遊び
ある日の夜
ボクはくのいち装束に身を包み、モンストル城に侵入した。
「さて……調べるべきはお城の構造だね。姫様は人質としてしばらくこの城に過ごすことになるんだから。いざって時に逃げられるように、情報を集めておかないと」
しばらく城に潜入して聞き耳を立てていたら、老人の怒鳴り声が聞こえてきた。
「エリスよ。トランス王子はどこにいる!!」
「さ、さあ、お姿を見かけませんが……どうなされたのですか?」
美少女の騎士さんの問いかけに、将軍らしき老人は激怒した様子で答えた。
「ワシの鎧に、生きたカエルを仕込んでおったのだ。ワシがカエルが嫌いであることをしった上で」
「おじい様。そうだったんですか?」
ひげを蓄えた老人が本気で怒っている様子に、エリスと呼ばれた青髪の美少女騎士は呆れている。
「もう勘弁ならん。今日は折檻じゃ。お前も探せ!」
「は、はい!」
ヒラテ将軍とエリス騎士は、王子に呼びかけながら走っていった。
ふむふむ。ヒラテ将軍はカエルが苦手ってことね。一応覚えておこう。
さて……肝心の王子はどこにいるのかな。
王子らしい人を探して隠し通路を進んでいると、いきなり後ろから声をかけられた。
「そのほうは何者じゃ?」
びっくりしてふりむくと、真っ白いおしろいで顔中塗りたくった紫アイシャドーのお化けがいた。
なぜか肌にぴったりと密着している服を着ている。
「き、きゃーーー⁉」
あまりの異様な姿に、隠密にあるまじき悲鳴をあげてしまった。
「これ、声をあげるでない」
その少年は扇子でボクの口をふさいで息を殺す。
「トランス王子、どこですかーーー?」
「いい加減にでてきなさい」
近くからヒラテ将軍とエリス騎士の声が聞こえてきた。
「よし。今だ」
少年が隠し通路の壁に設置されていたボタンを押すと、廊下の天井の一部が外れて落下していく。
「ぶべっ」
ヒラテ将軍は落ちてきた天井に顔面をぶつけて、目を回してしまった。
「ぎゃはははは。ひっかかった」
少年は隠し通路から飛び出し、指さして笑う。
「王子!」
「それじゃあなー」
少年は尻をフリフリと振って逃げ出していく。ボクは隠し通路からその様子をみて茫然としていた。
しばらくすると、その少年が戻ってきた。
「あの、もしかして、あなたが王子様ですか?」
「うむ。余がトランスじゃ」
白い顔のお化けは堂々と王子を名乗る。
「し、失礼ですが、なぜそんな恰好しているんですか?」
ボクはおそるおそる聞いてみる。王子の着ている服は紫色の派手なもので、ぴったりと体に密着していた。どうみても王子が着る服じゃない。
ボクは股間のもっこりが目に入りそうになり、あわてて目を背けた。
「これはレオタードというものじゃ。動きやすくて重宝しておる」
王子は悦に入った様子で踊る。お尻丸出しで平気で街をあるくハンケツ仮面といい、この国の貴族って変態しかいないのかな。
「その方の姿、なかなかカッコよいのう。セクシーじゃ。スタイルもなかなかよいのぅ」
「そ、そうですか?」
ボクはちょっと照れる。ボクのくのいち装束って似合っているのかな?
「うむ。その黒いミニスカートと黒網タイツがたまらん」
女忍者の正装をエッチな目で見るな!
「気に入ったぞ。くるしゅうない。ついてくるがよい」
ボクはなし崩しに、王子のいたずらに協力することになってしまった。
「ほら、そっちに行ったぞ。今じゃ」
「えいっ」
王子の合図でひもをひっぱると、ヒラテ将軍の頭に木の桶がおちてくる。
「ぐわっ!」
桶にあたったヒラテ将軍は、頭を押さえてしゃがみこんでしまった。
「ぎゃははははは」
王子は笑いながら逃げていく。
「まちなさい王子、逃がしませんよ」
憤怒の顔でおいかけてくるエリス騎士に、王子は廊下の端に追い詰められてしまう。
「さあ、来てください。今日は拷問室でたっぷりお説教です」
Sっ気たっぷりの笑顔を浮かべて近づいてくるエリス騎士に、王子は恐怖の表情を浮かべて壁に張り付く。
「今だ」
「はいっ!」
ボクが隠し通路の裏から壁を押すと、壁がクルリと回転して王子の姿は廊下から消えた。
「王子!どこに行ったのですか!出てきなさい」
壁の向こうでエリス騎士が悔しそうにどんどんと叩いているが、ボクと王子はニヤリと笑顔を交わしてハイタッチする。
「へっへっへ。うまくいったのぅ」
なんかちょっと面白いかも?こんなに人をからかって遊んだのは小さい頃以来だし。
それにこの城の仕掛けも面白い。忍者屋敷にも応用できそうなものがいっぱいあって興味ぶかい。
「よし、次の仕掛けにいくぞ」
「はい」
いつのまにか、王子に従って城中を走り回りまわり、さんざんいたずらを仕掛けて楽しむのだった。
深夜になって、王子に送られて隠し通路から城外に出る。
「トランス王子、今日はありがとうございます」
「うむ。また遊びにくるがよいぞ」
王子は白い顔に笑顔を浮かべて見送ってくれる。
今日は本当に有意義な一日だった。一日王子に引き回されたせいで、城内の人間関係から隠し通路まで全部把握することができた。これでボクの任務達成ね。
「ええ。また遊びましょうね。チュッ」
お礼にほっぺたにキスしてあげると、王子は満面の笑みを浮かべた。
「たりらりらーん。うれしいなぁ!照れるなぁ!」
王子は両手両足を振り回して妙なダンスを踊り、全身で喜びを表現している。ちょっと可愛いかも。
「それじゃまた」
「うんうん」
ボクは王子と別れ、帝都に戻っていった。
「あれがトランス王子かぁ。噂以上のバカだけど、悪い人じゃないみたい」
確かに王子はバカだけど、侵入者であるボクを捕まえもせずに一緒に遊んでくれた。ああいう人と一緒になれたら、姫様も楽しいんじゃないだろうか。
王子の人柄を知れたのは、大きな収穫だった。あれなら、少なくとも姫をいじめたりはしないかも。
「しかし、あの王子と姫が結婚するのか……あれ?」
なぜか胸の奥にかすかな痛みが走る。
「あれ?なんだろうこの気持ち。あのバカ王子に姫を取られちゃうのが嫌ってことなのかな……?」
自分でもこの気持ちがよくわからない。
ボクは首をかしげながら、報告のためにジパングに戻っていくのだった。




