者がいかに有能かを表す勲章となっている。そして、王家が見損なった場合、勲章を破棄することもできるのだ。
かつて、「まさか王になるまい」とたかを括っていた青年がいた。しかし、周囲がなんやかんや動いたおかげで、結局、王になることになってしまった。
そんな現王が自分の負担を減らすため、信用できる有能な人物を囲うために慌てて作った勲章である。
誉れある勲章をいただいた者は、その対価として絶対に王の頼みを叶えなければならない。
ただし、王の頼みを叶え続ける限り、自らの身は保障されるというわけだ。住む場所も、食べ物も、お金も、何もかもを保障される。
この勲章を受ける者は10本の指に入るまい。故に、周囲からの尊敬の念も絶えない。
「それもそうだ。せいぜい、余の犬として働いてくれ。王家の盟友よ 」
別名、王家の犬。
俺としては、あまりメリットを感じない。
でも、この王のことを放っておけないのである。なにせ、王としての苦労を身に持って理解しているからだ。
「もちろんです 」
***
「お前は誰だ! どうしてお前がいる!? 」
魔王の右腕が、驚愕の表情で俺を見ている。自慢の策を破られたのが、よほど信じられないのだろう。確かに魔族が人に化けるなど、大概の人間にとって予想外だ。
それを看過した上、秘密の隠れアジトを暴かれては溜まったものではない。
「誰って言われてもなぁ…。そんな困る質問されても。俺は王家の犬だよ。それくらい知ってるだろ? 」
「それくらいは知っている! 吾輩が聞きたいのはっ! 」
「なぜ俺がいるか・・・とかか? 」
それこそ愚問だ。
とてもシンプルで、とてもおかしな理由だからな。
「俺はな、1000回転生しているんだ 」
「は? 」
「ある時は、名前を捨てた暗殺者だった。またある時は勇者マタムだった。またまたある時は、ゴーレムだった。またまたまたある時は、魔王と恐れられたよ。ユークス・ライルカルトとして生きた時もあったな 」
本当におかしな話だった。
死んだと思った次には、同時期に生きたはずの人物の人生を生きている。
同じ時代に、俺だった者たちがたくさんいることになるのだ。かつて俺だった者達が999人いる。といっても、流石にかつての俺の記憶はところどころボヤけてるが。
世界の法則どうなってんだって、声を大にして言いたい。
「何を言っ、グゥッ!!? 」
背後にいたガーラに殴られ、吹っ飛ばされる魔王の右腕。俺特製ゴーレム舐めるなよ。
「ガーラ、後は頼む 」
「あいよ! 主人、あとでご褒美頼むぜ 」
「・・・。お前って実はワンコだったりしない?」
俺特製ゴーレムのはずなんだが、飼い犬を飼ってる気分になるんだよな。不思議なこともあるものだ。
「人間だったことはあるけどよ。犬ッコロだったことはないんだな、これが 」
***
「相変わらず、王家の盟友は余の想像の斜め上をいくのだな 」
「確実に始末したかったので 」
ただでさえ胃痛で苦しんでる王や、どこぞの勇者のことを考えるとな。