風船の手
「やった、これで助かった……」
「ニガサヌ」
突然、出口がピンク色の巨体でふさがれてしまう。ピンク色の肌をもったオークゴブリンが、横の通路から現れて通せんぼしてきた。
「そ、そんな。どうしよう。このままじゃまた捕まっちゃう」
オークゴブリンに出口をふさがれたカゲロウは、絶望のあまり涙を流す。
俺はそんな彼女を慰めるように、裸のまま抱きしめてポンポンと頭を叩いた。
「だいじょうぶだぁ」
「大丈夫じゃないよ!」
俺の腕の中で、カゲロウは切れてしまう。おかしいな。女って抱きしめて頭をナデナデしてやれば落ちるはずなんだけどな。
俺はカゲロウを後ろにかばって、オークゴブリンに対峙した。
「だめだよ。あいつの皮膚には短剣も魔法も効かない。それに、あいつには僕たちをとらえるための必殺技があって……」
カゲロウが何か言う前に、オークゴブリンは尻を向けてくる。
「ヒュプノスプレス」
オークゴブリンの大きく広がった尻穴から、激しい息が吹きかけられた。
「ひっ」
カゲロウが必死に鼻を押さえる。俺はまったく慌てずに、両手に風の魔力を集めて解放した。
「『風壁』」
空気の壁が俺たちを包み、オークゴブリンの屁から俺たちを守る。
「す、すごい。でもどうしてこんな技を……」
後ろでカゲロウが感心しているが、屁などの下ネタ系ギャグは俺の十八番である。奴が尻を向けてきたときから次の攻撃は予測できていた。
「ブヒーーー!?」
俺たちが平然としているので、オークゴブリンは焦っている。
「今度はこっちの番だ。『風船の手』」
俺は両手を前に突き出し、圧縮した空気の玉をオークゴブリンの口元に放った。
「ブヒっ?」
呼吸と共に空気の玉を吸い込んだオークゴブリンの腹がどんどん膨らんでいき、風船のようになってく。
「何しているの。その魔法は?」
「俺のオリジナル魔法さ。圧縮空気を相手の呼吸器を通じて体内に送り込み、体内で破裂させる技だ」
俺がそう言っている間にも、オークゴブリンはどんどん膨らんでいく。
「ブヒーーー!!」
とうとう、パーンという大きな音とともに破裂してしまった。
「ペッペッ。汚い」
オークゴブリンの血や内臓がかかってしまい、カゲロウが嫌そうな顔をしている。
「まあこれも定番のオチだ。爆発オチという」
同じく血まみれになった俺も苦笑した。
「まあ、命を助けてもらったんだから贅沢言えないか。ありがとう」
カゲロウはくしゃくしゃになった髪を直しながら、礼をいってきた。
「ぐふふ。ちゃんとお礼はしてもらうぞ」
「お、お礼って?まさかボクに変なことするんじゃ」
カゲロウは自分を抱きしめて警戒する。ぐふふ、なにしようかなぁ。
「とりあえず、帝都に帰ろう」
俺たちは血にまみれた姿で冒険者ギルドに戻る。
ギルドに到着すると、すでに報告を受けていたららしい受付嬢が迎えてくれた。
「ご無事でしたのですね。心配しておりました」
受付嬢は俺たちを見て、ほっとした顔を浮かべた。
「ボクを見捨てた仲間たちは?」
「はい。すでに冒険者登録を抹消して、帝都を出ました。ゴブリン討伐の報酬は辞退するようです」
そういって、受付嬢はゴブリン討伐の報酬を全額カゲロウに渡してきた。
カゲロウはそれをそのまま俺に渡そうとする。
「これは全部キミにあげるよ」
「さっきもいったけど、俺は金に困っていない」
意地悪く言ってやると、カゲロウは困った顔になった。
「そ、そうだね。キミの鎧からみると、相当いい家柄の騎士様みたいだし。だけど困ったな……お礼はちゃんとしないと。そうだ!」
カゲロウは俺の手を取ると、冒険者ギルドを出て酒場に向かう。
「世話になったお礼に、お酒をおごるよ」
「ぐふふ。いいぜ。だけど俺は強いぜ」
俺たちは、二階が宿屋になっているムーディな酒場に入っていった。
美味い酒と料理。傍らには美女。
そうだよ。これこそが人生の楽しみだよ。王子に転生してからひたすら修行と勉強の毎日だったもんなぁ。
俺はカゲロウと二人で、浴びるように酒を飲み、美食を堪能していた。
最初は俺を警戒していたカゲロウも、酒が進むにつれだんだん口が軽くなってくる。
「カゲロウは何でジパングから来たんだ」
頃合いをみて、俺はそう聞いてみた。
「実は、ボクの国のお姫様がこの国の王子に嫁ぐ予定なんだけど、その王子ってのがものすごいバカみたいなんだ」
それって俺のことだよな。すでに俺のバカっぷりは属国にまで広まっているのか。
「それで?」
「うん。ただでさえ世間知らずのお姫さまが、そのバカ王子にいじめられるかもしれないって心配したお館様が私に命令したの、先行してモンストル帝国に潜入して、情報を集めておきなさいって」
なるほど、スパイってことか。
「でも、お城に潜入しようと思ってもガードが固すぎて無理だったんだよ。だから冒険者として名声を得て、兵士として潜り込もうとしたんだけど、仲間選びに失敗しちゃった」
まあ、運がわるかったってことだな。
「これからどうするんだ?」
「うーん。お姫様がくるまで冒険者としてなんとかやっていくよ。市井の情報を得ることも大切だからね」
それを聞いて、俺はちょっとイタズラを思いついた。
「よかったら、城の隠し通路を教えてやろうか?」
「いいの?」
カゲロウはめっちゃ食いついてきた。
「ああ。俺のおやじは城勤めの騎士だから聞いたことがあるんだ。城には緊急脱出用の通路があるってな」
俺はカゲロウが侵入できるように、通路を教えてやった。
「助かるよ~ありがとう」
「ふふふ。どうってことないさ。さあ、ぶぁーーーっといこうか」
俺はニヤリと笑って、盃を傾けた。
「お姉さん、もっとじゃんじゃんもってきてよ。ほらほらもっと飲んで」
ボクが追加のワインを注ぐと、目の前のおぼっちゃん騎士『ハンケツ仮面』は嬉しそうに飲んだ。
「いい気持ちだなぁ。いっちょやるか」
ハンケツ仮面はお尻丸出しで妙な踊りをしている。いい感じに酔っぱらってきているみたい。
ちょうどいい。いいとこのおぼっちゃんみたいだから、もっとお城の情報を集めようか。
「ねえねえ、城の人ってどんな人がいるの?」
「そうだな。皇帝トラン陛下の髪は、実はカツラなんだ。あの人はハゲなんだぞ」
周りにいた酒場嬢がプッと吹き出す。皇帝陛下の秘密をこんなところでばらすなんていいのかな。これで明日には帝都中に皇帝のハゲが噂されるようになるぞ。って、そんなのはどうでもいいんだよ。
「その、わが国の姫と結婚予定のトランス王子は?」
「ああ、あの人はバカで変態だ」
どうやら、噂は事実らしい。
「女好きで、いつも女騎士の水浴びを覗いているぞ」
なんだよそれ。王子のやることか⁉
「属国へ降婿されることになったのも、皇帝が見放したからだろうな」
なるほど。そういうことなのか。これはお館様にお伝えしないとね。
「いやー。いい事を聞いたよ。それじゃ、ボクはこの辺で……」
こっそり退散しようとしたが、ハンケツ仮面はボクの手をぎゅっと握って離さない。
「まだいいじゃないか。ぐふふ。上に部屋をとってある。今日は朝までオールナイトでフィーバーだ」
やばい。貞操の危機だ。おちつくのよカゲロウ。一流のくのいちとして、こういう場面の対処法も学んでいるはず。
「そ、そうだね。それじゃボクも……」
こっそり飲むふりして、口の奥に仕込んであった眠り薬をワイングラスに入れる。後はこれをあいつのグラスとすり替えれば……。
「おっと、間違えた」
ハンケツ仮面はわざとテーブルに置いたボクのグラスを取り、ボクの口を付けたところを舐るようにしながらワインを飲んだ。この変態!!
「あれ、急に眠気が……ぐぅ」
ハンケツ仮面はテーブルにうつぶせになり、眠りに落ちる。なんとかボクの貞操は守られたみたい。
「それじゃあ、ボクはいくよ。あ、お金はこれで払っておいて」
さすがに飲みのツケをかぶせたまま逃げるのは恩知らずにすぎる。ボクは助けてもらったお礼に、金貨を置いて酒場から出るのだった。




